大切な…

怒ったような困り顔で、幸村の瞳を捉えた真田がいた。
額にはうっすらと汗をかいていたから、本当に走り回って探していたに違いない。

「何だ、お前も慌ててここに来たのか?」

言われて、自分も額から流れる汗に気づいた。

「え、俺は…」

ミーティングを思い出したから急いで来たわけではない。
蓮ニのいう通り本当に忘れていたから、なぜ走ってここに来たかと問われれば答えに困った。
真田の言い方だと、まだ思い出しただけ良しという感じがしたから、申し訳なかった。
返事に詰まっていると、

「弦一郎、精市を連れて気の済むまで走ってくるといい」

その様子を見かねた蓮ニが、助け船を出してくれた。

「なぜ俺まで走らねば…!」

真田にしてみれば確かにそうであった。
だが、蓮ニはそれ以上真田にものを言う事を許さず、暫し二人は対峙した。

(俺のせいでごめんな、真田)

頭を冷せ、二人で話して来いと、蓮ニの目がいう。 それが真田に伝わった。

「…わかった」

この間、他のメンバーは誰も口を挟まない。各々、別の事をしたり声を潜めて喋ったりして過ごしている。
この三人の揉め事は、三人で処理するのが常でそれが一番手っ取り早く済むと知っている。
こういうあたり、立海はよくできたメンバーであった。
勿論、心配ではあるが任せておけば大丈夫なのだ。事が済んだら後で軽く肩をたたく位でいいと、みんな心得ている。
後のことは蓮ニに任せ、真田と連れ立って部屋を出ようとしたが、ドアを開けると歓迎し難い人物達がいた。

「…何だ貴様ら。盗み聞きとは己の恥を知れ」

真田がひと睨みするが、相手はおかまいなしだ。

「アーン、てめぇに用はねぇ」

跡部の視線は真田の背後にいる俺へ向けられている。 情熱的で挑発的なそれを向けられる理由がわからない。
それよりも気に病むのは、

「ふふ、幸村に謝ろうと思ってね」

「せや、さっきは悪かったなぁ、幸村クン?」

この二人、目の奥が全く笑っていない。
真田がちらと、後ろの俺を見た。
俺はそんな真田の心づかいに甘えてしまって、更に一歩真田の背後に隠れて俯いた。

「貴様ら、幸村に一体何を…!」

「もういい…行こう」

真田のジャージの裾を引いた。
しっかりと裾を握っていればもう大丈夫な気がした。
真田が部屋の奥に控えている蓮ニに目配せした。蓮ニがそれに頷く。
他のメンバーは笑って俺たちを送り出してくれた。
一度繋いだ手をしっかりと握り直した真田が、俺を連れて走り出す。
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