come home
「ねえ、あんたさ、ここに来るの今日が初めてじゃないでしょ」
リョーマがひとっ風呂浴びて居間に戻って、南次郎が小用に立った隙に、幸村に問い詰めた。
「どうして?」
「さっき親父と打ち合ってるの見て、なんとなく」
それに、散らかったこの部屋で幸村は、はじめからここが定位置と決まっているように席に着いたのだ。
「え、キミがお風呂入ってる間にちょっとやっちゃおうって南次郎さんと話して…カラスの行水なのかい?いつから見て…」
「あのさ、テニスしてれば時間なんて忘れるでしょ。1時間なんてあっという間。あんたならわかるでしょ。ちょっとで切り上げるなんて無理」
リョーマが風呂から戻ると、居間のテーブルにはスイカの皮がそのまま放置されたままで、自宅裏からテニスボールを打つ音がした。
見に行くと、南次郎の予想外のコースを狙った打球に振り回される幸村がいた。
なるほど。遊び甲斐のある息子がいなくなって、南次郎の胸に空いた穴を埋めたのはこの人だったのかと直感した。
「それで、どうなの」
「うーん、まあ…ね」
皿に残ったスイカの皮を指でつついて、ゆらゆらさせながら幸村が言葉を濁した。
「俺よりもいいわけ?」
「いいとか、そんなんじゃないよ」
「いいんでしょ。俺に隠れてやるくらいだから」
「高校のテニス部にOBとして顔を出した日に、偶然見に来てた南次郎さんに声をかけられてね。あ、俺はテニスは高校いっぱいで辞めたんだ」
だからもう毎日ラケットは握ってない、と少し申し訳なさそうに幸村が言った。
もしかするとそうなんだろうな、とリョーマはさっきの南次郎との打ち合いを見て気づいていた。
それでも十分な素質は抜け切らないらしい。プロの目から見ても、もったいないなと思ってしまう。
「その日の内にご自宅に誘われてね」
(何それ、パパ活…)
「越前南次郎がキミのお父さんで…中学の全国大会で俺を覚えてくれていて…びっくりしたよ」
幸村の言おうとしていることが大体わかってしまって、そっと話をそらす。
「花、わざわざどうも」
「いいんだ。仕事だし。南次郎さんにも会えてよかったよ。つい、話していると楽しくなって長居して申し訳ない。ぼうやも、活躍してくれて俺もうれしいよ。応援しているよ」
腰を上げた幸村を、黙って見過ごせなかった。
「待って。駅まで送るよ」
「ふふ…まさか電車に乗って配達に来たと思っているのかい?」
玄関を出て右に少し行くと、中型バイクが存在感たっぷりに停められていた。
「気がつかなかったかい?」
気づいてはいた。
ただ、それが幸村と全く結びつかなかっただけだ。
車体の色は、青と黒の割合が七対三といったところか。
「へえ…かっこいいッスね」
「ね、そうだろ?来年になれば高速道路を二人乗りできるんだ」
聞けば、免許取得から三年経たないといけないらしい。
「これがあれば神奈川から都内へも楽々だ」
「仕事のためでしょ」
「…?まあね、そうともいう」
「………」
「あ。俺のラケットはね、忘れ物じゃないんだ。置いといてもらってるんだ。南次郎さんによろしく」
幸村はふわりとした髪をヘルメットで押さえると、バイクを道路へ出した。
「髪…また前の感じに戻したんスね」
「あー…うん。こっちの方が評判いいんだ。そうだ、アレンジメントはね、オアシスの水を枯らさないようにね。1週間程度は日持ちするはずだ」
「1週間もこっち(日本)にいるとは限んないよ」
エンジンをかけた幸村へ、リョーマは思いがけず大きな声を出していた。
「オアシスってなんだよ…評判って誰の」
つぶやいた。
想像よりもずっと似合うバイクの後ろ姿は、リョーマの心をざわざわして落ち着かなくさせた。
