大切な…

最近は、手なんて繋がなくなっていた。
久しぶりに繋いだ手は、思っていたより硬くて厚みがあって、正直あまりきもちのいいものではなかった。
それでも二人が繋いだ手を放さなかったのは、あの頃と変わらない、優しい温かみがあったから。

走る足を止めた真田は、窓の外を見た。
幸村もそれに従う。

「走ってくるか?」

手は未だ繋いだまま、聞いた。

「お前が走りたければ…」

窓から視線を反らした幸村が言う。
普段から自分の気に入らない事については言葉と裏腹な意思表示をする幸村だが、それはとてもわかりにくい。
だが、俺の前ではそれは顕著になった。
それが嬉しかった。
自分の前では幾らかでも羽を伸ばしている証拠だから。

空部屋に入ると、幸村をソファーに座らせて今日はここで休むよう促した。今更ミーティングを忘れた事について咎める気はない。

「…何も、聞かないのか」

そう言う幸村の瞳は揺れていて、目元は赤く腫れている。
動揺して、そっと手を差し伸べようとすると、

「制裁…殴っても、何でもいいからしてくれないか」

手を引かれ、それにつられるように幸村の隣に座る。
固く瞼を閉じる幸村を目の前にして、考える。この場合の"何でもいい"はフェイクだろう。且つ、制裁も求めていない。
だとすれば、求めているのはたったひとつ…

傍らにいると、ほのかな花の香りに包まれていくようだった。
以前、幸村から教えてもらったその花の名前は何といったか。
そんなことをぼうっと考えていると、

「何も、してくれないんだな…」

幸村の両手に右手を包まれた。
体は重ねても、不思議と手を繋いだりはしない間柄だった。
何故だろう。
きっと、そんなものは必要ないくらいに…

だからなのか、幸村の手の感触や温もりが珍しくて欲情した。まるで初めて体に触れた時のようだった。
思わず手を強く握り返し、幸村の体をソファーに倒す。今気がついたが、その手は自分のものより幾らか小さいかもしれない。

「探してたんだ」

少し恥ずかしがりながら、幸村もしっかりと握り返してくる。

「そしたらさ、ミーティングって」

ふわりと笑った。
続けて、どうしようもない部長だよなと言って、困ったような表情をする。

(違うだろう)

もっと深い想いで探していたのではないか。その理由ははっきりとわからないが、幸村の瞳、表情からフェイクの奥の"リアル"を探る。

「俺も探したぞ」

体重をかけて、互いの鼻先が触れるほど距離を縮める。

「それは…嬉しいな」

幸村が目を閉じたのを確認する。
そっと唇を寄せた。
唇を離すと、あふれる涙を溢すまいとする幸村がいた。

「言っただろう。お前が居ないと何も始まらん」

頬を伝った滴を掌で拭い、それに…と幸村の耳に囁く。

「思い出せ。俺かてお前がいなければ何もならんだろう」

あっ、と声を殺した幸村が抱きついてくれば、それにしっかりと応えるだけだ。
もう、手を繋ぐ必要はない。
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