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~第2幕 蝶と栞 挫折と妥協を知らないなら 🦋×🔖(こちょ×しお)~

扉を乱暴に開けたのは、ドレス姿に身を包んだ、俺を車に乗せた知り合いの女性だった。
詩織:…!
女性:詩織くんっ!貴方がこんな事で私を責めない事も、恨まない事もわかってる。
だから、話を聞いてくれる事もわかっている。説明をするね。
最初に目が合った時の彼女は、お世辞にも優しそうには思えなかった表情をしていた。
しかし、俺の顔を見て、怪しげに微笑んだ。
落ち着きを取り戻したのだ居ろうか。そうであって欲しい。
詩織:貴女が会話の出来る状態で良かったです。

女性:こんな事をした私に、そう言ってくれるのは、きっと詩織くんだけよ。
詩織:と言うと、俺がこうなったのは、貴女がそうしたから、なんですね。
女性:そう、だって…こうする事で、私は幸せになれるんだもの。
詩織くんの肯定が無ければ生きていけない。だけど、詩織くんは目を放したらすぐに私の元から居なくなってしまう。
詩織:…俺の事を、自分の傍に置いておきたい、と?
女性:その通りよ。きっと、全て話したらわかってくれるわ。
だって詩織くんはそういう人間だもの。そうでしょう?

どうやら、彼女は俺にかなり執着しているようだ。
詩織:俺は別に、どのような事をされようと決して怒らないような人間では無いですが…
貴女がそう言うのなら、きっと理由があるのでしょう。話してみてください。
女性:ああ、貴方のそういう言葉遣い、愛しているわ。詩織くん。
敬語だし声色も優しい、その上縛られている状態なのに、まるで私が上から話されているみたい。
詩織:ソレは嬉しいですね。

女性:…フェアじゃない。そう、私達はフェアじゃないのよ。
詩織くんはフェミニストだし、だから私がこうして縛っているのも良い事なのよ。
詩織:話が脱線している気がしますが?
女性:あっ、ごめんなさい、詩織くん。実は、ここに連れてきたのは私だけど、手伝ってくれた人物が居るの。
詩織:…あの男性ですか?
女性:あはっ♡全部わかられているって幸せね。そう、私の彼氏なの。

俺の重さや縄の頑丈さからして、俺を運んだり縛ったりしたのは、恐らく彼女の恋人、か。
先程、口論していたのも同一人物だろうか?
詩織:それで、どうしてその彼氏さんが俺みたいな部外者の監禁に手を貸したのですか?
女性:部外者だなんて、詩織くんに比べれば、いや、比べなくても彼氏の事は全然好きじゃない。
詩織:…?
女性:だって、彼氏と付き合ったのは、そうすれば詩織くんをこうするのを手伝ってくれそうだったから。

流石の俺でも、少し寒気がした。どうやら、彼女は俺を本気で束縛し、校則し、監禁するつもりなのだろう。
これから先、ずっと。
とにかく、犯行は計画的だ。日常的な会話でも、彼女はそのような素振りは見せなかった。

故に、時々このような目に合っている俺からしても、ノーマークだった。
いつもだったら、感情の流れに表れるから、事前に警戒しておくことが可能なのだが。
妙にたっぷりとある彼女の自信、それに共犯者の存在によって、彼女の心には隙が生まれなかったのだろう。
――してやられた。これからどうやって抜け出そうか。
彼女は、俺の事をある意味信仰し、崇めている。
そこを上手く突く事が出来れば。

詩織:随分と酷い事をするのですね。その彼氏さんに対して。
女性:仕方が無かったの!私には詩織くんを運ぶ事なんて出来ないし、どう考えてみても、私1人じゃこんな事出来ないし…
詩織:好意を寄せてくれている相手を道具のように扱うだなんて、ハッキリと言って、酷いと思います。
女性:…そうね。だから彼氏には見合った”報酬”を与えているわ。
ところで詩織くん、私は貴方にもはや神聖視までして、特別な好意を寄せているけれど、逃げるだなんて酷い事はしないわよね?
彼女の言っている”報酬”とは、肉体関係だろうか。成程。

詩織:そうですね。俺は、貴女の事を救いたいと思っています。
女性:私も同じ事を考えているわ。私を救って欲しい。他の誰でも駄目、詩織くんに。
詩織:では、まずこの拘束を解いて貰えますか?
女性:駄目よ。詩織くんには悪いけど、慣れるまでこのままで居て貰いたいの。
詩織:…そうですか。わかりました。
俺はにこやかに笑うと、布団を避けていった後ろ手に触れた、冷たい金属…
ベッドの枠を思い切り掴んだ。

そしてそのまま、ベッドから枠を外そうと試みる。同時に念じる、「コレは武器だ」と。
「ブチブチ…バキンッ」と大きな音がして、丁度いいところでベッド横の枠が外れる。
俺が鉄をねじ切った訳ではない。
これくらいの大きさのベッドであれば、組み立て式の可能性もある。ソレに賭けただけの事。

実際、この部屋は女性の寝室。そして2階。ベッドを購入した時に、運ぶよりも組み立てた方が効率がいい。
組み立て式であれば、素人がネジを巻いた金具の箇所が脆く、そこまで力を入れなくても壊れてくれる。
彼女の表情は、みるみる恐怖に染まっていった。
女性:し、詩織…くん…?
詩織:ふふ、何を驚いているのですか?
解いてくれないのであれば、俺は自分の力で勝手にこの家を出て、勝手に帰るだけです。
バールにも近い、長い金属を持った俺は、バランス感覚のみで、ゆらりと立ち上がる。

女性:駄目、行かないで…!詩織くん!
詩織:俺のスマホ、恐らく1階にあるんですよね?彼氏さんが電源を切って持っているのですかね?
では、彼氏さんに電源をつけるように言ってきますね。
女性:ま、待って…!詩織くん!
視線を落とすと、彼女は俺の膝元に縋りついていた。
俺は少しため息をついた後、微笑んで、しゃがみ込み、まっすぐと彼女の顔を見た。
詩織:俺は貴女だけのモノにはなりません。ですが、これからも友人ですよ。

彼女は、頬を一気に赤くして、涙ぐむ。そしてそのまま、ずるりと手を放してくれた。
女性:こんな私を、許してくれるの?
詩織:許しますよ。”こんな事”くらい。
俺の言葉を聞いた彼女は、がくりと床に崩れ落ちるが、俺は凶器を手にしている上、手足が縛られているので、無視せざるを得ない。
しかし、彼女ならきっと、立ち直るだろう。

階段の前へとたどり着いた。啖呵を切ってきたはいいが、足がこのままではとても危ない。
いっその事、窓ガラスを割って外に出られればいいのだが、やはりこの状態では着地が危険だ。
それに、彼女に迷惑をかける訳にもいかない。ここは、説得を試みるしかないようだな。
詩織:彼氏さん?下の階に居るのでしょう?
俺とお話をしませんか?もし来てくださるのであれば、俺の荷物の中からスマホを持ってきてくれませんか。

そう階段の下に向けて声を上げれば、野太い声で返事が返ってくる。
男性:お前…抜け出してきたのか…?
詩織:どのように抜け出したのか知りたいでしょう。
それなら、見に来れば1番早いですよ。
俺がそう言うなり、ドタドタと階段を登る音が聞こえてくる。
そして現れたのは、車に乗り込んできた男性だった。
手には俺のスマホ。握りしめている。予想は正しかったようだ。

男性は俺を見るなり、警戒する。
男性:お前…!何だそのバールは!どこから持ってきた!
詩織:おっと、確かにソレは普通の反応ですね。一応説明すると、彼女の部屋にあったモノです。
そして、コレは脅しの道具にもなります。貴方の態度次第で、ね。
男性:何だと!お前のような、武器を持っているだけの、手足を縛られているヒョロヒョロには負けない自信はあるが?
詩織:そうですか。では試してみましょうか。
右手に持っていらっしゃる俺のスマホの電源を入れてください。

男性:……
詩織:早速黙り込みましたね。いいのですか?俺に質問したい事があるんじゃないですか?
例えば、彼女はどこに居て、どのような状態なのか、だとか。
男性:クソッ!性根の腐った野郎だ!見透かしたような態度が気に入らねえんだよ。
そこまでわかっているのなら、教えやがれ!
詩織:残念ですが、ソレは出来ません。そして、ここをどく気もありません。

男性:チッ!なら…
詩織:力づく、はまずいのでは?彼女はソレを望んでいないと思いますが。
男性:お前…!アイツに何を…ッ!フー…フーッ…
詩織:どうか、落ち着いてください。
それに、力づくになった場合、怪我をするのは俺ではありませんよ。
男性:何だと、このッ!
男性は大振りの拳を、俺の顔に向かって振るってくる。

通常であれば、手足を縛られ、バランス感覚のみで立っている俺は圧倒的に不利だろう。
しかし、男性が挑発に乗ってくれたお陰で、攻撃の軌道が読みやすく、とても躱しやすい。
粗技のパンチを階段という不安定な足場の場所で放った男性は、そのまま前に倒れてくる。
詩織:残念でした。
後は、男性の顔面が来るであろう位置に、金属の棒を置くようにして手放すだけ。
タフそうだし、まあ、死にはしないだろう。

酷く鈍い音がして、金属の棒に顔面をぶつけた男性は、2階の廊下を転がる。
男性:うわアァッ!!!お前…ッ!お前!
俺は、衝撃により手を離れたスマホをキャッチして、男性を見下ろす。
詩織:正当防衛ですから。暫く脳が揺れる感覚がして動けませんよ。
スマホの電源をつけ、ある人物に電話をかける。
どうやら、電波は繋がっているようだ。大変助かる。

胡蝶:もしもし?詩織く…
男性:うアァッ!許さねえ…クソッ!クソォッ…!
詩織:胡蝶さん、すみません。ここがどこかはわからないのですが、助けに来てはくれませんか。
胡蝶:男性の唸り声が聞こえるけど、何をしたんだい?
詩織:いつものように拉致されていたのですが、色々ありまして。とにかく逆探知とお願いします。
胡蝶:はあ…いつも君は。唸り声の辺りで逆探知は始めているから、後は通話を切らないでね。
詩織くん、くれぐれも無茶はしないでくれ。

詩織:すみません。いつもいつも、俺の不幸体質に巻き込んでしまって…
胡蝶:仕方が無いね。全く。君は悪くないというのがタチが悪い。
詩織:胡蝶さんが居てくれるので、俺は何も怖くないですよ。
俺が笑ってそう言うと、胡蝶さんは呆れたのか、逆探知の画面を見ているのか、暫く黙ってしまった。

その後、警察に通報しなかった俺を、迎えに来てくれた胡蝶さんが説得しようとしてくれたが、暫く様子を見る事にしている。
このまま刑務所に行ったとして、出てきた時に因縁がある方が嫌だ。
それに、俺がベッドを壊した事の貸しもあると思ったのだ。

車の中で運転する胡蝶さんに話しかけられた。
胡蝶:本当にお人好しなのか、サイコパスなのか。私は君が心配だよ。
詩織:そうですか?俺には胡蝶さんが、「君は大変興味深いね」と言っているように感じますか。
胡蝶:…どうやら詩織くんには、私がそのような不謹慎な人間に見えるらしい。
詩織:そんな事は言って無いですよ!
胡蝶:拉致監禁された後なのに、酷く元気だね。

詩織:え?だって、胡蝶さんが助けてくれますから。
胡蝶:…少しは緊迫感を持ちなさい。
俺は、俺の事を放っておけず、何だかんだで助けてしまう胡蝶さんの性格をわかっている。
そして、その事を胡蝶さんは理解している。
俺は胡蝶さんの車の雰囲気が、とても落ち着いて、そのまま無防備にも意識を落とした。
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