空想よりもおもしろい
「ちょっと…冗談きついな」
「アーン、どこがだ」
「ダブルベッドって…」
一泊するとは言ったが、同じ部屋、しかも同じベッドで寝るとは思ってもみなかった幸村は戸惑った。部屋なら余るほどあるだろうし、ベッドだってダブルじゃなくてキングがここでは普通ではなかったのかと思う。
「キングじゃ広すぎてつまんねぇだろ?」
腕を引かれて、幸村はベットに倒れ込んだ。跡部がすぐ隣に寝転んで、まっしろのバスローブから鎖骨と胸板が見える。幸村は慌てて自分のバスローブの前を合わせ直す。
「ほらな、ダブルがちょうどいい」
「ちょっと…」
跡部の腕がしっかりと幸村を抱き寄せている。思いもしない跡部の行動に、幸村はさっそくついていけない。
もう唇を奪われている。
この間、驚くほど跡部の動きはスムーズで早い。あっという間にキスは深くなっている。
「ん…!」
「フ…おまえ、処女か?」
ゴッ!
「ふざけるな!俺は男だ!」
跡部が唇の端を手で拭う。殴られて切れたのだろう、出血していた。
「アーン、キスしただけで随分いい顔したからそう言ったまでだぜ」
「っ…」
悲しみにも似た幸村の歪んだ瞳が、跡部を射抜く。殴られた頬が痺れるように痛い。この顔に傷をつけるなんて度胸のある人間はいなかったから、跡部は心底驚いた。
男も女も、跡部がどんなに暴言を吐いたところで、逆らう者はいなかった。
いつも自分ばかりがボールを打って、返ってくるボールは無い。だからつまらない。
けれど幸村は違った。ボールが返ってきた。それもかなりの剛球で。
(ああ、面白れぇ)
もっと、 ラリーがしたい。
幸村を知りたい。 歪んだ瞳でもいい。自分を見てほしいと思ったら、手が出ていた。
「な、にするんだ!やめろ!」
幸村のバスローブを脱がせて、白い胸に唇を寄せる。せめてもの救いは、彼の心臓の鼓動が速かったこと。
「ゃだ…さなだ、助け…」
胸の突起を舌で遊んで、下半身に手を伸ばす。
「蓮二…」
幸村は確かに感じている。体は跡部の愛撫に応えているのだ。けれど、心は満たされていない。
「…そんなにあいつらが好きか」
幸村の乱れた髪を撫でて聞いた。初めて逢った時から、何度同じことを思っただろう。
もしも同じ学校で知り合っていたら、幸村は彼らに向ける愛と同じ類いのものを自分にも向けただろうか。一緒に泣いたり笑ったり、こんな風に助けを求めたりしただろうか。
こんな“タラレバ”な事ばかり考える自分が情けない。
「好きだよ」
はっとしたのも束の間の夢、
「大事で大事で仕方ない。立海のみんながいるから、俺は生きてコートに立てるんだ」
いつか見た、コートに立つ幸村の姿を思い出す。試合なんかあっという間に終わったから、プレイスタイルとか、そんなのは全然覚えていない。
記憶にあるのは、真っ先にベンチに向かって身を翻す幸村の後ろ姿。そこには、幸村が宝物のように大事に想うやつらがいた。
その光景を見ると悔しくて悔しくて、堪らなくなった。彼と運命で結ばれた立海が憎いとすら思うほどに。
「また…寂しそうな顔してる」
そりゃそうだろう。どんなに頑張っても、好きなやつの愛情は向けられないのだから。
「嫌だな、キミのそんな顔は。俺の知ってる跡部じゃない」
「ほっとけ…」
「1年の時から王様気取りで、自信満々でコートに颯爽と現れて。その人気者が目の前に現れた時はびっくりしたよ」
「あれは…たまたま通りかかっただけで、立海の時期部長が俺様とつり合うやつかどうか、ついでに覗いてやろうと思ってた時に、たまたまお前が…」
「がっかりしただろ?」
「は?」
「王者立海の時期部長がこんな外貌で。だから、あの時初めて跡部と話せてうれしかったけど、恥ずかしくてさ。変な態度だったら悪かったなって」
「いや、そんなこと…」
「まあ…今日はいろいろびっくりしたけど、ありがとう。また全国でよろしく。真田に何かあれば伝えとくよ」