空想よりもおもしろい
「お帰りなさいませ。景吾さま」
「これを頼む」
幸村のテニスバッグを肩から下ろした跡部は、出迎えた爺にそう告げて奥へ進んだ。それを受け取った爺は、穏やかな目を幸村に向けて、やさしく微笑んだ。
丁寧に頭を下げるその清楚な老人に、
「あ、お久しぶりです」
幸村が初めてこの跡部邸を訪れてから1年くらい経つから、老人は幸村を覚えているかはわからない。けれど幸村がぺこりと挨拶すると、頭を下げたまま応えてくれた。
「はい。幸村様。またお会いできて嬉しいです。ご立派になられて」
「あ、いえこちらこそ。またお邪魔します」
以前来た時と変わらず、少し恥ずかしくなるようなこの対応に幸村は僅かに頬を染めた。
「はい。どうぞごゆっくり。景吾さまもさぞやお喜びかと…」
「おい、幸村」
老人の声の語尾が小さかったのと、跡部が広い廊下の先から叫んできた声が重なった。跡部の元へ向かう前に老人を振り返ると、彼は丁寧に頭を下げたままだった。
跡部に案内された部屋に入ると、そこはまるで別世界だった。
「わ…ぁ」
声にもならない声を出して立ち尽くす幸村に、
「アーン、気に入ったか」
ふつうにそう言う跡部が信じられない。だって、ここが室内であることすら忘れてしまいそうな状況だ。
植物園にあるような、温室ハウスのような空間。蝶がひらひら翔んでいてもおかしくない。
「ここ…家の中だよな?」
辺りに咲く花を見渡しながら瞳を輝かせる。そんな幸村を見た跡部が、おかしな事を言い出した。
「…俺様は美しいものが好きだ」
「え?そんなの、誰だって汚ないのより綺麗な方がいいに決まってるだろ」
跡部の言葉に対してあたり前の返事をさらりとした。今はこの空間を楽しむのに夢中なのだ。
そんな幸村の機嫌を見計らった跡部が、またおかしな事を聞いた。
「真田はおまえの何なんだ」
「…え?」
背丈の高い花を見上げながら、
「変なこと聞くなよ。真田?そんなの決まってるだろ。あいつは…」
あれ?と幸村は思った。
そんなこと考えた事もない。友人でもライバルでもない気がする。
応えに困ってちらりと跡部を見ると、その目が誤魔化しは認めないと言っていた。
「…いてあたり前のやつだよ、たぶん」
ついでに、だから考えた事などないと付け足した。
「…充分だ」
すると跡部は目を逸らして、少し寂しげに呟いた。
テニスコートに立つ勝ち気で自信に満ち溢れた跡部の顔しか知らない幸村にとって、それは気がかりになった。
長椅子に座って項垂れる跡部の背中に寄った。その首にそっと腕を回してみる。
そうした方がいいような気がしたから。
「意外だな」
「……」
「てっきり薔薇の匂いがするのかと思ったけど」
「……」
「なんだろ…もっと控え目で優しい花の匂い」
「これを頼む」
幸村のテニスバッグを肩から下ろした跡部は、出迎えた爺にそう告げて奥へ進んだ。それを受け取った爺は、穏やかな目を幸村に向けて、やさしく微笑んだ。
丁寧に頭を下げるその清楚な老人に、
「あ、お久しぶりです」
幸村が初めてこの跡部邸を訪れてから1年くらい経つから、老人は幸村を覚えているかはわからない。けれど幸村がぺこりと挨拶すると、頭を下げたまま応えてくれた。
「はい。幸村様。またお会いできて嬉しいです。ご立派になられて」
「あ、いえこちらこそ。またお邪魔します」
以前来た時と変わらず、少し恥ずかしくなるようなこの対応に幸村は僅かに頬を染めた。
「はい。どうぞごゆっくり。景吾さまもさぞやお喜びかと…」
「おい、幸村」
老人の声の語尾が小さかったのと、跡部が広い廊下の先から叫んできた声が重なった。跡部の元へ向かう前に老人を振り返ると、彼は丁寧に頭を下げたままだった。
跡部に案内された部屋に入ると、そこはまるで別世界だった。
「わ…ぁ」
声にもならない声を出して立ち尽くす幸村に、
「アーン、気に入ったか」
ふつうにそう言う跡部が信じられない。だって、ここが室内であることすら忘れてしまいそうな状況だ。
植物園にあるような、温室ハウスのような空間。蝶がひらひら翔んでいてもおかしくない。
「ここ…家の中だよな?」
辺りに咲く花を見渡しながら瞳を輝かせる。そんな幸村を見た跡部が、おかしな事を言い出した。
「…俺様は美しいものが好きだ」
「え?そんなの、誰だって汚ないのより綺麗な方がいいに決まってるだろ」
跡部の言葉に対してあたり前の返事をさらりとした。今はこの空間を楽しむのに夢中なのだ。
そんな幸村の機嫌を見計らった跡部が、またおかしな事を聞いた。
「真田はおまえの何なんだ」
「…え?」
背丈の高い花を見上げながら、
「変なこと聞くなよ。真田?そんなの決まってるだろ。あいつは…」
あれ?と幸村は思った。
そんなこと考えた事もない。友人でもライバルでもない気がする。
応えに困ってちらりと跡部を見ると、その目が誤魔化しは認めないと言っていた。
「…いてあたり前のやつだよ、たぶん」
ついでに、だから考えた事などないと付け足した。
「…充分だ」
すると跡部は目を逸らして、少し寂しげに呟いた。
テニスコートに立つ勝ち気で自信に満ち溢れた跡部の顔しか知らない幸村にとって、それは気がかりになった。
長椅子に座って項垂れる跡部の背中に寄った。その首にそっと腕を回してみる。
そうした方がいいような気がしたから。
「意外だな」
「……」
「てっきり薔薇の匂いがするのかと思ったけど」
「……」
「なんだろ…もっと控え目で優しい花の匂い」