空想よりもおもしろい

背中にぴったり寄り添って、耳元で語る幸村に跡部は困惑した。
吐息が肌をくすぐって、柔らかい髪がふわりと香るのだ。たまらず跡部は口を開いた。

「おまえは…もっと甘ったるい匂いがすると思ったが、そうでもねぇ」

そう言って後ろを振り返ると目が合って、幸村がびっくりした顔をした。

「…男ふたりでなんか変だな」

照れくさそうにして目を伏せると、長い睫毛が瞳を覆った。

「俺さ、キミが思ってるほど甘くないし綺麗なテニスはしないんだ。我が儘で、おおざっぱだし。それに…真田を手離したくないし、キミも引き留めておきたいと思ってる」

狡い人間なんだ、と幸村は言った。

「言っただろ、俺様は美しいものが好きだ」

「だから俺は…」

跡部の腕が幸村のうなじを捉えて、ぐんと顔を引き寄せた。ふたりの鼻先がくっついてしまいそうな距離になって、幸村が息を詰めたのがわかる。

「神の子に引き留められるなら光栄だぜ」

そう言って唇を重ねた跡部は、いずれこの神の子に魅せられているすべての者の手から、奪い去ってやると強く思った。

「ん…っ、跡…部」

唇を離すと、幸村が深い海のような目をして跡部を見た。
哀しみを帯びているようにも見えるし、何かを期待しているようにも見えた。

「…隣に、座ってもいいかな」

「好きにすればいい」

少しの間幸村の香りが遠退いたが、すぐにまた跡部の隣にふわりと香った。
この展開でなにが可笑しいのか、形のいい唇に手を添えて幸村は苦笑し始めた。

「キミと真田、越前と俺かな」

「は…?」

「帝王と皇帝、王子様と神の子」

「……」

「もし政略結婚するならそんな感じ?」

「…おまえには付き合いきれねぇ」

「まあ、氷帝も青学も立海の傘下になってもらうけど」

跡部はけれど、幸村と真田が抜けたら立海は誰が守るんだと、仕様のない事を考えてしまった。いや、そもそも立海の傘下にするという事は自分とあのくそガキが立海に嫁ぐという意味か。

「う~ん、手塚は納得するかな。青学はぼうやに甘いからな」

「氷帝の贅沢極まりない設備は魅力的だから、あれは貰い受けよう」

幸村の意味不明な論説は続く。

「あっ、安心してよ、樺地くんはキミの世話役として連れてきていいから」

「でも、キミも真田も手塚に御執心みたいだからな…うまくいくかな」

もし、氷帝と青学から跡部と越前が立海に嫁いだとしたら、逆に立海が引っ掻き回されそうだと跡部は思った。
立海という孤高な城を崩壊させて、その象徴の神の子をかっさらい、煩い皇帝を青学に押しつけてしまおうか。

「フ…面白い」

「え、あ、そう?」

思いがけず跡部の賛同を得た幸村は、恥ずかしそうにはにかんだ。

「その時は、立海の未来永劫のために、俺様と真田でおまえと越前に帝王学をきっちり教えてやるから覚悟しとけ」

「ぅ…なんか怖いな」

それからも跡部は、ひとしきり幸村の無駄話に付き合った。幸村精市という人間が、少しだけ近くに感じられた。
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