それはまるで太陽のようで。
会社帰りに何処かで酒を煽ろうと夜の街を歩いていると、不意に電信柱に凭れ掛かり俯く若そうな男を見かけた。こんな早い時間から酔っ払いかと眉を顰めかけて、ちらりと見えた見覚えのある顔に驚いたように目が見開く。
「…唯我…?」
声を掛けると真っ青な顔の唯我はバツが悪そうに苦く微笑んだ。駆け足で近付きよく見れば、その額には脂汗が滲んでいる。
慌てて救急車を呼ぼうとスマホを取り出すと、それに慌てた様子で力が入っていない圧力のない唯我の手のひらがその画面を覆った。
「何を…!」
「…大丈夫、だから…ただの発作…、…今、薬も飲んだから…」
思わず荒げかけた灯の声も唯我の途切れ途切れで今にも消えてしまいそうな唯我の声が聞こえてくると続きを飲み込まざるを得ない。肩で呼吸するせいか聞きづらいその声を雑音に溢れる町の中で聞き取るのに苦労しながらも推測と精一杯の集中力でカバーする。
「発作…?」
理解が追いつかない。手術は成功して、病院は退院できたはずだ。しかし、その唯我は今今にも倒れそうな顔色で此処に立っている。
困惑する灯が復唱するように漏らした言葉を否定も肯定もせず、唯我は相変わらず苦く微笑んでいた。
自分の言動を彷彿とさせるその行動に嫌な予感が一層深まるのを感じる。緊張のせいか喉が張り付くように渇いて上手く発声できるかすら分からない不安にかられた。それでも、聞かなければならない。
「…まさかお前……治ってないのか…?」
「……………ごめん、灯。」
かろうじて震えるだけで済んだ声には否定の言葉も肯定の言葉も返ってはこなかった。それでも、灯にとっては代わりに返ってきた謝罪の言葉が全ての答えだという確信があった。
唯我は、手術をしていなかったのだ。
薬が効いたのかしばらくして落ち着いてきた唯我を連れて自分の家に帰ると、唯我は勝手知ったる様子で我に先にとソファの上に腰を下ろした。
「あのね、本当にする予定だったんだけど、出来なかったんだって。開いてみたら結構ヤバくて、そのまま閉められちゃったらしいよ。」
笑えるよね、と付け足すように言葉を紡いで唯我は貼り付けたように微笑んだ。つまりは良くなったから病院を離れたわけじゃなく、手が付けられないからと手離されたということらしい。
何故言わなかったんだとか他の病院を探したらよかったんじゃないかとか様々な言葉が頭に浮かびはしたものの、今更怒ることは出来なかった。唯我は唯我なりに既に十分苦しんだことを灯はよく知っていた。だからこそ、他人がとやかく言っていい範疇はとうに超えている。
「奈美は、知ってるのか。」
唯我の隣に腰掛けながら灯は冷蔵庫から取り出した2本のミネラルウォーターのペットボトルのうち1本を唯我に差し出す。問いかけを受けた唯我は受け取ったペットボトルの蓋を開けひと口飲み下してから申し訳無さそうに口を開いた。
「…ううん、知らない。言えないよ、やっと付き合って貰ったのに本当は欠陥品だなんて。」
欠陥品。これは唯我が昔からよく口にする自虐の言葉だ。でも唯我はきっとその言葉の意味を正しく知らない。そして、それは本当は俺のような人間を指す言葉だということも。
だからこそ唯我の自虐は聞かないことにした。しかし、唯我のように灯はこのままの状態をただ受け入れるわけにはいかなかった。このままでは奈美はまた泣き暮れるような絶望を味わう事になってしまう。あの、資料の中のように。
「…俺が何か探してみる。だから、絶対に無理はするな。」
唯我を真っ直ぐ見つめ、説得するように言葉を紡ぎながら自らの胸の奥で燻る歪んだ自分が顔を出さないように感情の箱に鍵を掛け直す。唯我が居なければ、なんて愚かな事を願うような愚かな人間には死んでもなりたくない。
唯我はこちらの言葉を聞いても全く反応しなかった。その様子から既に出来ることは一通りやった後のようだと理解出来た。きっと、もうこの世界に唯我に対する対処法は無いのだろう。勿論それは『正攻法ならば』という意味だが。
唯我から病気の話と奈美との惚気話を一通り聞き終えると、灯は唯我を念のためタクシーに乗せて帰した。タクシーに乗せたのは万が一、帰り道で倒れられても困るからという配慮によるものだ。
1人になってから混乱しそうなほどの情報量を整理するため灯は再度自宅のリビングのソファに腰掛け背中を凭れさせ目を閉じる。
「明日からはまた忙しくなりそうだな…」
漏れ出した言葉の内容とは裏腹にその口調は満更でも無かった。正直、今は忙しさに忙殺されて余計な事を考えないでいたい気分だった。
それからは仕事の合間と寝る間を惜しんで様々なツテを辿る事に時間を割いた。病院や医者などの正規ルートはもちろん、人には言えないようなルートや都市伝説的な噂まで手を伸ばした。その甲斐あってか一縷の光になってくれそうな医師は見つけた。
しかし、腕を保証できる代わりに明らかに非合法な相手であり、その対価も底知れないものを求められたため到底即決は出来そうもなかった。
「…唯我…?」
声を掛けると真っ青な顔の唯我はバツが悪そうに苦く微笑んだ。駆け足で近付きよく見れば、その額には脂汗が滲んでいる。
慌てて救急車を呼ぼうとスマホを取り出すと、それに慌てた様子で力が入っていない圧力のない唯我の手のひらがその画面を覆った。
「何を…!」
「…大丈夫、だから…ただの発作…、…今、薬も飲んだから…」
思わず荒げかけた灯の声も唯我の途切れ途切れで今にも消えてしまいそうな唯我の声が聞こえてくると続きを飲み込まざるを得ない。肩で呼吸するせいか聞きづらいその声を雑音に溢れる町の中で聞き取るのに苦労しながらも推測と精一杯の集中力でカバーする。
「発作…?」
理解が追いつかない。手術は成功して、病院は退院できたはずだ。しかし、その唯我は今今にも倒れそうな顔色で此処に立っている。
困惑する灯が復唱するように漏らした言葉を否定も肯定もせず、唯我は相変わらず苦く微笑んでいた。
自分の言動を彷彿とさせるその行動に嫌な予感が一層深まるのを感じる。緊張のせいか喉が張り付くように渇いて上手く発声できるかすら分からない不安にかられた。それでも、聞かなければならない。
「…まさかお前……治ってないのか…?」
「……………ごめん、灯。」
かろうじて震えるだけで済んだ声には否定の言葉も肯定の言葉も返ってはこなかった。それでも、灯にとっては代わりに返ってきた謝罪の言葉が全ての答えだという確信があった。
唯我は、手術をしていなかったのだ。
薬が効いたのかしばらくして落ち着いてきた唯我を連れて自分の家に帰ると、唯我は勝手知ったる様子で我に先にとソファの上に腰を下ろした。
「あのね、本当にする予定だったんだけど、出来なかったんだって。開いてみたら結構ヤバくて、そのまま閉められちゃったらしいよ。」
笑えるよね、と付け足すように言葉を紡いで唯我は貼り付けたように微笑んだ。つまりは良くなったから病院を離れたわけじゃなく、手が付けられないからと手離されたということらしい。
何故言わなかったんだとか他の病院を探したらよかったんじゃないかとか様々な言葉が頭に浮かびはしたものの、今更怒ることは出来なかった。唯我は唯我なりに既に十分苦しんだことを灯はよく知っていた。だからこそ、他人がとやかく言っていい範疇はとうに超えている。
「奈美は、知ってるのか。」
唯我の隣に腰掛けながら灯は冷蔵庫から取り出した2本のミネラルウォーターのペットボトルのうち1本を唯我に差し出す。問いかけを受けた唯我は受け取ったペットボトルの蓋を開けひと口飲み下してから申し訳無さそうに口を開いた。
「…ううん、知らない。言えないよ、やっと付き合って貰ったのに本当は欠陥品だなんて。」
欠陥品。これは唯我が昔からよく口にする自虐の言葉だ。でも唯我はきっとその言葉の意味を正しく知らない。そして、それは本当は俺のような人間を指す言葉だということも。
だからこそ唯我の自虐は聞かないことにした。しかし、唯我のように灯はこのままの状態をただ受け入れるわけにはいかなかった。このままでは奈美はまた泣き暮れるような絶望を味わう事になってしまう。あの、資料の中のように。
「…俺が何か探してみる。だから、絶対に無理はするな。」
唯我を真っ直ぐ見つめ、説得するように言葉を紡ぎながら自らの胸の奥で燻る歪んだ自分が顔を出さないように感情の箱に鍵を掛け直す。唯我が居なければ、なんて愚かな事を願うような愚かな人間には死んでもなりたくない。
唯我はこちらの言葉を聞いても全く反応しなかった。その様子から既に出来ることは一通りやった後のようだと理解出来た。きっと、もうこの世界に唯我に対する対処法は無いのだろう。勿論それは『正攻法ならば』という意味だが。
唯我から病気の話と奈美との惚気話を一通り聞き終えると、灯は唯我を念のためタクシーに乗せて帰した。タクシーに乗せたのは万が一、帰り道で倒れられても困るからという配慮によるものだ。
1人になってから混乱しそうなほどの情報量を整理するため灯は再度自宅のリビングのソファに腰掛け背中を凭れさせ目を閉じる。
「明日からはまた忙しくなりそうだな…」
漏れ出した言葉の内容とは裏腹にその口調は満更でも無かった。正直、今は忙しさに忙殺されて余計な事を考えないでいたい気分だった。
それからは仕事の合間と寝る間を惜しんで様々なツテを辿る事に時間を割いた。病院や医者などの正規ルートはもちろん、人には言えないようなルートや都市伝説的な噂まで手を伸ばした。その甲斐あってか一縷の光になってくれそうな医師は見つけた。
しかし、腕を保証できる代わりに明らかに非合法な相手であり、その対価も底知れないものを求められたため到底即決は出来そうもなかった。