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~第2幕 魔界と天界よりも人間界で~

角悪魔と熾天使が遺跡の中へ入れば、「ゴゴゴ…」と低い音を立て、扉が自動的に閉まる。
折葉:自主的に閉まってくれるのか、こんな技術は人間界の家には無いモノだから、ありがたいな。
春陽に抱き上げられたまま、感心したように頷く折葉。
春陽:使えない魔術道具だとかはあったけどな。どれも子供の作った玩具のようなレベルだった。
折葉:切り捨ててやるな。人間にとっては大発明なんだろう。

春陽:流石、俺の熾天使だな。慈悲深い。
折葉:身体を抱き上げて、更に言葉でも持ち上げるのか。高等技術だな。
春陽達の見据える先にあるのは、赤い絨毯が敷かれている広い廊下だった。
幾つかの暗い色の木製で作られたの両開きの扉があり、奥には階段があるようだ。
照明は全て蝋燭で出来ているようだ。今は火が灯っていない。
春陽は左に、折葉は右に少し手をやると、順に蝋燭に炎が灯る。青色の炎と、水色の炎だ。

春陽:放置されていたにしては、中の設備は充実しているな。
折葉:ああ、思ったよりも綺麗だな。掃除する手間が省けた。
先に誰かが清掃してくれていたのだろう。…神だろうか?
その言葉を聞いた瞬間、春陽はスマートに折葉を下ろし、床や壁を念入りにチェックする。
春陽:盗聴器が仕掛けられているかも知れない…
折葉:春陽くんは、神の事を一体何だと思っているんだ。
悪魔だからある意味正解ではあるのかも知れないが。

春陽:個人的に気に食わない野郎だ。
折葉:そこに種族は関係無いんだな。純粋なまでの悪意か。
春陽:しかし、無いようだな。流石に見つかった時のデメリットを考えたんだろう。
…俺に殺されるという大き過ぎるデメリットをな。
折葉:蘇るがな。入ってすぐの地点で、そこまでわかるモノなのか?
ボクにはさっぱりだ。それに、仮としても神の置いた罠をすぐに見抜けるのだろうか。

春陽:「聖気」には独特の色があるからな。
折葉:…そうか。確か前にも言っていたな。ボクは自身の「聖気」に常に覆われているから、特定するのは難しい問題だが、春陽くんはわかるんだな。
それに、上級天使ですら、特定の対象の「聖気」を分けて見る事は難しいとされているのだが。
春陽:ああ、「折葉の聖気」と「ソレ以外」のみわかる。
折葉:成程な、神までも「ソレ以外」とされている事には触れないでおきたい。

春陽:というか、上級天使でも難しい事なんて、折葉は余裕で出来るだろう?
どうして出来ないかのような言い方をするんだ?
折葉:…むむ。そうだな、君にもわかっている通り、ボクは昔から「聖気」の量が多かった。
多過ぎるくらいにな、つまり、匹敵する「邪気」が傍に居なければ、自身の「聖気」と「他の聖気」の分別が付けづらいんだ。
春陽:俺が居なければ折葉は何も出来ないんだな。よしよし。

春陽は不機嫌そうに腕を組む折葉の元へ戻り、頭を撫でる。
折葉:うるさいな。それくらい、浄化能力が高いという事だ。
だから、今では「邪気」が近くに居るから、見えやすいな。
春陽:神が掃除したのは間違いないが、何も変な事はしていない。
折葉:だから、最初からボクはそう言っているだろう。
春陽:断言は出来ていなかったがな。

眉をしかめた折葉は、ツカツカと廊下を進んでいく。
春陽は足の長さでマウントを取るように追いかける。
折葉:ボクは優秀な熾天使だ。愚弄は許さない。
春陽:ごめんな、怒るなよ。折葉。不機嫌な折葉も可愛いな。どこに行くんだ?
折葉:いや、とりあえず探索してみようとしているだけだ。
春陽:つまり、ノープランって訳だな。わかったよ、王子様。

折葉は暫く歩いた後、数多くある中の扉を適当に開ける。
折葉:ここは…
そこは、十分過ぎる程に広さのある脱衣所だった。
後ろから春陽が声をかけてくる。
春陽:そういえば、折葉が来るまでこの建物の周りを散歩していたのだが、露天風呂のようなモノがあったな。
折葉:そうなのか。住みやすい遺跡だな。翼を思い切り広げてもだいじょうぶそうだ。

春陽:パタパタするのか?可愛いな…折葉…
折葉:…む。その言い方は何だ。
春陽:いや、だって。折葉の羽が少し動いているぞ。嬉しそうだ。
折葉:…!?そんな…事はっ…
視線が自身の羽に向く折葉。
春陽:無いと言い切れるのか?

折葉:…いや、わからない。どうだったんだ?
すっとアイマスクを外した春陽は、にたりと笑う。
春陽:動いていたぞ。
折葉:少しだけだろう?
春陽:ああ、少しだけだな。
折葉:そう…か。
アホ毛がしなしなと下がっていく折葉の顎を撫で、笑う春陽。

春陽:温泉、嬉しかったのか?
折葉:羽を伸ばせる場所は少なかったからな。
あったとしても、他の天使の目があったり、そういう状況じゃなかったりな。
春陽:前の人間界の家も、そんなに広くは無かったからな。
折葉:いや、十分過ぎる程に豪邸だったぞ。
ただ、このような和風の風呂は無かったからな。

春陽:という事は、この遺跡は土足厳禁なんじゃないか?
折葉:いや、だとしてもアウトなのは春陽くんだけだ。
何気なく、ボクはずっと少しだけ浮いていたからな。
春陽:嘘は良くないな、折葉は歩いているように見えたが?
堕天使になったか?折葉。
折葉:そうだな、嘘は良くない。確かにボクは地に足を付けて歩いた。
ただ、ここは洋館だろう?仮に和風の要素があったとしても、土足で入ってしまっても、見た目が悪いだろう。それこそ罠だ。

春陽:折葉が必死に自分を正当化しようとしているな。
洋館に和風の要素があるだけなんじゃないか?この感じだと。
折葉:ソレは素晴らしい融合だな。良いところ取りだ。
春陽:どうする?とりあえず風呂に来たようだが、入っていくか?
折葉:そうしよう。

春陽は無駄の無い動きで、折葉は丁寧に服を脱ぎ、風呂場に入っていく。
そこには、3種類の温泉が配置されていた。それぞれ温度や効能が違うようだ。
春陽は、上向きになりシャワーで身体を流している。
春陽:……
折葉は、シャワーに背を向けて身体を流している。
折葉:凝っているな。しかし、遺跡として必要かと言われれば、どうなのだろうか。

春陽:案外、神か誰かが付け足したのかも知れないな。
折葉:あり得るな。罠ではないし、1つの空間を作るとなると、「聖気」の流れは掃除の判定になってもおかしくはない。
春陽:…見たところ、やはり、ここには罠は無いようだ。
折葉:単純な善意なら、受け取っておこう。

折葉は1番近くの檜で出来た温泉に入ろうとするが、春陽に左手を掴まれる。
春陽:待て。折葉、最初は温泉からだろう?
折葉:…?身体がびっくりしてしまうのではないか?
春陽:いや、1番最初にここに入るのは温泉への冒涜だ。
挑戦をしないという事は遺跡の管理を任された天使らしからぬ行為だ。いいか、折葉。コレは温泉のルールだ。
折葉:…熱いのは苦手だ。

春陽:足湯だけでも構わない。寧ろ俺だけが入っていて折葉は見ているだけでもいい。
折葉:何だ、そのノリは。
春陽:月明かりに照らされ、湯が反射して、輝いている透き通るような肌の折葉が見たい。
折葉:やれやれ。欲望に忠実だな。仕方が無いな。
春陽に連れられ、外へと出る折葉。

素晴らしい夜景に、美しい熾天使。
この世の全てを手に入れた気分の角悪魔は、ゆっくりと湯船に使った。
足湯を楽しむ熾天使の翼は、ふわふわと揺れている。
リラックスした角悪魔は、固い石の浴槽に背中を預け、目を瞑った。
これから、2人での、この遺跡での生活が始まるのだった。
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