桜若葉の下で


幸村の不安をよそに、母は血液の付いたパジャマを見つけても驚かなかった。

「あらぁ…?そう…きちゃったの」

のんきだった。

「我が息子ながらおかしいと思っていたのよ。こんなに可愛くてきれいな子がこのまま男の子として成長するかしら…って」

母はベッドに腰かけると、小さい頃によくしたように幸村の頭を胸元に引き寄せて背中をぽんぽんたたいた。

「あなたが決めるの。心と体に嘘をつかないで。ハッピーバースデー精市」 
 
特別な下着と生理用品の使い方を教えると、細かい事は助言しない母だった。
そうされると、かえって現実味があった。
こうなるのが生まれ落ちた自分にあらかじめ定められた運命だったのだ。母はごく自然に、息子がこれを受け入れられるように励ましてくれたに違いなかった。
はっきりしているのは、幸村がどんな選択をしても母の愛情は変わらない。




「学校で一番古い桜の木があっただろう?あれが葉桜になるまでには決めないといけないんだ。決めたら最後、もう取り返しがつかない」

幸村は母の言葉をくり返すと、ゆっくりと部室の窓に視線をやった。
それを聞いて心がざわざわした柳は、窓を開けて身を乗り出した。
確か開花予想は三月下旬。
少し校舎に隠れてしまっているが、ここから見える位置にそれは大きく枝を伸ばしている。
ひとたび満開になれば散りゆくのは早いから、葉桜になるのは四月の前半か。

(あと一ヶ月と少しか…精市の運命が動けば俺"たち"の巡り合わせも変わる)

いつもは涼しい目元を鋭くさせて、柳はじっと桜の木を見つめた。

「蓮二。キミは信じるかい?」

振り返ったとき、柳は穏やかな表情をしている。

「…とおまえは言うな。精市」

「信じてくれるんだね」

幸村は心底ほっとしたのか、小さく微笑んだ。
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