愛しい花

いつもの土手の、高架下。
夕暮れですっかり影になったその下で、コンクリートの壁を背にして何をするともなく待つ。
足元には何処にでも咲いているような、雑草みたいな小さな花がちらほらあった。

「真田!」

頭上を行き交う車の音と、風で擦れる草葉の音に混じって少し遠くで聞こえる声。近付く足音に向かって、

「遅い」

相手の顔も見ずに言うのは、これから自分で興すであろう先の行動を考えての判断だった。
視線を合わせてしまったら、長い間大切にしてきたものを壊してしまうかもしれなかった。

「悪かったよ、新種が出たから委員会の皆で盛り上がっちゃって」

少しだけ申し訳なさそうに答える幸村の手には、淡い青の丸みのある花が小さなブーケの束の中から顔を覗かせていた。

「……」

真田は、足元の雑草みたいな花を黙って見ているままである。

「怒ってるのか?」

ふわっと香る甘いそれは、花のそれかそれとも…

「……」

いきなり顔を覗き込まれたからたまらない。ふわりと広がる柔らかそうな髪が、真田の視界に入る。
帽子を目深に被り直してやり過ごす。
真田に対してこんな振る舞いをする人間なんて他に誰がいるだろうか。

「ふふ、怒ってるわけじゃなさそうだ。いつものお前らしくないけど、何かあったのか?」

苦笑する幸村に、

「…お前はそういう花の方が好きか」

何か答えなければと出た言葉。

「え?」

幸村が手元の花と、真田の視線の先の花を見比べた。

「そうだな…どちらが好きとはいえないな」

幸村曰く手元の花は"かわいい"で、足元の花は"美しい"らしい。
真田にはどちらかといえば、足元の花の方が小さくて可愛らしく思えた。
そして、その場に屈んだ幸村の後ろ姿がいつになく頼りなく見えたのは何故か。

(何かあったのはお前の方ではないのか)

言おうとして、やめた。
代わりに、気付けばその背を抱きしめていた。
肩に掛けていたラケットバックが草の上にトサリと落ちて、

「何だよ、真田…」

「……」

幸村の右肩に顔を埋めたまま、どうしても動けなかった。

「何かあったなら、言わなければわからん…」

抱きしめる力を強めて言う。

「…何だよそれ。俺がお前に聞いたんだけど」

「俺のはどうにもならん」

もしかすると、幸村次第でどうにかなるかも知れなかったが、言えなかった。

「困ったやつ…」

幸村がぽつんと呟いた。
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