このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

それはまるで太陽のようで。

月島灯へ

君がこれを読んでいるということは、君は死にぞこなったということだ。
まずは、みっともない生き恥を晒しながら尚も生きる事になった事をせいぜい噛み締めるといい。

しかし、生き残ってしまった君は一体どのような状態なのだろうか。
身体が不自由になったのか、それとも変わらず5体満足なのか。何かしらの記憶がなくなってしまったのか、それとも全ての記憶が残っているのか。
それらは今の俺には理解出来るはずもないが、最悪の場合の事を考えて君宛の手紙を置いておく事にした。

この先に書かれた事を、しっかりと覚えておくと良い。
まず手始めにーーーー




気付くと、そこは病室のベッドの上だった。
平日の昼間だからか、ここが特別な部屋だからか、空気は穏やかで辺りはやたらと静かだった。喧騒のない世界で目覚めたせいで、一瞬天国にいるのかもしれないと思ったほどだ。
「…ぁ…、」
目覚めるまでにどれだけ時間が掛かったのか声は掠れて出にくく、すぐに上手く発声出来そうもない。
ふと、視線を見覚えのある窓の方に向けると枕の横に分厚い茶封筒が置かれているのが視界に入った。
背中や腰への痛みを覚えながらどうにか身体を起こしベッドヘッドに背を凭れるようにして腰掛け、封筒の中に手を入れると大量の紙の束が中から姿を現した。
好奇心からか暇潰しからか、紙に書き込まれた大人びた文字をなぞるように追い掛けて中身に目を通す。それは手紙というには膨大で、小説というには稚拙な、文字の山だった。
一通り読み終え、膨大なその紙の束を封筒に戻してから灯は自分の現状を憂うように目を細めた。
生き延びてしまった。死ねると思ったのに。今度こそ、もう終わりに出来ると思ったのに。
人生は思い通りにならず、世界は相変わらず不平等だ。冷たいほどに。

目を覚ました事を病院から聞いて病室に最初に駆け込んできたのは煉だった。目を覚ました灯と簡単な挨拶を交わし何かしらの確信を得ると煉は灯のベッドの脇辺りの床に膝を付いて子供のように泣き喚いた。
数分で落ち着いてからは灯の現状を把握しようと記憶の欠損がないかを確かめるために様々な話を共有する事に時間を費やした。そのうちに留衣が来て、やはり留衣も煉同様に泣き喚いた。
事情聴取のようなやりとりを済ませてから留衣と煉からも話を聞くと、灯が会社を出てからしばらく経ってから医師本人から会社の留衣宛に電話があったらしい。電話の内容はやりたい事は済んだから返すといった内容で、何をしたかは詳しく教えて貰えなかったが少し頭部を開いた程度だという事と近くのベンチの上に返したから後は好きにしろというようなものだったという。
その後すぐに灯を探しに行った留衣が救急車を呼んだのが昨日のことだそうだ。
正直、五体満足であっさり返されたのは不思議極まりないが勘繰っても答えが分からないものはいつまでも悩んだところで仕方ないのできっぱり諦め今の状況を素直に喜ぶ事にした。
「…そうだ、唯我は?」
掠れながらもどうにか捻り出した声で重要な事を問いかけると、2人は顔を見合わせ困ったように眉を下げた。
「まだ、棗さんのままです…」
留衣から案の定の答えが返ってきた事に心の底からのため息が漏れた。この様子では奈美との関わりもそんなにないのだろう。先が思いやられる。いっそ、俺が起きるまでの間にくっついていてくれたら良かったのに。
「…いや、これが…俺の受けるべき罰、なのか…。」
ぽつりと突拍子もなく灯が呟く。2人の前だというのに堪え切れず一筋の涙が溢れ頰を伝った。
彼女との幸せな思い出も、死ぬ機会すらも取り上げられて生かされた。
まるでそれは唯我がきちんと唯我たるまで彼女に引き合わせ続け、2人が幸せになれるまで側にいて命の限りそれを守るのが贖いだと言われたような気がした。
滲む視界の端で煉と留衣が違うだのなんだのと宣う喧しい声をぼんやりと聞きながら小さく微笑む。

大丈夫だよ。俺は、大丈夫だ。
ずっと、この罪と罰と生きていくから。
それだけのことだから。

消えてしまった記憶も、
いくら消えても残る胸の痛みも、
全部、2人の幸せに変えてみせる。
きっとそのために、俺は戻ってきた。

分かってる。
分かってる。
だから。
どうか、これ以上君を好きになりませんように。
俺が多くを望みませんように。
ーーー君が、幸せになれますように。

胸の奥で戒めるように言葉を紡ぎ、病院の窓の外を眺める。
窓の外から入ってきた風は少し寒くて、何処か懐かしい、昔の冬の、匂いがした。
13/17ページ
スキ