come home
それから三日と空けずに幸村は越前家を訪れていた。
この日、リョーマは午前中から桃城と遊びに出ていて、夕方になって帰宅した。
外にバイクを確認して、玄関の下駄箱の上のフラワーアレンジメントが今日も生き生きとしているのを確認してから、裏のテニスコートへ足を向けた。
つまり、幸村が来ているのを早くこの目で確かめたかった。
ところが…
「わぁー!うぅ…もういやだぁ…!」
癇癪を起こしたような泣きわめく声が聞こえてきた。
びっくりして、鐘楼堂の陰からそっとテニスコートを覗いた。
見れば、地面に膝を付いてラケットを放り出したまま涙を流す幸村がいた。状態から察するに、南次郎のネットすれすれに落としたボレーの球に追いつけなかったのだろう。
だからといって幸村のこの反応は信じ難い。リョーマは息をのんだ。
「おーい、オジちゃんそろそろ鐘をつかないといけないんだわ」
南次郎は、耳の穴を小指で掻きながら悪びれた様子もない。
「泣く子の相手はいたしませんよーっと。悔しかったら取ってみなー」
南次郎は自分の尻をペシペシたたいて、幸村のいるコートへどんどんボールを打ち込んだ。
ただ、南次郎の優しいところは、幸村の体にわずかでもボールを当てない。
うなだれる幸村は、涙を止めようとしゃくり上げて肩を震わせている。
(幸村さん…!)
見ていられなくなったリョーマが駆け寄るより早く、
「リョーマ、鐘」
夕方六時の鐘を鳴らせというのだ。
一瞬向けられた南次郎の声と視線が鋭い。邪魔をするなというのだろう。リョーマは言われるまま鐘をつかなければならなくなった。
しかし南次郎は、もう穏やかな目をして幸村が立ち上がろうとするのを待っている。
やがて幸村はグイと腕で涙を拭うと、南次郎と同じく裸足になってサービスラインでラケットを構えた。
「いいね〜そうこなくっちゃ」
いい年をしてわくわくを隠さない父親にあきれつつ、リョーマは鐘楼堂に上った。
南次郎がサーブを打つのと息を合わせるように、鐘をついた。すぐに幸村が土を蹴って反応する。
リョーマがゆっくりと鐘をつく間に、何往復したかわからないラリーの応酬に目を見張る。
まったく心のこもっていない鐘つきだが、普段の南次郎がグラビア雑誌を片手に足でつくのに比べれば大した事はない。
「おっとと…やんなるねーオジちゃんになると足がもつれて」
そのうちに、なんてことない幸村からの打球を追いかけていた南次郎が、つまづいた。
「親父…!危ない!」
リョーマは力いっぱい鐘を鳴らした。
割れんばかりの鐘の音に、南次郎は意識を取り戻し、幸村の目には生きた色がもどった。
リョーマの機転で、南次郎は顔面ギリギリの打球をラケットで防ぐことができた。それも、きっちり相手コートに返している。
「ふぅ〜あぶないあぶない」
「もしかして五感…」
コートに入ったリョーマは、ネットの向こう側にいる幸村を見た。その表情は消えている。
「まいったねぇ…気をつけてたってのに」
頭をガシガシかく南次郎に、幸村がほんの一瞬、さみしそうな表情をした。
「…聴覚はなんともなくてよかったです。ごめんなさい。お風呂借ります」
「いいよいいよ。ゆきちゃんにならなんでも貸しちゃう」
(デレデレすんなよ。てか…ゆきちゃんてなに。え、お風呂って)
幸村はヘアバンドを取りながら、あたりまえのように玄関の方へ歩いて行った。
汚れた裸足の足裏が、痛々しかった。
