距離感を教えて


ウォーターサーバーの冷水で喉を潤す。
幸村がいつもより早くイッてくれたおかげで、なんとか時間までに教室に戻れそうだ。
のろのろと制服を整えている幸村に、

「昼食を取り損ねてしまったな。俺はその…いいが…」

真田は言いづらそうにして、飲み干して空になった紙コップに再び水を満たした。

「あっはは。俺のがいい栄養補給になるかな」

幸村は、一度ちょんと紙コップに口をつけてから旨そうに水を飲んだ。

「すまん。大事な試験の最中に…」

「いいさ。俺にはこれで!」

ぎゅうっと正面から抱きしめられて面喰らう。
抱きしめ返す事もできないまま、幸村は体を離した。
この一瞬の残り香さえも名残惜しい。

「成績落ちたら真田のせいだと思えば自分を責めなくて済むからね」

くるりと背を向けた幸村が、ドアに手をかけて振り返ると、いたずらっぽく笑って言った。
ぽかんとしていた真田が、慌ててそれを引き止める。

「幸村」

近寄れば、「でももう時間…」と戸惑いと淡い期待を隠さない呟きが可愛いなと思った。

「きちんと着てくれ」

ブレザーの後ろの裾がズボンのウエストの中に入ってしまっていた。それを直してやる。
ついでにネクタイの具合も手直しして、よしと頷いた。

「ぁ、うん…ありがと」

こんな小さな事がそんなに恥ずかしいのかと思うくらい、幸村は顔を赤くしていた。

「俺でよければいつでも力になるぞ。その…責任もあるからな」

あからさまに「勉強を教えてやる」と口に出すのは避けた。彼のプライドを大事にしている。
それなのに、幸村はみるみる顔色を変えた。

「自分の方ができると思っているのかい?テストもテニスも俺はおまえに負けないよ」

冷ややかな目で一瞥(いちべつ)して、部屋を出て行った。

「フハハハハハーー!」

教室に戻る途中の廊下で、堪えきれなくなって大笑する。
そんな真田を気味悪がって、生徒たちは端に寄って道を開けた。

近くて遠い存在か、遠くて近い存在か。
未だ測りかねる幸村とのこの距離感を、真田はずっと大切にしている。
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