立海 I LOB YOU
幸村部長が気丈な人なら、レギュラー陣を残さず幸村部長の元へ落とした真田副部長は孤高の人だ。
その他大勢の部員では、副部長を型にはまった応援でしか支えられないからだ。
(副部長はたったひとりで戦場にいるようなものだ…)
玉川は、真田副部長の幸村部長への強い想いを認めた。自分が駆けつけられないならば、全部(レギュラー陣)をそっくり手放してでも、部長を勇気づけてやりたかったのではないか。
ーーーこの勝負、俺一人でも取るに足らない。だから幸村。お前は安心して手術に臨めよ
副部長ならそんな風に部長を励ましたはずだ。
(真田副部長、先輩たちはちゃんと部長を見送りましたよ)
"手術中"の表示ランプが点灯すると、項垂れるレギュラー陣の邪魔にならないように距離を取って、玉川も知り得る限りの部長と副部長について思いを巡らせた。
他の部員同様、遠巻きにして見ているだけだった二人のテニスの印象をがらりと変えた幻のような日を玉川は忘れられないーーー
あれはいつかの早朝だった。
週に一度、玉川は校門が開く前にテニスコートに自主練に入るのを習慣にしていた。
この時間なら思う存分、密かに得意としているロブを打ち上げられるからだ。
(ロブばかり強化したところで戦力にならないだろうけど…)
けれど確かな手応えを感じていた。一見すると何の変哲もない玉川の放つロブが、対戦相手を翻弄した。練習試合では、このロブが確実なポイントに繋がった。ダブルスを組めば、パートナーの技能の陰に隠れて霞んでしまう、そんなロブだった。
(はは…自分にぴったりじゃないか)
この日も、閉まっている門扉を乗り越えてテニスコートへ向かうと、驚いたことに先客がいた。
自分の他にも同じ事を企む人がいるなんて、さすが立海テニス部だと共感した。
(時間外の勝手なコート使用なんて見つかったらタダでは済まないのに…)
一年生だったら注意して見逃すつもりで、そっと覗いた。貴重な自分の練習場所を取り返したい気持ちもある。しかしとんだ見込み違いだった。
コートを走り回っていたのは、幸村部長と真田副部長なのだから、これでは玉川には打つ手がない。
(先輩たちも狡いな)
でも、規則違反をしてでもコートに立つのを諦めないのが強さの秘訣でもあるかも知れないと思い直す。
なのに、そんな玉川の尊敬に似た考えも覆されてしまった。
(これは…)
どう見ても厳しい特訓ではなかった。
この二人が特訓以外のテニスをするなんて他に誰が信じるだろう。
朝焼けがテニスコートを照らし出して、部長と副部長の声が響いていた。
「よさんか!いつまでバックハンドを攻める気だ!」
「それがテニスのイヤで楽しいところだろ!」
「もう我慢ならん!」
「あ!」
(上手い…!ロブだ!)
幸村部長は踵を返してボールを追った。
(追いつく!え…?)
部長は副部長の頭上目掛けて高々とロブを上げたのだ。これではスマッシュの餌食だ。
「来い!弦一郎ーーー!」
幸村部長は、地を蹴って高く飛んだ真田副部長に向かって歓喜の声を上げた。
嬉々としてラケットを構える部長は、眩しそうに双眸を細めた。朝日を背負った副部長の堂々たる雄姿は、きっと幸村部長の目を釘付けにしたに違いない。
(なんだか楽しそうだな)
いつの間にか玉川は、ベンチに座ってテニスコートを見下ろしていた。二人に見つかったら何を言われるかわからない。それでもこれが自分の先輩だと思うと嬉しくて誇らしかった。
そこでふと、閉まっている門扉をよじ登る二人の姿を想像した。
高い門扉を乗り越えるのは容易ではない。玉川は自力で越えるコツを得たが、二人いればどちらかが尻を押し上げて、手を伸ばして引き上げるのだろうか。それともそれぞれが軽やかに飛び越えてしまうのか…
そんな事を考えられるくらいには、玉川も案外肝が据わっているのかも知れない。
