赤心を捧ぐ
久しぶりにすっきりした目覚めに気持ちよく四肢を伸ばした幸村は、そこに人の頭があるのに気付いてぎょっとした。
(危なかった…)
げんこつをお見舞いするところだった。
案外柔らかい黒髪にそっと触れてから、スプリングのよく効いたベッドからゆっくりと起きて腰掛ける。
足下は肌触りの良い毛足の長い絨毯で、素足で撫でると気持ち良くて、しばらくそうして静かに楽しんだ。
裸の体が冷えてきたが、シャワーに行くのは億劫で、まだだらだらと過ごしていたい気分だ。
ひとりで起きているのもつまらなくて、傍らに眠る真田を見れば、羽毛布団にくるまったまま寝息を立てている。
(もう少し寝かせてやろうか)
普段は風紀を乱すのを許さない真田の、思い切った行動を振り返ってみた。
中学卒業間近のこの日、幸村の誕生日を待ってから、二人は大人の階段を上る決意をした。
15才。本心はただ待ち切れなかっただけで、高校生になったも同然なのだからと都合良く言い訳して、計画よりもひと足早く行動に移してしまった。
ーーーなあ、大丈夫かな
はじめ乗り気だった幸村が、いざとなると怖気づいて隣の真田にちらと目配せした。
「ここまで来て何を言うのだ。いいからこれを被っておけ」
真田愛用の黒帽子を目深に被せられて、大人しく頷いた。こんな時でも、目標達成に向けて突き進む心意気にはいつも感心させられる。
こうして、真田の気概と老け顔のおかげかわからないが、大人のホテル潜入に成功したのだった。
「やったな幸村!」
得意な真田の顔ときたら。
嬉しいやら可笑しいやらで、ぷっと吹き出してしまったのを覚えている……
寝顔になれば若返る真田に譲歩して、側のテーブルの上のスマートフォンを手に取ると、途端に甘い表情になってしまう。最近変えたばかりの待ち受け画面が今の幸村の癒やしのツボだった。
(ん…かわいいゲンイチロー)
肌寒かった体がだんだん熱っぽくなってきたと感じ始めた矢先、背後から腕を回されて慌てた。
「…!起きてたのか…」
「あんなにした後だというのにお前は何をしているのだ」
言われて始めて、自分のものに手をかけているのに気が付いた。無意識とはいえ、有り得ない事態に幸村は羞恥心を抱いた。
「一体何がお前をそんな風にさせているのだ」
少し怒った様子の真田に、あっさりスマートフォンを奪われてしまう。最悪の展開に逃げ出したくても、がっしりと真田の腕が腹部を捕らえて離さない。
「ほう…幸村にこんな趣味があったとはな」
「返せよ」
「しかし複雑だな。妬いていいものかどうか」
真田は、あどけない自分が写る画面をしげしげと見つめた。
「いいだろ、可愛いんだから」
スマートフォンを奪い返した幸村がツンとして立ち上がろうとするのを、真田は許さない。
「どこへ行く?」
「トイレ…」
「やはり妬けるぞ」
「小さい自分相手に何言って…」
「信じられないのは幸村の方ではないか。今はこの俺が相手だ。そんなに出したければ俺でやらんか!」
真田の言うのもごもっともで、ベッドに引き戻された幸村は、満更でもなく誘いに乗った。