come home
風呂上がりの幸村がそっとリビングを覗くと、リョーマがいない。なんとなくほっとしたのも束の間、南次郎はどうなったのだろうと思い返して、首にかけたタオルの端で口元を隠した。
リョーマと長いキスに耽(ふけ)っている最中だった。何度か呼び鈴が鳴っても無視を決め込んで舌を絡めていた。
やがてリョーマが腰の位置をずらして、お互いのものを擦り合わせて快楽に身を委ねる瞬間は至福だった。
そこには、色気のある大人っぽい表情を見せるリョーマがいた。幸村はきゅんとしたが、自分は目に涙を浮かべて喘ぐばかりなのが恥ずかしかった。
開け放たれたカーテンの窓の外は、雨上がりの夕晴れだった。
よほど降りが激しかったのだろう。地面に水溜りができていて、軒先からは屋根に降った雨水が細く流れ落ちていた。
ふと外に停めたままのバイクが気になった。
玄関に行くと、リョーマのラケットバッグが横倒しになっている。まるで押っ取り刀で駆け出したみたいな様子を想像して、ちょっと可笑しかった。
反抗していても、父親とテニスをするのは彼にとってきっと特別なのだろう。
開けっ放しのバッグから、他に三本のラケットが見えていた。
(これで世界を相手にしているんだ…)
そっと手に触れてみようとした時、外で大声がして手を引いた。クールなリョーマにそんな声を出させるほど、やはり南次郎のテニスはすごいなと思う。
立ち上がって、下駄箱の上の向日葵のフラワーアレンジメントに顔を寄せた。オレンジがかった黄色の向日葵は、ぱっと明るくて可愛いくて元気がでる。
オアシスはたっぷり水を含んでいた。水滴が落ちているから、あの親子のどちらかが水をやったばかりなのだろう。
うれしくなって、だれかのサンダルを履いて外に出た。そこに停めてあるバイクを見て、幸村は目を丸くした。
ビニール傘と布製の黒の傘が二本、互いに押し合うようにバイクの庇(ひさし)となっていたからだ。
ビニール傘には雨粒がたくさん付いている。これは南次郎が差し掛けたのだろう。
(なぜって…夕立ちの激しいちょうどその頃、そんな天気も梅雨知らずに俺はぼうやと…俺は快楽の雨に打たれているのがやっとだったけど、…リョーマ、君はどうだったろうか)
幸村が間近で体感した、リョーマの生命力あふれる五感。それらが自然現象に妨げられること無く、自分だけを感じ取っていればいいのにと願う。
黒の傘は雨上がりにリョーマが差したに違いない。
ビニール傘に負けじと羽を広げているみたいで、西日の強い日差しからバイクを庇(かば)っていた。
『痛かったの?苦しかった?』
彼は遠慮なしに幸村のつらい過去を探ってきた。というより、幸村に心を寄せてきた。
いつもなら雨になると古傷が疼くような気がするのが嫌だったが、リョーマといると感覚が陶酔したらしい。しかも、
『泣いたりした?』
そんなことまで知ろうとする。
リョーマの生命力あふれる眼差しに癒されて、うっかり「うん」と返事をするところだった。
幸村はかろうじて、「泣くわけないだろ」と澄ました顔をつくったが、その後にリョーマがしてくれたキスが優しくて涙目になったのを見られてしまったと思う。
「でもまあ…ありがとう」
幸村は目を細めて、二本の傘を見つめた。
