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それはまるで太陽のようで。

発作が起きる、処置する。暴れる、鎮静剤を打つ。暴れる、鎮静剤を打つ。発作が起きる、処置する。
そんな地獄のようなループをしばらく繰り返して数日、唯我は何かを悟ったようにぴたりと暴れなくなった。
「…もう、分かった。手術、する。」
デスクに入った辞表を受け取るように留衣に電話を入れ仕事にも行かなくてよくなった月曜の朝、灯が滅菌室の中に入ると唯我は諦めたような口調でぽつりと呟いた。
「しないと、ずっとこのままなんでしょ。」
奈美に会えないんでしょ、という意味でしかない問いかけに端的に同意する返答を漏らすと、固定されたままベッドに横たわった唯我は堰を切ったようにわんわんと激しく泣いた。
きっと、それは唯我にとって今までの何よりも恐ろしい未来だ。そして、その未来しか選ばせないように、俺が仕組んだ。
灯は泣きじゃくる唯我を前に目を伏せる。それは懺悔であり、後悔であり、希望による行為だった。

「もう逃げないから、これ外して紙とペン貸して。手紙書きたい。」
一通り泣いた頃に唯我が鼻を啜りながら最後の願いを口にした。灯はそれを了承し、唯我の拘束を外し近くのコンビニで買った適当な便箋とボールペンを手渡してから滅菌室を出る。暴れたり自害したりするリスクを考えればやめた方が良いと医療従事者に止められたが、今の唯我はもうそんな事をするようには見えなかった。
責任は俺が取ると言い放ち彼らを納得させてから外出する。医療従事者は控えてはいるが知り合いは近くにいない方が良いだろうという心ばかりの配慮だった。
小1時間ほど外出し戻ってくると、唯我は既に手紙を書き終えていた。
「これ、もしもの時は渡してね。」
未だ赤い泣き腫らしたばかりの目で唯我が灯に封のされた手紙を差し出す。宛名は聞かなくても分かっていた。書きながらまた泣いたのだろうと思うと酷く胸が痛んだが、表情には出さずにそれを受け取る。
「…あぁ、約束だ。」
そんな約束、果たしたくもない。だから絶対に生きて帰ってこいと言葉に思いを込めた。

唯我の手術が行われたのは、この翌日のことだった。



「手術は成功した。ただ、何故か意識レベルが回復しない。これじゃ約束の報酬は貰えないな。」
医師から告げられた言葉に世界が真っ白になったような錯覚を覚えた。
医師の言葉通り、手術が終わっても唯我は一向に起きて来なかった。医師が言うには手術中に生死を彷徨った事が問題なのではないかとの事だったが、手術の結果も、原因も、どうでも良かった。唯我が生きていても目を覚まさないなら、意味なんかないのと同じだった。
何度も唯我の病室まで赴き声をかける日々を繰り返しながらその合間に奈美に何と言えば良いかを考える。自分の行いが間違いだったのではないかという恐怖心と僅かばかり胸の内でこの状況を喜ぶ自分がいることに対する自己嫌悪のせいで脳内はまともに思考しておらず、考えは一向にまとまらない。
「兄貴、ちょっといい?」
いっそのこと、奈美に俺が殺したのだと言えば奈美に責めて貰えるのだろうかとまで考えるようになった頃、滅菌室の外で唯我を眺めている時に聞き覚えのある声がして振り返ると、そこにいるはずのない男が1人、立っていた。

「仕事、やめたらしーじゃん。」
話しやすさからと場所を程近い灯の自宅に移すと、赤茶色の短髪に黒を基調としチェーンや安全ピンをジャラジャラとつけた緩やかな服を着た童顔の男ーーー星野煉ーーーはリビングに入るなり単刀直入に口を開いた。
似ても似つかない見た目をしているが、煉は灯の弟だ。苗字が違うのは両親が離婚し幼い頃に離れ離れになったせい。とはいえ兄弟仲は今はそこまで悪くはなく、現在は灯の会社の子会社の一部を任されアパレルメーカーを運営していた。
煉は灯を人間として心から信頼し、陶酔している。ゆえに兄弟で仲が悪くはないとはいえプライベートに踏み込むような仲ではなかった。だからこそ、あの場にいるはずもなかったとも言える。
「…お前には、関係ない。」
優しさを盛り込む余裕も取り繕う余裕もない灯がキッパリと言い放つと、煉は酷く不快そうに顔を歪めた。
「…会社辞めんのも悪いことすんのも結構だけどさぁ…、今1番なにしなきゃいけないか分かってんのかよ…」
「唯我を起こさなきゃいけないに決まってるだろ…!」
絞り出すような怒りを孕んだ煉の呟きに思わずカッとなって煉の胸ぐらを掴み上げる。
分かってる。痛いほどに分かってる。俺が、唯我を一刻も早く起こさなきゃならないんだ。俺が。俺が殺したから。俺が追い込んでしまったから。俺が。彼女から唯我を取り上げてしまったから。
自責の念が膨れ上がりメキメキと心に圧力をかける音がする。こんなこと、言わせないでほしい。少しでも気を緩めたら今にも、折れてしまいそうだ。
不意に、普段ならこちらの意見に反抗しないはずの煉に胸ぐらを掴み返された。
「ちげぇだろ!奈美が好きならまずは側に居てやれって言ってんだよ!一生黙ってるにしても支えてやるべきだろうが!」
予想外の言葉に煉の服を掴み上げていた手から力が抜ける。俺しか知らないはずの事を知っている人間が存在した事に驚きを隠せなかった。
言葉なく煉を見つめる事しか出来なくなった灯の胸元から手を離し、煉は深呼吸の後で言葉を紡ぎ直す。
「……とりあえず最初から、全部話して。」
時間がかかっても聞くから、とぶっきらぼうに付け加えられた言葉に灯の身体が崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
人前で泣いたのは、多分これが初めてのことだ。
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