赤心を捧ぐ
今思えば、卒業を控えたこの時期にこんな所を学校に知られればどうなるかわからない。
そんな危ない状況さえ、逃避行めいていて特別感があって、幸村は優越感に浸った。
(こんな事ができるのは俺たちだけだ)
快感からくる痺れがたまらずに、背中に乗っかる真田にすがりつこうとした時だ。
「なんで…!」
あやしていたのが跡部だと知ると、驚きと焦りが入り混じった感情をぶつけた。
「いつからだよ」
「気付かない方が悪い。俺様とあれの区別がつかないとは心外だな」
跡部が顎で示した先に、むっつりとして窓際の椅子に腰掛ける真田がいた。こちらを気にかけるわけでもなく、じっと窓の外の夜景を眺めている。
そんな真田の態度から、ある程度幸村は事態を察した。全ては自分が蒔いた種だ。
それでも、いつも味方になってくれる真田に頼ろうとする身勝手な自分を抑えられない。
「真田!」
ぴくりと彼の肩が揺れた。
やはり見捨てられたわけではないと確信するも、何度名前を叫んでも真田の瞳が幸村を映すことはなかった。
「真田…」
そんな幸村の溢れる涙を拭ったのは、
「俺が憎いかよ」
跡部に優しく問われて、首を振った。
「自分が憎い…どうしても選べなかったんだ」
幸村は二股をかけていた。
それが真田と跡部の知れるところになって、二人は示し合わせて幸村を罠にかけた。
二股をかけられたとはいえ、はっきりしているのは、二人共幸村を嫌いになったわけではないという事。
願わくば、幸村との関係を続けられればそれでよかった。
「俺は…どうしたらいい…?」
力なくベッドの上にぺたりと座り込んで、両手で顔を覆った。
「俺の答えは決まっているが、あの堅物はどうだかな」
跡部が窓際に目をやると、真田は目を閉じてじっと考え込んでいる。きっと己の正義と葛藤しているのだろう。
「幸村が選べないと言ってんだ。苦しみから解放してやるのが務めじゃねぇのかよ」
決心を定めきれない真田を非難する。
正道だけでは幸村を幸せにできないと伝えたかった。それだけに、真田がここで邪道に背を向けてしまえば、跡部も幸村を手放すかたちになりかねない。
傍らですすり泣く幸村をいち早くこの手で慰めてやりたいのに、真田の潔癖が邪魔をする。
跡部は舌打ちをして、真田の横顔を睨んだ。
ーーー決めたからには逃げんじゃねぇぞ。逃げれば傷付くのは…
「わかっている。男に二言は無い」
幸村の二股が発覚したその日、衝撃を受けた二人は衝突した。この時ばかりは跡部も冷静ではいられなくて、すぐに殴り合いの喧嘩になった。
やがて喧嘩をしても幸村は手に入らないと悟ると、それは真田も同じらしく互いに拳を納めた。
二人の記憶の中には、会えばいつも朗らかな春の日ざしのように明るい笑顔を向ける幸村がいた。
そんな幸村が男を弄ぶようには到底思えなかった。
「俺にはわかる。幸村は純粋な愛情を分け隔てなく与えてくれている」
切れた唇の端を手の甲で拭って真田が言った。
跡部も乱れた髪をかき上げて、負けじと言って返す。
ーーー当たり前だろ。少しでも不純が混じっていれば俺様の目を欺けるわけはねぇ
真田は幼馴染としての長年の感性から幸村を信じ、跡部は特異な眼力で幸村を見透かした。
ーーーここはひとつ、機会を設けようじゃねぇの
幸村をそそのかすような提案に、真田は始め反対した。
ーーーこっちは場所を提供するだけだ。後は幸村が状況を利用してくれればそれでいい。俺たちはそれを受け入れるだけだ。そうだろう、真田よ
真田には跡部の自信が半信半疑だった。
万一幸村がどちらか一方を選んだとしたら…
真田の心に発狂という恐怖の兆したのはこの時である。