~第2幕 蝶と栞 挫折と妥協を知らないなら 🦋×🔖(こちょ×しお)~
ちゃぷん。水滴が落ちてきた音がして、意識が浮上する。
最初に目に入ったのは、ピンク色のふかふかの枕だった。
身体は、動かない。正確に言えば、両手が後ろで固まり、動かそうとすると擦れる形で、両手首に痛みが走る。
詩織:痛っ…
両足も同様だ。しかし、不幸中の幸いとでもいうのか、太ももは拘束されておらず、両方の足首が麻縄のようなモノで縛られているようだ。
詩織:…あ、れ。ここは…
ドクン、心臓が音を立てる。
パニックになる前に、とりあえず落ち着こうと、辺りを見渡しつつ状況を理解しようとする。
目を覚ます前の記憶では、俺は…
家に帰る途中、たまたま出会った、見知った女性に車で送って貰う事になり、そして彼女の車の助手席に座った。
そこまでは、きちんとした記憶がある。
そしてその後、喉が渇いたという話をしたのだったかな。
彼女の飲みかけの飲み物を渡されたが、断った。
フェミニストとして、そのような行為は良くないからね。
それに、確か、彼女には恋仲の男性が居た筈だ。
そこで車が、全く俺の家であるマンションの方向へ向かっていない事に確信し、声をかけたのだったかな。
最初からおかしいとは思っていたけれど、その段階で言ったのは、遅すぎたのだろうか。
この記憶のみだと、彼女が俺を拉致した事になるが、ソレはおかしい。
俺は一応、平均身長をかなり上回っているし、体重も決して女性が軽々と運べるような数値ではないと思うのだけれど。
もう少し記憶を遡ってみようか。
そうだ。車を乱暴に停められて、誰かが扉を開けてきたんだ。
体格のいい、きっと男性だけれど。そのような人間が俺の首を思い切り絞めてきて…
成程。理解してきたよ。俺と彼女は、拉致されてしまったのだね。
この拉致の目的は俺じゃない、彼女の方だ。だからここには居ないし、犯人ではないのだね。
目撃者である俺は、ここに置いて行かれている、と。
しかし、ならばこの部屋は何なんだろうな?
思考を一旦中止し、再度部屋を見やる。
簡単に纏めれば、ピンクが好きな女性の部屋、といった印象を受けるけれど。
俺が置いて行かれている、ここはベッドだ。
女性用のサイズなのか、少し窮屈に感じる。
そして部屋には扉が1つ。ローテーブルには丁寧に白いノートパソコンが置かれている。
携帯端末は置いていないという事は、部屋の主は外出しているのかな?
棚には、幾つかの写真が飾られているが、ここからではよく見えない。
クローゼットやタンスの上には、マスコットキャラクターのぬいぐるみが、所狭しと並んでいる。
こういったモノが好きなのだろう。
窓には、部屋には似合わない、真っ黒の分厚いカーテンがかけられている。
よく見ると、窓の丈に合っていないように感じる。
業務用のモノだろうか?それならば、必然的に計画的になるな。
そういえば、俺の手足を縛っている麻縄のような紐。
コレも、ホームセンターかどこかで調達してきていたのだろうね。
さて。俺は再度、扉の方を見た。
脱出手段は、ここで間違いないね。
俺は、ここが何階なのかはわからない、窓は危険過ぎる。
詩織:…ふう。
時間の猶予的に、物音を立てないで、気絶しているというていででやり過ごせるのは、このくらいまでだろうか。
一瞬、巡回に来る犯人を待とうか、迷った。
しかし、俺は結構、耳がいい方だが、近くに人間の気配はしない。
最初に目が覚めた時のトリガーとなった音も、ここが誰かの住居であれば、ある程度の察しが付く。
この部屋の近くには洗面所、もしくは水回りの設備の施された部屋があり、蛇口が緩んでいたのなら、あの音に関する全ての筋が通る。
俺は、もう一度、今度は意識的に耳を澄ましてみた。
…やはり、同じような音が定期感覚で鳴っている。
前向きな思考にするのなら、犯人は蛇口についての事を気にせずにいるのではなく、現在この場に居ないと考えられる。
起きてから、人気を感じられなかったのも、合点がいく。
推理は繋がってきた。後は脱出するだけだ。
詩織:うう…ん。
拘束された手で伸びをする、疲労感がどこまであるのか、テストをしているのだ。
俺は、そこまで力が強いという訳ではないし、関節を外せたりだなんて出来ない。その上、歯で無理矢理に、というガラでもない。
詩織:じゃあ、出ますか。
その為、俺が取った決断は、両手の拘束を捨て、器用さだけで足の拘束を外す事だった。
犯人は素人らしく、キツめに縛られていたが、解れを発見してからは、想定していた時間よりもずっと早く解く事が出来た。
詩織:傷は…無いようですね。ズボンが守ってくれたようです。
こんな状況でも機嫌のいい詩織は、その場に麻縄を残し、扉の方へと歩み寄る。
途中で、ベッドの方角からは見えなかった、大きめの壁掛け鏡が視界に入る。
見てみると、首元が少しだけ赤くなっている。
詩織:今回は流石に法的措置を取るべき、ですね。
扉のドアノブに縛られた両手をかける、その時だった。
ドタドタと下の階から音がした。ベッドへと戻ろうか迷ったが、近くにあったスタンド式の証明を素早く手に取り、構えた。
持ち物が無い為、仕込み杖の代わりとして武器を持つ。
スタンド式の証明は、武器として使用すれば、大きな棍棒あたりのダメージの出るモノだろう。
俺は、昔からいつも、何だって武器として扱える。そういう体質なのだ。
今だって、そうだろう。武器をすぐに手に持ってしまう。
使い慣れない武器だとしても、初めて握るモノでも、上手く使えてしまう。
紳士的に戦闘、つまり戦士なのだ。
先程の音からして、この階はどうやら2階以上で、犯人達は下の階に居るらしい。
騒がしい足音は、どうやら複数人のモノのようだ。
詩織:(彼女が、あの男性に襲われているのか…!?)
思考と共に、身体も連動するように動いていた。
扉を勢いよく開け、辺りを見渡し、階段を探しながら早足で歩く。
廊下の1番奥の箇所に下へと続く廊下はあった。コレ以上に上の階層は無い。
逃げ道が無い事を把握した俺は、尚も自身を突き動かす正義に従っていた。
詩織:(彼女を助けなければ。)
下に降りようと階段を1歩降りたところで、ぴたりと下の階からしていた音が止む。
俺はスタンド式の証明を持ち、息をのむ。
膠着していても仕方が無い。ずんずんと前へ、下へと進んでいく。
すると、聞いた事のある女性の声が、下の階から聞こえてきた。
女性:彼しか私を幸せに出来ないのッ!
詩織:…?
口論のような、キンキンと響くその言葉に、少しだけ停止する。
詩織:(誰と、何を話しているんだ。意図が読めない。)
(彼女は、連れ去られていた被害者だと仮定していたが、実際はどうなのだろうか。彼女のいう「彼」とは、一体…)
下の階からは、男女が口論している声が聞こえている。
…ここは、2階以上の階層だと確信が持てた。
つまり、手を拘束されている状態での窓からの脱出は危険。
わかった事がもう1つ。下で会話している男女。
男性の方は犯人で間違いが無いと思うが、女性も特に男性の事を恐れているように感じない口調だ。
つまり、2人は何らかの関係性を元から持っていた。
女性の声の方が彼女だとしたら、彼女が理不尽に酷い目に合わされる事は無さそうだ。
詩織:…ふう。
少しだけ息をつく。
これからどうするべきか。このまま降りていく事も視野に入れたが、その選択肢はすぐに排除した。
あまりにもリスクが高過ぎる。まだ、状況は良くなる可能性を秘めている。
すると、下の階からドタドタと怒った様子の足音が聞こえてきた。
――人数は、1人だ。
男女、どちらだったとしても、話し合いに持っていけさえすれば。
俺はベッドへ戻り、一応拘束されているフリだけをして、その足音を待った。
最初に目に入ったのは、ピンク色のふかふかの枕だった。
身体は、動かない。正確に言えば、両手が後ろで固まり、動かそうとすると擦れる形で、両手首に痛みが走る。
詩織:痛っ…
両足も同様だ。しかし、不幸中の幸いとでもいうのか、太ももは拘束されておらず、両方の足首が麻縄のようなモノで縛られているようだ。
詩織:…あ、れ。ここは…
ドクン、心臓が音を立てる。
パニックになる前に、とりあえず落ち着こうと、辺りを見渡しつつ状況を理解しようとする。
目を覚ます前の記憶では、俺は…
家に帰る途中、たまたま出会った、見知った女性に車で送って貰う事になり、そして彼女の車の助手席に座った。
そこまでは、きちんとした記憶がある。
そしてその後、喉が渇いたという話をしたのだったかな。
彼女の飲みかけの飲み物を渡されたが、断った。
フェミニストとして、そのような行為は良くないからね。
それに、確か、彼女には恋仲の男性が居た筈だ。
そこで車が、全く俺の家であるマンションの方向へ向かっていない事に確信し、声をかけたのだったかな。
最初からおかしいとは思っていたけれど、その段階で言ったのは、遅すぎたのだろうか。
この記憶のみだと、彼女が俺を拉致した事になるが、ソレはおかしい。
俺は一応、平均身長をかなり上回っているし、体重も決して女性が軽々と運べるような数値ではないと思うのだけれど。
もう少し記憶を遡ってみようか。
そうだ。車を乱暴に停められて、誰かが扉を開けてきたんだ。
体格のいい、きっと男性だけれど。そのような人間が俺の首を思い切り絞めてきて…
成程。理解してきたよ。俺と彼女は、拉致されてしまったのだね。
この拉致の目的は俺じゃない、彼女の方だ。だからここには居ないし、犯人ではないのだね。
目撃者である俺は、ここに置いて行かれている、と。
しかし、ならばこの部屋は何なんだろうな?
思考を一旦中止し、再度部屋を見やる。
簡単に纏めれば、ピンクが好きな女性の部屋、といった印象を受けるけれど。
俺が置いて行かれている、ここはベッドだ。
女性用のサイズなのか、少し窮屈に感じる。
そして部屋には扉が1つ。ローテーブルには丁寧に白いノートパソコンが置かれている。
携帯端末は置いていないという事は、部屋の主は外出しているのかな?
棚には、幾つかの写真が飾られているが、ここからではよく見えない。
クローゼットやタンスの上には、マスコットキャラクターのぬいぐるみが、所狭しと並んでいる。
こういったモノが好きなのだろう。
窓には、部屋には似合わない、真っ黒の分厚いカーテンがかけられている。
よく見ると、窓の丈に合っていないように感じる。
業務用のモノだろうか?それならば、必然的に計画的になるな。
そういえば、俺の手足を縛っている麻縄のような紐。
コレも、ホームセンターかどこかで調達してきていたのだろうね。
さて。俺は再度、扉の方を見た。
脱出手段は、ここで間違いないね。
俺は、ここが何階なのかはわからない、窓は危険過ぎる。
詩織:…ふう。
時間の猶予的に、物音を立てないで、気絶しているというていででやり過ごせるのは、このくらいまでだろうか。
一瞬、巡回に来る犯人を待とうか、迷った。
しかし、俺は結構、耳がいい方だが、近くに人間の気配はしない。
最初に目が覚めた時のトリガーとなった音も、ここが誰かの住居であれば、ある程度の察しが付く。
この部屋の近くには洗面所、もしくは水回りの設備の施された部屋があり、蛇口が緩んでいたのなら、あの音に関する全ての筋が通る。
俺は、もう一度、今度は意識的に耳を澄ましてみた。
…やはり、同じような音が定期感覚で鳴っている。
前向きな思考にするのなら、犯人は蛇口についての事を気にせずにいるのではなく、現在この場に居ないと考えられる。
起きてから、人気を感じられなかったのも、合点がいく。
推理は繋がってきた。後は脱出するだけだ。
詩織:うう…ん。
拘束された手で伸びをする、疲労感がどこまであるのか、テストをしているのだ。
俺は、そこまで力が強いという訳ではないし、関節を外せたりだなんて出来ない。その上、歯で無理矢理に、というガラでもない。
詩織:じゃあ、出ますか。
その為、俺が取った決断は、両手の拘束を捨て、器用さだけで足の拘束を外す事だった。
犯人は素人らしく、キツめに縛られていたが、解れを発見してからは、想定していた時間よりもずっと早く解く事が出来た。
詩織:傷は…無いようですね。ズボンが守ってくれたようです。
こんな状況でも機嫌のいい詩織は、その場に麻縄を残し、扉の方へと歩み寄る。
途中で、ベッドの方角からは見えなかった、大きめの壁掛け鏡が視界に入る。
見てみると、首元が少しだけ赤くなっている。
詩織:今回は流石に法的措置を取るべき、ですね。
扉のドアノブに縛られた両手をかける、その時だった。
ドタドタと下の階から音がした。ベッドへと戻ろうか迷ったが、近くにあったスタンド式の証明を素早く手に取り、構えた。
持ち物が無い為、仕込み杖の代わりとして武器を持つ。
スタンド式の証明は、武器として使用すれば、大きな棍棒あたりのダメージの出るモノだろう。
俺は、昔からいつも、何だって武器として扱える。そういう体質なのだ。
今だって、そうだろう。武器をすぐに手に持ってしまう。
使い慣れない武器だとしても、初めて握るモノでも、上手く使えてしまう。
紳士的に戦闘、つまり戦士なのだ。
先程の音からして、この階はどうやら2階以上で、犯人達は下の階に居るらしい。
騒がしい足音は、どうやら複数人のモノのようだ。
詩織:(彼女が、あの男性に襲われているのか…!?)
思考と共に、身体も連動するように動いていた。
扉を勢いよく開け、辺りを見渡し、階段を探しながら早足で歩く。
廊下の1番奥の箇所に下へと続く廊下はあった。コレ以上に上の階層は無い。
逃げ道が無い事を把握した俺は、尚も自身を突き動かす正義に従っていた。
詩織:(彼女を助けなければ。)
下に降りようと階段を1歩降りたところで、ぴたりと下の階からしていた音が止む。
俺はスタンド式の証明を持ち、息をのむ。
膠着していても仕方が無い。ずんずんと前へ、下へと進んでいく。
すると、聞いた事のある女性の声が、下の階から聞こえてきた。
女性:彼しか私を幸せに出来ないのッ!
詩織:…?
口論のような、キンキンと響くその言葉に、少しだけ停止する。
詩織:(誰と、何を話しているんだ。意図が読めない。)
(彼女は、連れ去られていた被害者だと仮定していたが、実際はどうなのだろうか。彼女のいう「彼」とは、一体…)
下の階からは、男女が口論している声が聞こえている。
…ここは、2階以上の階層だと確信が持てた。
つまり、手を拘束されている状態での窓からの脱出は危険。
わかった事がもう1つ。下で会話している男女。
男性の方は犯人で間違いが無いと思うが、女性も特に男性の事を恐れているように感じない口調だ。
つまり、2人は何らかの関係性を元から持っていた。
女性の声の方が彼女だとしたら、彼女が理不尽に酷い目に合わされる事は無さそうだ。
詩織:…ふう。
少しだけ息をつく。
これからどうするべきか。このまま降りていく事も視野に入れたが、その選択肢はすぐに排除した。
あまりにもリスクが高過ぎる。まだ、状況は良くなる可能性を秘めている。
すると、下の階からドタドタと怒った様子の足音が聞こえてきた。
――人数は、1人だ。
男女、どちらだったとしても、話し合いに持っていけさえすれば。
俺はベッドへ戻り、一応拘束されているフリだけをして、その足音を待った。