赤心を捧ぐ
真田と幸村が揃って部屋に戻って来たのを認めると、跡部の緊張の糸がようやく切れた。
気が付けば、夜景の遠くの空が白み始めていた。
間もなく朝日が昇る。今となっては、高層階を手配して良かったと思う。
(最高の門出じゃねーの)
暗い窓に映る真田と目が合った。いつもの気難しい顔に少し疲れが滲んでいるが、覚悟を決めた力強い視線だ。無言で礼を言われた気がして、跡部は目を逸らした。
「跡部、おまたせ」
ふわりと幸村が首に抱き付く。すっかり温まった体温が心地いい。
ちらと窓の外を見やれば、そこに真田の姿はもうなかった。
「夜が明けるね」
幸村が遠くの空に目を細めた。
遥かビル群の向こうから、太陽が昇る。
恋路の闇を抜けるに相応しいシチュエーションに心が浮き立ち、思わず後ろを振り返った。
「おい、せっかくだ。テメェも…」
「ふふ、真田に夜更かしは酷だったな」
くすくす笑う幸村が優しい眼差しをベッドに向けた。見れば真田が寝息を立てている。
「ほら、跡部」
手招く幸村に誘われて窓に寄った。
太陽が完全に姿を現すと、どちらともなく視線を絡めた。幸村がほんの少し首を傾げるサインをくれる。
腰を引き寄せ唇を合わせた。
一度離れて、目と目を合わせて小さく笑い合った。
息を吸って、角度を変えてもう一度。
広い窓いっぱいに朝日がレースのカーテンのように差し込んで、二人のシルエットを飾る。
「このホテルの演出はやっぱり跡部だったんだ。あっさりチェックインできるなんて、どうりでおかしいと思った」
「アーン、お前の頭の中にあるシナリオに沿ったつもりだぜ。真田と楽しめたみたいで良かったじゃねぇの」
前髪をイジりながら、大した問題でもないという感じで言って返した。
それなのに、一瞬きょとんとした幸村が、すぐに口に手を当てて笑い出したから、跡部はかあっとなった。
「ありがとう。苦労かけたね。大好きだ」
「……!」
不意打ちのキス。
仕返しするつもりで捕まえようと伸ばした手をすり抜けて、幸村は人差し指を唇の前に立てると、真田の眠るベッドへ行ってしまった。
白のバスローブの裾から形のいいアキレス腱が覗いて、幸村はベッドの上に半身を乗せると、そのまま流れるような動作で、真田の唇を唇で塞いでしまう。
思わず見入ってしまうキスシーンに、跡部は瞠目した。例えるなら、白雪姫に接する王子のような…幸村の隠された一面を見た気がした。
「さあ、まずはここから始めようか」
ゆっくりと真田から離れた幸村が、少しいたずらっぽく、けれど牽制するようにこちらを見て言った。
(…人の気も知らねぇで好い気なもんだぜ)
眠りこける真田が恨めしい。幸村のとったこの行動を知ったらあの堅物は卒倒するだろうか。
跡部は、真田に甘く、自分には手厳しい幸村の対応が正直不服ではあったが、承服に努めた。
幸村と真田が幼馴染である事実は変えられない。
どうしたってその溝は埋められないのだ。
だが、見方を変えれば、幸村は自分を対等であり同等に扱ってくれているのではないか。期待と信頼を寄せられれば、情熱を注ぐのが跡部だった。
(その心に従ってみせるぜ)
うずうずした様子で返事を待つ幸村を真っ直ぐに見返した。いずれ真田も追いついてくるだろう。それまでは眠っていて貰おうか。
誰が好き好んでこんな邪道めいた恋路に精を出すものかと思いつつ、ずかずかと幸村の元へ歩むと、唇を押し当てた。
顔を真っ赤にした幸村と、未だ眠り続ける真田を確認すると、ひとまず安心して体を椅子に投げ出した。息を吐き出しながら、自分にしては不出来なキスになってしまったのを反省した。