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それはまるで太陽のようで。

長期間意識がなかったせいか、リハビリを終え病院を退院した頃にはなかなかの年月が経っていた。
とはいえ今は棗となった唯我も今は灯の会社で働いており、不法侵入や拉致監禁、非合法な医療行為についても棗と灯が結託している以上は罪に問われることはないという事で灯は未だ辞表を受理されておらず、社長である事に変わりもなかった。
また、灯は度々棗を奈美の補佐役や手伝いを口実に会いに行かせたが、こちらも何かが変わる節は全く見られなかった。
そして、何事もないまま、それから幾度めかの春が訪れた。
棗は奈美に会いに行くと幸せな気持ちになるという割には自ら会いに行こうとはしなかった。その姿がまるで自分を見ているようで腹立たしかった。
唯我ならこんな時、周りなど気にせず会いに行くのに。奈美を不安にさせる間も無く愛し続けられるのに。唯我が早く来ないとまた彼女を止められないほどに愛してしまうかもしれないという恐怖がその苛立ちを深める。
気付けば灯は唯我の皮を被った棗を心底嫌いになっていた。

「御灯は『私に見せたい綺麗で完璧な自分』しか見せてくれないよね。」
職場に戻ってしばらく経ち、煉や留衣に誘われる形で再びプライベートでも奈美との接点を持ち始めた頃、少し寂しげな表情で奈美が溢すように言った。
その真意を知らなくても、灯が一線を引いて関わっている事を彼女は何処となく察していたようだった。

見せたくない。君に近づくたびに不安に押し潰されてしまいそうな弱い姿を。また多くを望んでしまうかもしれない愚かな自分も。
知りたくない。君と近づくたびに思い知る恐怖を。唯我がいない事を喜んでしまいそうな自分の非道さも。
考えたくない。唯我が戻って来た時に君を無くす未来を。君をまた奪われる事がどれだけ辛く苦しいかも。
自分を塗り固めて接して来た。そうじゃないと俺の心が壊れてしまいそうだから。
現実もこの世界も、俺には一層冷たくて、非情だから。
そんな風に本当のことを全て何もかもぶちまけたら彼女は何というのだろう。
純粋で優しい萊のような彼女は、もしかしたら俺を酷く哀れんで愛してくれるのかもしれない。そうすれば、もし唯我が戻って来ても、俺の手を離さないかもしれない。
心からそう思ったけれど言わないことにした。もしそうしたら俺は今後一生、彼女からの愛を憐れみとして受け取ることになる。
それは、きっと、この恋を苦痛にしてしまう選択だ。一生報われない恋よりも、憐れみで報われる恋の方がきっと、ずっと恐ろしい。
「……そう?じゃあいつか、気が向いたらね。」
適当に誤魔化して愛想よく笑った。
俺が言ういつかなんか来るはずもないけれど、夢を見るだけなら良いだろう。儚くて下らない夢でも、俺の心の糧にはなる。
灯は胸の中で1人呟く。隣では何故か残念そうに奈美が苦笑いしていた。


「…奈美…?…会いたかった…!」
ある日の朝、棗が出社してくるなり奈美に駆け寄り勢い良くその身体を抱き締めたのを出社の途中に見かけて灯は駆け足でその仲裁に入った。
「…灯、何してるの?…離して…?」
2人の身体を離そうと2人の間に腕を差し込み引き剥がす途中で圧迫感を含んだ聞き覚えのある声が聞こえる。
棗なら呼ばない呼び方で名前が呼ばれた事で思わず振りかぶるように目を見開き棗を見つめた。
「…唯我…?」
灯の戸惑いが声になって飛び出す。
それは酷く唐突に、何の前触れもなく2人の前に現れた。
奈美から引き離した、あの頃のままで。

奈美を仕事に返し、煉や留衣を呼び付けて仕事そっちのけで詳しく話を聞くと、何をきっかけにしたのかはサッパリ分からないが、案の定やはり棗は唯我に戻っていた。
棗であった頃の記憶は残ってはいるようだが何処か不明瞭で他人事のような物言いは棗が唯我の記憶を話す時のそれに良く似ていた。
予想外だったのは奈美の反応だ。
すぐに仕事に向かわせたので気付かなかったが、留衣が様子を見に行くと「唯我が怖い」と漏らしたと言う。唯我と別れて数年が経っているために奈美にとっては唯我は思い出の一つであるにも関わらず、唯我はさっき起きたばかりで付き合っている当時の気持ちのままだ。ストーカーにいわれなく愛される女性が恐怖を覚えるように、奈美も自分と唯我の好意が釣り合わない事に恐怖を覚えるようになっているらしかった。
「ねぇ、奈美はどうして会いに来てくれないの?俺は手術も終わったのに…」
恋人にある日突然捨てられたような気持ちなのか寂しげに唯我が呟く。どう返答すべきか悩む灯を押し退けて、煉が代わりに今までの事を何度も説明して聞かせてくれた。
俺と付き合っていたことを伏せて一通りの事を理解するまで説明し終えると、納得はしてなさそうな唯我は仕方なさそうに眉を下げる。
「じゃあ俺、別れてるんだ…生きてるのに。」
悔しげに溢した言葉は本心だろう。それを聞き取って「恨み言があるなら聞くぞ」と至極自分が受け取って当たり前のように灯が言うと、そんなもの言っても奈美は帰ってこないからいいとだけ返事が返って来た。
奈美が怖がっている事を伝えたからか、積極性は多少削られているものの、目の前にいるのが紛れも無い唯我本人である事を言動の全てから実感する。唯我は何一つ変わらず眩しいあの頃のままだ。早く、幸せになれる未来まで進めば良いのに。
そして、早く全てを諦めさせてくれ。と灯は目を伏せながら1人願った。
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