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それはまるで太陽のようで。


「…灯様、最近休まれてますか?」
仕事の山を片付けている最中、同じ部屋で作業を手伝っている灰色に青のインナーカラーを入れた背中程度の髪を綺麗に纏めスーツを纏った女性秘書ーー白兎留衣ーーに声をかけられた。
本心を悟られないよう自らの身体の変化に気を付けながら何食わぬ顔で書類に目を通し、「勿論だ」とだけ端的に答える。
本当は、唯我と会った日からあまり寝ていない。というのも、唯我が手術を終えるまでに唯我が執着している相手を突き止め代わりに精査してやらなければならなかった。
もちろん頼まれてなどいないが唯我が見境なく執着し続ける性質を知っている以上、下手な相手に執着した日にはせっかく繋げた人生も呆気なく終わってしまうかもしれない。
もう同じ戦場に唯我は立っていないが、それでもこんな歳でかつての戦友を、もう一度普通に暮らせるようになるかもしれない友を、思い出にしたくはなかった。

興信所に依頼すれば身元は案外直ぐに分かった。問題なのはその後だ。金を払う依頼者の立場でありながら嫌がられるほど事細かな調査をお願いしたせいで結果報告書は膨大な量になり、結果的に寝る間を惜しんでその報告書を読み込む日々に明け暮れざるを得なくなっていた。膨大な仕事を片付け、帰ってからは報告書の中の人物粗探し。
粗探しのためにと何日も何日も彼女の人生や生活に触れる日々が続き、何度も読み返したせいで報告書の紙は当初に比べて酷くへたれ汚れていき、溜まり続けた疲労のせいか気付けば、いつしか彼女の人生の起伏の激しさに自らの感情を呼び起こされるようになっていた。
初めて好きになった男との幸せな毎日は僅かな幸せの最中で呆気なく事故で終わり、次に好きになった男は愛を強請る子供のように感情のままに彼女を傷付けてあっさりと彼女を捨てた。その愛の最中、彼女は幸福と絶望を何度となく波のように味わい、その度に何度も、枯れるほどに泣いたという。

幸せを手に入れるというのは素晴らしいことだ。しかし、多くの人間は知らない。それを失うことの恐ろしさを。手の中にあるものは必ずしも永遠ではなく、ある日を境にふっと雪のように溶けて消えてしまうということを。
しかし彼女は幸せが有限で、自分がいかに無力かを知っていたはずだ。それでも次の幸せに向かって歩いていける報告書の中の彼女を本気で尊敬した。
1度覚えた絶望感から自分の幸福を望まなくなった灯にとって、彼女の人生はとてつもなく恐ろしく、それと同時に酷く、眩しいものだった。

「…彼女なら、」
唯我を、俺の親友を死なせたりはしないだろう。唯我が神に愛された身体を持ち合わせていなくても、多少歪んだ愛を持っていても、一度愛しさえすれば、きっと一生愛して側に居てくれるに違いない。
ボロボロになった報告書を握りしめながら良かったという言葉を噛み締める。
俺とは違う道を選べるあいつは、唯我が幸せになるべきだ。そして、出来る事なら今度こそ、報告書の中の彼女にも幸せになって欲しい。
報告書を近くの机の上に置き目を伏せて椅子に身体を沈み込ませるように暗闇の世界に浸ると部屋はエアコンが効いて適温なはずなのに何故かどことなく寒さを感じた。
この寒さには覚えがある。子供の頃からずっと、時折感じたことのあるものだ。
「…大丈夫。俺は一生、このままでいい…。」
決意を呟くように漏らした言葉は1人きりの暗い部屋に染み込むように消えた。
誰も答える者はなく、否定も肯定もない世界は、まるで自分だけが別の世界に1人で暮らしているような錯覚すら覚えて、少しだけ笑えた。
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