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それはまるで太陽のようで。

「…ばかじゃん。」
一通り全てのことを簡単にかいつまんで話し終えると、煉はさも興味なさげにそれだけ呟いた。今までの人生でこんな真っ正面から馬鹿などと宣わられた事はない。正直、不服感はあるが現状を理解しているせいで厭にもっともな気もしてしまい言葉を失いそうになった。
逆に先程の件について詳しく聞いてみると、煉は灯の奈美への恋心に薄々気付いていたという。きっかけは会社でたまに会う時の話題の中で奈美の話をすると嬉しそうだったとかそんな程度の灯にはあまり理解の出来ない程度のものだったが、恋愛脳の煉ゆえの思考なのだろうと無理矢理納得する事にした。
「…もう、どうしたら良いか分からない。」
呟くように言葉を漏らす。初めて人に溢す弱音を聞いて煉が珍しいものを見たかのように目を丸くしながらこちらを見つめてくるのが腹立たしいが、ぐっと堪えて答えを待つと煉は自分なりの選択肢を幾つか開示してくれた。そのどれもは到底採用できないものではあったものの、少しだけ胸が空くような気がした。

「でもさ、良かったじゃん。唯我は死ななかったし、いつか起きるかもしれないんだろ?」
楽観的な煉の言葉は鵜呑みに出来ないが、多少は灯の背中を押してくれた。『いつか起きるかもしれない』は『永遠に起きないかもしれない』と同義語でもあることを煉は理解していないのかもしれない。
灯は手術前に受け取った手紙を手に取り見つめた。これを、彼女に渡しておかなければならない。それが約束だから。
生きていることを伝えることもできるが、ぬか喜びさせて永遠を待つのはきっと想像も出来ないほどに苦しい未来だ。けれどもしも、いつか唯我が目を覚ましたならその時はサプライズとして彼女にそれを伝えよう。それなら負担にはならないだろう。自分に言い訳をするように、言い聞かせるように胸の中で呟く。
今の自分がやらなければいけない事は唯我に語りかける事ではなく、今も無事を祈り震えている奈美の側にいてやること。
それを煉が教えてくれた。出来損ないの弟だと思っていた男は、思っていたよりも誇らしい男だった事に小さく笑みを浮かべる。
「そういえばさぁ。さっき言ってた、唯我が起きたら支払う約束の対価って何なの。」
「……さぁ、何だったかな。」
核心を突いてくるような煉の言葉をさらりといつも通りの口調で流して立ち上がり顔を洗い、保冷剤で目を冷やす。
流すな、教えろと子供のようにムキになる煉を横目に、灯は大した事じゃないと楽しそうに笑った。
そう、本当に、大した事じゃないんだ。唯我に比べたら、どうでもいいような、そんな事だ。他人が心配するような事じゃない。
「…ほら、帰って。奈美に会いに行くから。」
煉を家から追い出し、手紙を片手に自らも家を出る。
久しぶりの彼女はどんな様子だろう。出来れば、資料の中のように泣いていないといいのだけど。



手紙を渡して帰るつもりだったにも関わらず、手紙を渡すと奈美は怖くて1人で開けられないから側にいてほしいと言った。
仕方なく人目につかないようにと留衣に電話をして会議室を貸してくれと頼むと、留衣は辞表など受け取っていないと言い張り会社の部屋くらい社長の好きに使えばいいとそれを受け入れた。申し訳ない気持ちと少しだけ温かい気持ちを抱えてその好意に甘える形で会議室に奈美と2人きりになり、何も言葉を発さず泣きながら手紙を読む彼女の隣に座り続け、手紙を読み終えてからは彼女の話を時間が許すまで聞いた。
唯我はこの手紙で最後の最後まで彼女の心を自分に縛りつけようとしたのだろうか。それとも、彼女の心を解放しようとしたのだろうか。手紙を読んでいない自分に内容は分からないが、どちらにしてもこんなに愛されていることを羨ましいと思った。

奈美に手紙を渡しに行ってからは朝夕に唯我の様子を、空いた時間で奈美の様子を見に行くようになった。唯我は相変わらずうんともすんとも言わず眠り続けており、奈美はしばらくの間ずっと唯我の話をしてその時々に泣いていた。
灯にとって、彼女の隣に居られることは史上の幸福であると同時に地獄でもあった。距離を取っていられないゆえに奈美への想いが自らの意思と裏腹に育まれていくのを拒めず、それゆえに彼女の隣にい続けることは最大の幸福で、それゆえにこの想いをひた隠すのはこの上なく苦痛だった。

「…御灯は優しいね。御灯が、恋人なら良かったのに。」
何気なく呟かれた奈美の言葉に胸が締め付けられる。その言葉に他意はない。分かっている。側にいて優しくしてくれる相手がたまたま俺だっただけだ。その優しさが傷に染みて勘違いしているだけだ。
それでも、今すぐ手を伸ばしたら届くような気がした。
欲しがってはいけないもの。罪深い俺が手に入れるわけにはいかないもの。

俺が、
ずっと欲しくて欲しくて、
泣くほどに、狂おしいほどに愛しくて、諦めたもの。
ーーー本当は。
諦めた、ふりをしているもの。

地震でも起きたみたいに脳が揺れる。
胸の奥に押し込めた箱がぎぃぎぃと開く軋むような音がする。だめだ、だめだ。だめだ。分かってる。分かってる。分かってる。
分かってる、のに。
気付けば彼女の身体を抱き締めていた。戸惑う彼女の声が自分の名前を呼ぶ。
「…俺が君を、好きだって言ったらどうする…?」
これは冒涜だ。裏切りだ。俺はまた罪を重ねている。分かってる。でも。
初めて触れた彼女の柔らかな身体から伝わる熱を、もう離せそうもなかった。

愛していた。
途方もなく、愛していた。
太陽が居ないから、この夜だけは俺のものであって欲しいと、傲慢にも、願った。
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