赤心を捧ぐ
真田の弱腰のためにこれ以上幸村を悲しみに浸らせるわけにはいかない。
「気に病むなよ」
すっかり冷え切った幸村の体を包み込む跡部の声音は優しい。真田が自我を取り戻すまでの間、二人分の役目を担うつもりでいる。
「跡部、俺…ごめん」
胸にすり寄る芳しい髪は、いつも跡部の気持ちを和らげるが、同時に強く幸村を欲してしまうのは跡部の中の獣性だ。
「あいつの代わりに温めてやろうか」
わざと真田を挑発するように、幸村をその気にさせるように言葉を選ぶ。
「そんな事言うなよ…そのままの跡部がいい」
「そうかよ」
幸村の体を倒して下半身に手を伸ばすと、やんわり押さえられた。
躊躇う余裕があるのが気に入らない。いっそ力尽くで二人の男を選んだ価値をわからせてやろうか。
聞き取れないほどの小さな声で幸村が言った。
「シャワー…浴びて来ようかな…」
本心ではないのが丸わかりだ。こちらの真意を探るような幸村は、異常な自分をカモフラージュしようとしている。体もベッドも真田の名残りを残しているのだから、まともな神経ならそうするだろう。
ここに至って、清純なのは自分で、跡部と真田が濃艶で罪なのだと決めたいらしい。
(面白い)
跡部の興が乗った。
「そうかよ。お前がそうしたいなら」
幸村の体から身を引けば、
『そんなこと言うなよ』
そんな声が聞こえてきそうな眼差しが向けられる。
「二人の男の水に与(あずか)りたくねぇか?」
笑いをこらえて耳に囁やけば、みるみる顔を赤らめる。そうされたいくせに、
「そんな…」
ぐずぐずと酔いしれているような幸村の表情は、跡部に欲心を起こさせる。
この顔を拝めるのなら、真田と共に罪を被るのも悪くない。幸村には二人分の恩恵を感じて貰おうではないか。
「…意地悪だ」
自分の思い通りに進まなくて不貞腐れている。
ほんのり赤い目元で睨まれても、凄みより色気が増すだけだ。
(手のかかるお姫様だ)
豊かな髪に指を絡めてキスを落とす。
首筋にも唇を当てると、それだけですぐに幸村が体を震わせたのは、それがこれから始まる跡部の合図だと知っているからだ。
首を傾げて、舌を這わせやすいようにする幸村の誘惑に負けそうになるのを堪えて、弛緩した幸村の体を引き起こすと、ポイと真田に差し出した。
「何の真似だ」
幸村を抱き止めた真田がムスリと訊いた。
「もう済んだ」
まさかと疑う真田の腕の中で、幸村が仔犬のように鼻を鳴らして体を丸くした。
「何をした」
「俺様に抱かれたつもりでいるぜ」
跡部は、自分のこめかみの辺りを指で突付いて見せた。
「脳内再生でもしたんじゃねーの?」
鳩が豆鉄砲を食ったような真田が可笑しい。
そっと腕の中の幸村を不安気に見つめる真田に向かって、
「さすがにテメェの後に抱くにはまだ吹っ切れねぇ」
苦い顔をして言った。幸村がそれを望んでも、実現させるにはまだ先になりそうだ。それは真田も同じ気持ちだから、幸村をめぐる最初のこの勝負はお相子だ。
ただ、納得がいかないのは真田だ。
自分の腕の中にいながら、頭では跡部に抱かれている夢を見ているとは、「けしからん」事だった。