空想よりもおもしろい



あの日、突如として始まったその試合を、固唾を飲んで観戦していたのは、 丸井だけではない。立海メンバーの誰もが心の内で思っていた。

真田が負ける―――

「そこまでだ」

この空気を切り裂くようなその声に、跡部と真田は動きを止めた。
コートを囲んでこの試合の行く末を見守っていた他のメンバーも、息をのむ。試合を途中で遮られた事への不満がふたりの表情に表れているが、幸村は構わずネットを緩めた。

「真田」

「……」

幸村の鋭い目が、真田を捉えていた。
許可なく他校生と試合をした事への否を、真田は認めざるを得なかった。
幸村の視線が跡部に移る。 跡部の目は、自信に満ちあふれている。何かを得たような、満足感があった。
しかし幸村は黙って目を逸らして、

「帰ってくれ」

「は…次はテメェが相手しろ」

ラケットを幸村に向かって真っ直ぐ突き出す跡部に、真田が口を挟む。

「貴様、まだ決着は…」

「公式戦でお目にかかろうか」

幸村の澄んだ、けれど重みのある声に遮られた真田は苦虫を噛みしめている。そんな真田を余所に、この緊迫した状況は続く。

「ハッ!逃げんじゃねぇぞ」

何かを言い含めたような跡部の力強い視線を受けた幸村は、コートを去る跡部の背中を黙って見送った。
周囲がざわつき始めて、柳が通常練習に戻るよう指示を出している。
丸井はひとり、幸村と跡部の様子を窺っていた。幸村は何を悟ったのだろうか。

「あのまま続けてたら負けてたよ」

真田の横を通りすぎざまに、幸村は静かに言った。真田自身も窮地に立たされた事を自覚していて、それを耐える苦悶の表情をしているが、その気持ちは幸村も同じだった。

真田には負けてほしくない―――

それだけ幸村は、真田を認め誇りに思っていた。

(真田が負けていいのは俺だけだ)

ずっと前からそう決めていた。 同時に、真田に勝てるのは自分だけだという自身があった。

幸村が部室に入ると、そこには丸井がいた。てっきり皆練習に出ていると思っていたから、

「なんだ丸井、いたの」

丸井は窓の外を見たまま、応えない。

「早く練習に戻らないと、柳が煩いよ」

そう言う幸村は、帰り支度をしている。ラケットバッグを肩に掛けると、

「幸村くんは帰るの」

丸井には珍しく、少し不機嫌な声のトーンだった。

「うん、用事ができたから」

「あした」

「うん?」

窓の外から、ボールを打ち合う音が聴こえる。 幸村はドアノブに手をかけた。

「赤也がケーキ食いに行こうってうるさいから」

帰ってくるだろぃ?と、小さな声で言う丸井に、

「そうだなぁ…」

言葉を濁して、そのまま部室を後にした。

「幸村くんのバカ…土日は混むから早く行って並ばないといけないのに」
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