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~第2幕 魔界と天界よりも人間界で~

温泉で癒しのひと時を終えた後、角悪魔と熾天使は1つの大きな寝室を発見した。
そして、青色と水色の枕のある、豪奢なダブルベッドで眠りについた。
あれから少し経った時、夜明け前の短い時間。
「チリンチリンチリンッ!」と、ベルの鳴る音がけたたましく響いた。
アイマスクをした春陽は一向に起きる気配が無いが、両耳を抑えた折葉が、のそりとネグリジェ姿で起き上がる。
折葉:…うるさい…な。…コレは、音波魔法か。

この遺跡に防音設備が無い訳が無かった。答えは明白。
魔法による音を通じての脳への干渉だ。つまりは高性能なデバフ魔法。
短時間での折葉の推理は全てが合っていた。
しかし、寝起きの彼はとても機嫌が悪い。
アホ毛はジグザグと不規則に動き、桃色がかった碧眼は、殺意が灯ったように光っていた。

折葉:…外からだ。
下を向き俯いたまま、音の鳴る玄関の方も向かずに羽を広げ、一瞬でその場から消える。
バサっと羽の音だけを残して。
これこそが、神でさえも気を遣うと言われている折葉の特徴の1つであった。

折葉が自分で起きた時の寝起きはそこまで悪くない。
そして何よりの救いは、彼自身に早朝に起きる癖があるというところだった。
規則正しい生活リズム。ソレが乱された事によるストレスで、折葉は一種の発狂状態となる。
そうなった時の折葉は、天界では堕天使と呼ばれているが、本人は否定してる。

折葉が遺跡の前に現れると、そこに居たのは、巨大なベルを乗せた馬車に、茶色い馬を1頭繋げた、魔女だった。
魔女:あら?もう片方はいらしていないのかしら?随分なお寝坊さんですこと。
貴方は、熾天使ね。噂以上の美しさだわ。しかしながら、このデバフちゃんで調子はグズグズでしょ?
折葉:……
魔女:何かしら?顔色が悪いようだけれど。何も言えなくなってしまったの?滑稽だこと。

折葉:…うるさい。
魔女:え?
折葉:うるさいな。こんな時間に。
魔女:そんなに怒らなくってもいいでしょう?どうせ、これから戦闘になるのだから。ワタクシの魔法は…
折葉は珍しく他人の話を遮り、両手からバチバチっと水色の雷を出した後、黄金の二丁拳銃を、騒音の元凶である魔女へと向けた。

折葉:黙っていろ。もう、戦闘は終わる。
魔女:えっ!?ちょっと、待っ!!!
魔女の叫びも虚しく、折葉は無慈悲に両方の拳銃から雷属性の弾丸を発射する。
魔女は即座に魔法障壁を張った。そう、張ったのだ。
――弾丸が自身の身体に命中した後で。

折葉:はあ…生きていても寝たフリをしていてくださいね。
本当に殺さなければならなくなる。
無表情な折葉は、影を宿したまま、テンプレートのように告げる。
その言葉の重みを増したのは、折葉が二丁拳銃を消さないという点だった。
魔女の両肩からは、大量の血液がドクドクと流れ、どさりとその場に倒れ込む。

魔女:ぐ…ガッ…ァッ!
折葉:苦しそうですね。楽にしましょうか?それとも、逃げますか?
虫けらのように、痛みにのたうち回る魔女に、立ったまま告げる折葉。
魔女:ど…どこがッ!…慈悲深い…天使…様…なのよ…ッ!
折葉:そうか。どちらでもないのなら、ここで見ていますね。
アホ毛がふよふよと浮いている折葉は、二丁拳銃をくるくると回している。
ざわり、風が吹き、金のロザリオが揺れる。ふいに、折葉は目を瞑る。

いつの間にか、上裸に銀のネックレスをした春陽が隣に立っていた。
すぐにアイマスクを外す。
春陽:折葉、朝から散歩か?ん…?何だこの虫は、新種のオオガサゴソクソカスムシか?
折葉:何だその虫は。新種も何も元から居たら結構嫌だぞ。
魔女:たッ、助け…て…ッ!
春陽:っ!?おい、喋ったぞ。コイツ、もしかして人面オオガサゴソクソカスムシか…?
折葉:本当に嫌だな。春陽くんに助けを求めているんじゃないか?
こうしたのはボクだし。

そう説明を受けると、春陽の口角は上がっていった。
春陽:何で悪魔に助けを求めているんだ?お前。終わってるな。
魔女:あ、悪魔ッ…!?じゃあ、貴方は…!
春陽:血で目の中までおかしくなったか?ほら、角。
魔女:誰か…助…けて…ッ!
折葉:…怒りも収まってきたし、回復してやるか。
春陽:堕天使モードが終わったのか?どっちも好きだけどな、俺は。

静かに深呼吸した折葉は、二丁拳銃を魔法で浮かせ、簡略化された詠唱により、水色に輝く羽根を錬成する。
その羽根を負傷させた魔女の上にそっと置くと、彼女の傷は全て治り、血に染まった服も綺麗に元通りになっていた。
熾天使が迷える人間に回復魔法を放った、神々しいその空間には、魔法で出来た青薔薇が咲き誇っていた。

折葉:久しぶりだな、回復魔法なんて。
春陽:俺は折葉の回復魔法は綺麗で好きだ。
まあ、俺が受けた時の方が好きだがな。
折葉:君に1点でもダメージを与えられる者は、かなり限られているがな。
魔女は、小鹿のように足を震わせて、立ち上がる。

魔女:あ…あ…
春陽:人面オオガサゴソクソカスムシから、人面オオガサゴソクソカスジカになったな、進化だ。おめでとう。
折葉:何を言っているんだ。本当に。因みにボクは謝らない。悪くないからな。
春陽:そうだな、傲慢天使くん。
まあ、今回は本当に騒音で、折葉の可愛い寝顔タイムを邪魔したお前が100%悪いからな。女。

魔女:貴方達、強過ぎるわ。だからこそ、ワタクシは間違っていない!間違っていないのよ!
身をもって証明したの、それだけ。だから、今度は苦痛に歪ませてあげるわね。熾天使さん。
狂気に顔を歪ませた魔女は、後ろを振り返る。しかし、折葉の殺気に気圧された馬は、とうにどこかに逃げてしまっていた。

折葉:残念ながら、もう帰れないようだが?
魔女:こんな事で勝った気になってしまわれては困ってしまうわ!
魔女は詠唱を行い、箒を錬成する。
春陽:(ノロい詠唱だな。攻撃されないとでも思っているのか?)
(俺も折葉も余裕で射程距離。帰らせて貰っているって事をコイツはわかっていない。)
魔女:また遊びに来るわね~!今度はもっと楽しませてあげるわッ!
言いながら、箒に跨った魔女は、遥か彼方。都市の方へと飛んでいく。

折葉:ここからでも撃てそうだな。
春陽:撃ってもいいぞ。折葉。いいんだぞ?
折葉:いや、撃たないが。
春陽:箒で移動出来るなら、馬車要らなくないか?
折葉:この巨大なベルを持ち運ぶ為だろうが、どうしような。
そういえば、春陽くんは上裸なのに、何も言われなかったな。

春陽:俺は美しいからな。あの女と違って。
折葉:「あの女」呼びはやめないか。
春陽:ん?誰の話をしているんだ?折葉。
折葉:もう記憶から消えたのか。…そうだな。とりあえず、寝た方がいいか、疲れたしな。MPではない問題で。

残されたのは、巨大なベルを乗せた馬車のみ。
逃げた馬の処遇と共に、悩む折葉だった。
春陽の記憶からは、どうやら消えたらしいあの魔女は、この遺跡で何やら企んでいる事があるようだ。
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