十二月のしきたり

pm:14:50

この時季の日の傾きは早い。
俺たちは都内に向かうバスに揺られている。
窓側に座る幸村の横顔に、西日が当たっていた。
つい今まで窓からの日差しが暖かくて生き返ったと話していたのに、幸村はいつの間にか眠り込んでいた。

(だから手袋をすればよかったではないか)

屋上庭園でつかんだ手は冷たかったのだ。
俺は幸村の手に視線を移した。この手がラケットを握っていたのが不思議なくらい、爪の先まできれいな、つまり幸村らしい手だと思った。

(もしや引退してから目下、ラケットを持っていないのではないか)

有り得ない事なのに、はたと考えてしまう。
しかしこの手を見ているうちに、今なら幸村に勝てると目論むほどには、俺の野望はまだ健在なのだ。

引退してから幸村をテニスに誘わなかったのは、しばらく距離を置いて手の内を明かしたくなかったからだ。幸村の目の届かぬところで、虎視眈々と何時おとずれるともわからない機会を俺は狙っている。

「真田」

静かに呼ばれて肝が冷える思いがした。

「俺は今日が今までのクリスマスのどれよりも特別な気がするんだ」

だからそんなに難しい顔をしないでくれないか、と幸村は悲しい顔に笑いを浮かべた。
幸村にそんな顔をさせるなんてあってはならないのだ。

「ならば来年はもっと特別にするぞ」

「来年も…」

「ああ、再来年もだ」

嘘の無い俺の思いの丈を言ったまでだ。
なのに幸村は驚いたように目を見開いて、

「おまえが言うと本当になりそうな気がするな」

ぱっと窓の方へ顔を向けてしまった。
難しく考えるのは幸村の方ではないのか。これまで通り、来年もその次も、俺たちはクリスマスに出かけるに決まっている。

高層ビル群が目立ちはじめた。
東京の中心はもうすぐそこだ。
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