このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

【第1章】

店の女将は私に食事と名前を与えただけでなく、そのまま店の給餌として住み込みで雇うと話した。
うますぎる話に多少の警戒を覚えた頃もあったが、雇う時に「昼は猫の手も借りたいほど忙しいのさ」と漏らした彼女の言葉通り店に立つと慌ただしいほどの忙しさで日中が過ぎ、私は日中に掃除や料理の知識を、夜に家事の知識を覚える毎日に追われる日々を過ごす事になった。
忙しい毎日は嬉しい事ばかりではなかったが、日毎増える新たな知識や誰に取られるでもない温かな食事、地べたに転がっている時とは比べ物にならない寝床の柔らかさは今まで感じたことも無いほどの幸福を私に与えてくれた。


そうして毎日があっという間に過ぎ、気付けば私はこの国の成人の年齢を超えるほどの年齢になっていた。
路地裏にいた頃と比べれば、身長も伸び身体も幾分か女性らしくなったように思う。
成人を迎えた頃には彼女が私に化粧を教えてもくれ、そのせいか常連のおじさん達からは店の看板娘としてチヤホヤされる事も増えた。

ただ、友達と呼べる存在はいなかった。
路地裏で子供時代の半分以上を過ごし毎日店に立つ様な私は、男の子の話や毎日の遊びやお茶会の話ばかりする同世代の女性とは感覚が合わなかった。
そのために休日の日には街で流行りの小説を読むことに没頭した。時にアクション、時にファンタジー、時に恋愛小説など様々な世界を擬似的に体験出来る物語の世界は何処までも楽しいと思えた。
そんな私を彼女は時折心配していたようだったが、特段何かを無理強いをさせたりはしなかった。最初に会った時と同じように私をただ見守ってくれた。
それが私には何より有り難かった。
だからこそ彼女の姿を通して私の考え方は少しずつ形を変えた。


もうお金持ちになれなくても構わない。
綺麗な宝石も洋服も必要ない。
人から嫌われても憎まれても構わない。
彼女のように、自分にとって特別な誰かを大切にして生きられたらそれで良いのだ。


そんな風に考えられるようになった私は、
昔より少しだけ誇らしかった。
5/5ページ
スキ