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プロローグ


この世界は現実では無く虚の一角に過ぎず全ては現実には存在しないものだと言われても、この世界の仕組みを事細かに説明されても、俺はそうかとしか思わなかった。
ないものねだりをしても泣き喚いても何か世界が変わるわけではない。そんな子供のような事をしたところで時間の無駄。
まだ子供と呼ばれるほどの年齢にも関わらず、何故か俺の思考は他とは異なっていた。
「御灯くんは偉いね。私の理想だよ…。」
「御灯くんは凄いね。ずっとそのままでいてね…。」
「御灯くんはもっと頑張れるよね…?」
自分よりも少し大人びて見える姉のような彼女は、俺が何かを覚えて何かを出来るようになると何故か虚な瞳でいつも俺を褒めた。まるで俺を褒めていないと辛いと言うように義務的に、そして何かに縋るように俺に希望を乗せた口調で。
俺はその度に彼女の事を哀れだと思っていた。何かの呪いに掛けられたような彼女は常に何かに囚われていて、俺を見ているはずの彼女の瞳は俺を映してはいない。それが酷く哀れで、それと同時にいつも何処となく悔しいような気がしていた。
だから、彼女の形だけの期待に応えたくていくつも努力した。
文字の読み書き、勉強、外のルール、家庭で大切なこと。幾つもの学びを覚えて習得していく度に彼女は喜んでくれた。俺のことを褒めてくれた。
何をどれだけ重ねても、そこに愛と呼べるものなんか一つも無かっただろうけれど。

「何で分かってくれないの?!御灯って名前の意味は教えたよね?!!私のこと嫌いだからわざとそんな事してるの?!そうなんでしょう?!」
普段は俺を褒めちぎる彼女は気に食わないことがあると不意に豹変した。ヒステリックに俺を叱りつけては手近にあるものを床や壁に投げ付け、至近距離で俺の存在を否定する。
「御灯くんなんか要らない!御灯くんなんて悪い子、生まれてこなければ良かったのに!もっと良い子になるはずだったのに!!」
その度に俺の存在は彼女の中で他人では無く『彼女に都合が良いもの』なのだと実感した。その事実は酷く滑稽でしかなく彼女は日を追うごとに俺を叱る時間を増やしていったが、俺は何故か毎日毎時間一緒にいた彼女を捨て置く気にはならなかった。

「…ねぇ、お願い…今の御灯くんじゃダメなの…私が望んだままの御灯くんになってよ…」
叱りつけることに飽きたのか疲れたのか、先程までヒステリックに叫んでいたはずの彼女はある日力無くその場でうずくまって泣き出した。ここのところの彼女は何故か病人のように痩せ細っていて、今にも折れてしまいそうな雰囲気すらある。遠い昔に彼女から聞いた話が事実なら彼女もある日突然、前触れなく死んでしまうのかもしれないと何処かで思っていたせいか、その言葉は自分の自覚よりもあっさりと口から飛び出した。
「…分かった、頑張るよ。頑張るから。ごめん。」
泣き出した彼女を宥めることも慰めることも出来ずに見下ろしていた俺に出来ることは彼女の夢を叶える努力をすることだけ。
どうせこの世界は現実じゃない。なら俺の存在にも大した意味なんか無いに違いない。彼女が求める俺があるなら、俺がそうなっても何の問題もないんだろう。

そうして俺は彼女が常々口にしていた理想を形にして、彼女の求める『御灯』をこの世に作り出した。
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