一葉の写真の未来へ
越前は深夜の大浴場に来ていた。
もちろん利用時間外で、忍び込んでいる。
(誰にも邪魔されずにゆっくり入れる温泉ってサイコーじゃん。一度やってみたかったんだよね)
中学生も高校生も越前を見かければ放っておかない。
テニスの相手なら不足ない環境に満足しているが、性格上それ以外はひとり時間を過ごしていたい。
気分良く浴場の引き戸を開けた。
しばらく湯につかって体が十分温まると、一番楽しみにしていた露天風呂に向かった。
風がそよいで湯けむりが晴れると、そこにいた人物に目を見張る。
ちょうど柱を背にして体半分隠れているが、気になる相手を間違えるはずはない。
思いきって声をかけた。
「幸村さん」
相手は顔だけで振り向いてくれた。
「意外っすね、あんたひとりで…」
越前は弾む気持ちを抑えながら慣れない笑顔までつくった。
しかし、柱の陰から伸びてきた腕が幸村の肩を巻くように抱いた。湯面が音を立てて揺れて、いやでも二人の存在を意識させられる。
「なーんだ。いたんだ、跡部さん」
越前はすぐにいつもの自分にもどって、あたりまえに幸村の隣に肩を並べて湯船につかった。
跡部の舌打ちを無視して、無言でいる幸村の横顔にちらりと目をやった。
(赤い…のぼせてる?)
ん…と幸村が小さく身をよじった。
すかさず跡部が背中に手をやって、幸村を立たせながら越前を見下ろした。
「行くの?」
越前は幸村を見上げて言った。
「また今度ゆっくりね」
口に手を添えて内緒話をするみたいに答えてくれた。
越前が大浴場を出てヒーリングルームに行くと、またしても先客がいてため息を吐いた。
川のせせらぎの音楽が流れ、アロマだか精油だかの香りが心身のリラックスを促すらしい。
越前にはよくわからない領域だったが、すっきりするはずの温泉でわだかまりが残ったから試してみようと思ったのだ。
「真田さんには似合わないッスね」
リクライニングチェアに背中をあずけた。
「ひーりんぐ…なんとやら全然効かんぞ」
「滝行とか座禅…」
「やった。いつもならそれで済んだのだ」
「ふーん」
越前はごろりと横向きになって真田の深く刻まれた眉間を見ていた。
「飲まないんスか、それ」
両手でつつむように握られたままのペットボトルが気になった。
「さっき自動販売機で見つけたのだ。期間限定のうさいぬラベルだ。先日幸村にスポーツドリンクをもらい受けてしまったからお返しにと思ってな」
「うさいぬはあんたが好きなだけでしょ」
「俺からもらった物は幸村は何でも喜んでくれるぞ」
小鼻をうごめかしながら言う。
「さっき会ったッスよ」
「…俺も会った。会ったが渡せなかったからここに来ているのだ」
「ふーん?あ…」
脳裏に残るのは、跡部に添うようにして歩く幸村の姿だった。
「…真田さんなら、渡したらきっと受け取ってくれたんじゃないの」
「何やらそんな雰囲気ではなかったぞ…なぜ俺が物陰に隠れなければならなかったのだ。大体、跡部と同室になった時点で気に入らなかったのだ!」
どうしても眠れない夜はこうして時を過ごしているという。
汗をかきはじめたペットボトルをまた握り込んで、真田は顔を伏せた。
「ねえ、俺も全然効果ないしテニスしようよ」
それが一番いいに決まっている。
越前は勢いよく立ち上がって、真田の返事も待たずにヒーリングルームを出た。
