一葉の写真の未来へ
この春。
とうとう手足の自由が失われた幸村は、大好きな人の名前も書けなくなった。
病室でたった一人、中学三年に進級した。
物語はそれより遡る。
跡部景吾は氷帝学園中等部に入学して、すでにテニス部の部長の座を奪っていた。
「おい、今年の全国優勝は立海だったな」
隣の席でマメに試合の記録をつけていた滝萩之介は、「そうだよ」と答えた。
「フン…まあ、三年が抜けちまえば来年からはわからねぇな」
跡部の聡明な頭脳は、もう来年の氷帝の全国優勝を見通しているらしい。
世代交代して二年に進級すれば、自分たちが中心になるつもりでいる。確かに今年入部した一年生は、跡部や滝以外にもなかなか実力がありそうなやつが何人かいる。
跡部が部長になって部活の体制が見直されれば、氷帝も大きく変わるだろう。
「あ、でも確か…」
跡部の思惑に感心しつつ、滝はある事実を思い出してペンを止めた。
「今年の立海を関東、全国共に優勝に導いたのは三人の一年生らしいよ。やるねー」
「なに…!」
この夏、氷帝は全国に進めなかった。跡部は実力で一年生ながら部長に君臨したものの、もともと来年の自分たちの代に期待を寄せていたから今年の結果は正直どうでもよかった。
見学もそこそこに、大会が終わる前にさっさと帰ってしまったのだ。
(俺様以外のヤツらが実力を蓄えてからが勝負だ)
同級生の中でもコイツはと思える何人かの顔を思い浮かべる。
それにしても、立海の全国優勝の立役者が三人の一年生とはさすがの跡部も驚いた。
(三人もいやがるのか…)
カリっと小指の爪を噛んだのは、思い通りにいかないときの跡部の癖だった。
この三人を倒さなければ残り二年間の氷帝優勝は叶わない。
「気になるんだ?」
ちょっと意外そうに滝がきいた。
それからクスっと笑って、一枚の写真を机の上にすべらせた。
「表彰式のあと、彼ら集合写真を撮ってたからそこをね」
カメラを構える仕草をした。
よく撮れているが、少し遠目で顔までははっきりわからない。
「で、どいつがキングだ」
イライラしながらきいた。
なにしろ同い年が三人も全国で優勝しているのだ。
自分の相手はそのうちの頂点と決めている。
「えーと、あった。この子だよ」
滝が見せたのは、サーブを打つ前の人物の写真だ。
まだボールを頭上に放る前のひとコマだった。
「…だれが女テニの写真を見せろと言った」
確かに稀に見るきれいな顔立ちをしている。
立ち姿といい、ひと目で麗しい人物に十二歳の跡部も思わず目を止めた。
「残念。これが幸村精市。一年生レギュラー三人の内のひとり。実力は一番」
滝はもう二枚の写真を出して、それぞれ「真田弦一郎」「柳蓮二」ときれいな爪のついた指で差し示した。
「これが…?」
跡部は不可解そうに幸村の写真を手に取った。
(俺はこんなやつを相手にしないといけねぇのか…)
見た目でいうなら、真田の方がこちらも容赦なく実力を出し切れそうだ。
幸村の容姿では、"やりにくい"ような気がする。
跡部は、静止画の中の幸村がサーブを打ち、走り出すのを想像した。
「もしかして笑ってるの?」
滝に言われてはじめて、口元が緩んでいるのに気がついた。
しかし翌年、関東、全国共に幸村との対戦はついに叶わなかった。立海は再び全国優勝し、氷帝はベスト16に終わった。
