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~第2幕 魔界と天界よりも人間界で~

早朝、折葉は腕を組み、眉をひそめ、不機嫌そうにアホ毛を揺らしながら遺跡の前で、あの魔女を待っていた。
隣には、寝ているのか起きているのかわからない、アイマスクをした春陽が片手を首元に当てながら、無言で立っている。
折葉:…そのアイマスクは、何のつもりでつけているんだ。
春陽:護身用だ。
折葉:どういう事なんだ。やれやれ。
春陽:来ないと思うがな。俺は。

折葉:ああ、念の為だ。僕だって人間にそこまで期待しないさ。
春陽:また来るとは言っていたが、来るとしても間を空けるだろう。
今日来たとしたら、人間にしては度胸があるな。熾天使に殺されかけた翌日だからな。
折葉はむっと春陽を睨み付ける。
折葉:うるさい。寝起きだったから仕方無いだろ。
春陽は首元にやっていた手をそのまま折葉に伸ばし、頭を撫でる。
春陽:可愛いな、折葉は。寝起きだと堕天するんだもんな。
折葉:簡単に堕天するだなんて、あまりいい事じゃないぞ。

そのように、いつもの会話をしていると、ふと、それまで折葉を見ていた春陽が、丘の下の方を見る。
春陽:来たな。まあ、来るとは思っていたが。
折葉:どっちなんだ。
悪魔の視力は天使と同等か、ソレ以上と言われているが、春陽の視力は、一般的な悪魔のソレよりも、遥かに性能がいい。
故に、折葉よりも遠くの景色をハッキリと視界に収める事が出来る。
春陽の目には、箒で低空飛行する1人の魔女の姿が映っていた。

春陽:1人、だな。
折葉:てっきり近くの街から兵を呼び、群衆で来ると思っていたが、何か事情があるのだろうか。
春陽:俺達の遺跡で、何らかの目的を果たそうとしているのか。
何て罰当たりな人間なんだ。殺そう。
折葉:待て待て。こちらとしても、人間全体を敵に回すのは避けたいだろう。いちいち面倒だ。
1人殺せば1万湧いてくるぞ。とりあえず、話だけでも聞けばいいんじゃないか。
春陽:それで相手の気が済むといいがな。

折葉:要求があるなら、クエストとして受けてもいい。まあ、どのような内容かにもよるが。
そうやすやすと、ここはクリアさせてはならないからな。
春陽:俺達の愛の巣だからな。
折葉:やれやれ。とにかく、最初にここに来た時に、街に挨拶に行かなかった事が原因なら、ボク達が多少悪いのかも知れない。
春陽:人間のご近所付き合いごっこまでしなければならないのか。
人間への配慮が大変だな。熾天使様は。
折葉:そうだな。正直に言って大変だ。
そして、いつまで撫でているんだ。角悪魔め。

春陽の手をアホ毛でぺしぺしと、いなしながら、同じ方向を見た折葉の視界にも、魔女がやっと移った。
折葉:流石に昨日、逃げる時にMPをかなり消耗したみたいだな。
昨日より速度が落ちている。つまり、今日は…
春陽:戦闘よりも、交渉の確率の方が高いな。
暫く待っていると、魔女の方から大きな声をかけてくる。
魔女:昨日も言った通り、また来ましたわよ!護衛の角悪魔に、そして恐ろしい熾天使様。
折葉:用件は何だ。昨日ボク達を襲撃した目的も答えてくれ。

魔女は、ある程度近くまでやってくると、箒の上で一礼をする。
魔女:その事についてなのですが。確かに、ワタクシは昨日、貴方達を攻撃しました。
しかし、あくまで弱らせる目的で、殺すつもりも、ワタクシ如きが貴方達を殺せるとも思っておりません。ソレには理由があるのです。
春陽:逆に理由が無かったら困るのはお前だからな。俺達がきちんと納得出来るような理由を持ってきたんだろうな。
そうでなければ、護衛の角悪魔に殺されるだろうからな。
畳み掛けるように言葉を発する春陽の瞳は、不吉な金色に輝いていた。
魔女:お、お待ちを。ご慈悲をくださいませ。
ワタクシのような、か弱く愚かな人間は、時に間違いを犯してしまうモノでしょう?

折葉:それで、どうして間違えたのか。まずそこから聞こうか。
魔女:ええ。昨日の夜に、冒険者ギルドでお酒を嗜んでおりましたら、クエストとして、遺跡の探索が出ておりました。
街で1番の冒険者であるワタクシは、行かざるを得ませんでしたわ。
春陽はその言葉を聞くと、思わず鼻で笑う。
春陽:街で1番?まあ、折葉の魔法には耐えたか。それに田舎の街だろうし、虚偽ではなさそうだな。
折葉は淡々と、尋問するように質問を重ねる。
折葉:では、どうしてパーティで来なかったんだ。少しでも人数が居た方がいいだろう。
それに、人間が組むのは大抵4人パーティだ。
春陽:ハブられていたのか?まあ、そんな感じの性格してそうだしな、お前。

魔女:…一般的なクエストではありませんでしたので。恐らく、貴方達が想像しているような。
折葉:とても抽象的だな。もう少し詳しく話してくれないだろうか。
春陽:そうだ。お前が折葉の視界に入っている時間は短い方がいい。
魔女:いちいち何ですの。…わかりましたわ。
実はその特殊なクエスト、受けられるのは1人限定かつ、女性専用だったのです。
首を傾げる折葉と、アイマスクをようやく取る春陽。
折葉:…?
春陽:何だ?その内容。

魔女:クエスト曰く、遺跡に保管されているAFである「聖なる女王の水」を口にした女性は、勇者を身ごもる事になるという予言があったらしいのですわ。
折葉:……
春陽:何だ、そのデマは。
折葉:いや、有り得ない話ではないな。実際に探してみれば、倉庫のどこかにあるかも知れない。
春陽:そうなのか。じゃあデマじゃないな。
折葉:それで、勇者の母親になるべく、自分の意思でここまで来たのか?
やけに大人しい魔女は、こくりと頷く。
魔女:そうなのです。

春陽:今回の勇者はシングルマザーか。
折葉:成程、繋がってきた。今回は、ボク達を弱らせて盗む事が出来ないと理解し、話し合いにした訳か。
魔女:その通りでございますわ。
折葉:…しかし。
春陽:ああ。
2人の意見は同じだったようで、春陽と折葉は同時に魔女に人差し指を突きつける。
折葉:貴女は無いだろうな。
春陽:お前は無いな。

魔女:~~っ!何ですって~!?
折葉:…ん?
魔女:こっちが下手に出ていれば、ワタクシが相応しくない!?
街の冒険者で1番優秀の、ワタクシに何て事を言うんですの!?
春陽:本性が出たな。ババア。
魔女は歯ぎしりをし、顔を真っ赤にする。
魔女:ぽっと出の…悪魔と天使。強いからって…ワタクシは…!
折葉がバチっと音を立て、二丁拳銃を出す。
折葉:敵対心を持ったという事でいいか?流石に毎日来てもらっては困るのでな。
すっと折葉の前に立つ春陽。
春陽:いや、処理は折葉にはさせられない。下がっていろ。
こんなババアの血で折葉を汚す訳にはいかない。

魔女:ワタクシこそ勇者の母親に相応しい筈!考え直しては貰えないのかしら?
折葉:残念だが、その相談は、無理だな。
春陽:実力があればいいという訳でもないしな。
それに、その肝心の実力も、その程度ではな。
魔女:何度も言っているように人間の中では凄い方なの!
というか、普通の悪魔と天使だって貴方達程はきっと強くないわよ。何なの!?
折葉:遺跡の番人が決めた事なんだ。仕方が無いだろう。
貴女は、今すぐ帰るか、ここで命を散らすか、その二択だ。
春陽:さあ、帰れ。俺の剣がお前を切り刻まない内にな。
春陽:(まあ、何も聞かされていない俺達からしたら、このAFの情報は大きい。帰らせてやってもいいだろう。)

魔女:っ!ギルドの中での評判もかかっているの!ここで帰る訳には…!
中々帰らない様子の魔女に、ため息をついた折葉が、左手を伸ばす。
折葉:では、ボク達の都合のいいように記憶を弄ってしまっても構わないのだぞ。
その手を取った春陽は、魔女を見やり、正論を述べる。
春陽:…事実をそのまま伝えて、なぜ評判が落ちるんだ?
到底人間の手で何とか出来るモノじゃないと、理解していない方が愚かなんじゃないのか?
目の前の角悪魔と熾天使の圧迫感に、息も出来なくなりそうな魔女は、辛うじてごくりと固唾を飲んだ。

折葉:とにかく、どうしても、貴女には渡す気にはなれない。
春陽:体裁を気にするなら、俺達が数100年ぶりに初めて交流した人間という称号だけでいいだろう。
春陽:(そもそも、そんなに体裁を気にする女を、勇者の母親にしたくはない。)
魔女:…わかりました!では、その称号を持ち帰り、クエストを達成したいと思いますわ。
思えば、こうして話してくださっている事自体、光栄ですものね。
気持ちを切り替え、高笑いをした魔女は、箒でふわりと浮く。

魔女:お陰様でいい称号が貰えましたわ!
折葉:記憶がそのままでよかったな。
春陽:頭が高いぞ。もう来るな。
アホ毛をぴょすんとした折葉は、そっぽを向いて呟く。
折葉:街には、友好的な番人であったと伝えてくれ。
春陽:(番(ツガイ)に人と書いて番人。いいな…)
魔女:も、勿論ですわ!それでは、本当に勇者に相応しい母親が来た時に、どうか幸がある事を祈って。
豊かな胸に手を当てた魔女は目を瞑り、祈る。

そして、ぱちりと目を開けると、2人に向かってひらひらと手を振り、ゆっくりと去っていった。
折葉:…成程な。勇者の母親になれるAFか。そのようなモノがあるだなんて知らなかった。
春陽:とりあえず、倉庫にあるモノには、幾ら俺達でも不用意に触れない方がいいかも知れないな。
折葉:まあ、邪な力が備わっているモノには、あまり触りたくはない。そこは春陽くんに任せる。
春陽:全部、俺に任せて、今日はゆっくりお休み。折葉。
意見を纏めた春陽は、折葉を姫だっこして、遺跡へと向かう。
顔を見た折葉は、ようやく気が付いて、言葉を漏らす。
折葉:いつの間に、アイマスクをしていたんだ。煽りか?
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