立海 I LOB YOU

 

玉川よしおは、またしてもガチガチのままテニスコートにいた。
ペアを組んだ丸井先輩には、何度も名前を間違えられて凹みながら、鼓舞激励されながら、氷帝とのダブルスの試合を終えた。
負けた後に残ったのは、初めての大舞台に立った武者震いと、先輩たちのあたたかい励ましだった。

「なかなかやるじゃん。ねぇ、真田副部長!」

中でも、切原にそう言ってもらえたのは特別だ。

(真田副部長…)

強い視線を感じてそちらを見れば、微かに白い歯を見せた副部長がひとつ頷いてくれた。

この氷帝とのエキシビションマッチの話が持ち上がる少し前、玉川は幸村部長に呼び出されていたーーー


部室に連れて行かれると、背を向けたままの真田副部長がひとりいた。
背中だけでも怖がられる存在の副部長だ。こちらを振り向きもしないのは、歓迎されていないに違いない。

「ああ、気にしないで。君に嫉妬してるんだ」

ーーーはあ…

玉川は怯えた瞳を二人の偉大な先輩に向けた。

「君を新部長にするよ」

ーーーはあ…はい

「いいよな、真田副部長!」

ーーーえ!ちょっと…

副部長の背中に笑顔を向ける部長は楽しそうだ。
突拍子もない夢を聞かされて、玉川は事態をのみ込むのが遅れた。

「次の氷帝戦で本気を見せろ」

「俺は応援しているよ。君の信じるテニスをすればいい」

副部長とは反対に、幸村部長は好意的だった。

「せめて赤也と丸井、ジャッカルに恥ずかしくない試合をするんだな」

真田副部長の言葉は重い。
玉川のために、新部長としての晴れ舞台を用意してくれたのだから当然だ。
肩を引き寄せられて、ぐっと幸村部長のきれいな顔が近付いた。

「そういえば…早朝の自主練だけどね、真田にバラされたくなかったらしっかりやり遂げてみせて」

こんなにも近くに幸村部長を感じてしまって、玉川はどきりとして落ち着かない。これはこれで圧がある。
それから人差し指を立てた部長は、さらに声をひそめて言った。

「あと、あの日の玉川と立海ジャージを俺は忘れないよ」

幸村部長の口からはっきりと"玉川と"と言われて、泣きたくなった。"玉川の"ではない。
手術の日、何もできずに傍にいた自分の存在をこの人は覚えていてくれた。

「真田のは一足遅かったからね。君の勝ちだよ」

ちらりと副部長の背中を見てから、ふふふと笑った。
玉川は笑えない。真田副部長の言葉を借りれば、「なんて不届きな事」をしてしまったのだろう。
ヒヤリとするような声で、副部長が部長を呼んだ。

「いいかい、部長同士の秘密だ」

二人が部室を去ると、玉川は窓から並んで歩くふたつの背中を見つめたーーー


こうして、新部長として幸村部長に部員の前で紹介されたのがこの翌日の出来事だ。
新部長の晴れ舞台を見た部員たちは、玉川を見直した。それから、あの時つかれた真田副部長の溜め息を引っ込ませることくらいはできたはずだ。 

(あなたの幸村部長が俺を選んだんですから)




「オーストラリア戦の幸村部長と真田副部長のロブ合戦!玉川にも見せてやりたかったぜ!もうスッゲーの!あんな根性比べなかなかできないって!」

「楽しそうだった?」

「は?お前ってほんと能天気なのな」

「はは…さ、英語の補習はここまで。さあ、そろそろ行かないと」

切原の頭に黒帽子をポンと被せると、玉川は見たことも無いテニスの聖地オーストラリアのテニスコートに立つ二人を想像した。

「コレはいらねーって!髪のセットが乱れるし。それになんか臭…」

「今日は真田副部長たちが来てくれるみたいだから。切原が被ってたら喜ぶよ」

「いらねーし」

「誰が赤点阻止してあげたんだっけ」

「ゔ…」

玉川の胸に納められているのは、朝日の輝くテニスコートを生き生きと走り回る二人の姿だ。
海の向こうでもたくさんの人を圧倒するテニスをしたに違いなかった。

前を行く切原に追い付くと、玉川は立海のテニスコートに下り立った。

「さあ、はじめようか!」
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