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~第1幕 人格破綻者の強欲~

ぷつりと意識が浮上し、予備動作無しで、がばりと起き上がる。
五十嵐:……
赤い目を開いて虚空を見つめている黒髪の美しい男。
色白な肌を晒しただらしないスウェット姿で、掛け布団もかけずに寝ていたようだった。

彼は、深刻な寝不足に苛まれていた。
ローテーブルに雑多に置いてある、薬の入った透明な袋をビリっと破き、中身を全て口内に押し付ける。
最後に、身体に悪い黒色の炭酸で無理矢理に流し込む。

五十嵐:っはあ…う。
特に、悪夢を見たという記憶も無い。しかし、精神衛生が濁っているという事は見ていないというのもおかしい。
導き出される答えは、悪夢の記憶を全て丸めて脳がシャットアウトしているという事。
彼の頭脳はとても明晰だ。ソレ故にか、精神的に一般人との差が生まれている。

その差は思考内容や感性に作用し、美しい外見をまるで罠だとでもいうように、誰もが彼を避けた。
わざとらしいくらいの周りの行動は、五十嵐にとっては、いっそ清々しいまであった。
つまり、彼は孤独を恐れない。では何が精神を蝕んでいるのか。
回答は考えてみれば簡単であった。そう、彼自身なのである。
蝕んでいるのも、苦しんでいるのも。

常に思考する歪みきった正論のエゴが、五十嵐という男である。
彼と接した人間の殆どは、それ以前よりも不幸となる。もはや暗黙の了解だ。風格からして普通ではない。
彼への気持ちが、思いが深くなればなる程に、人生に干渉している割合が多ければ多い程に、決して抗体の出来ない毒を飲んでいるような感覚になる。
人間関係に関する呪いでもかかっているかのようだ。

五十嵐は、飲みきった空き缶を、そっと置き、どさりとベッドから落ちる。
痛みや感覚も麻痺しているのか、声も上げずにぼーっとしたまま、のそりとゲーミングチェアに乗る。
立ち上がりっぱなしのデスクトップモニターを見たまま、首を捻る。
五十嵐:んん…
コキコキと音が鳴る。肩がこっているのだろう。

五十嵐:…!
ふと、ばっと後ろを振り向く。何かに怯えているような五十嵐には、はっきりと聞こえてきた言葉があった。
???:みずきゅん。
精神的負荷による幻聴だ。そこには誰も居ない。
そうだとわかった上で、五十嵐は幻聴の言葉に返す。

五十嵐:そう、呼ぶのは僕の現実(リアル)に存在している人間じゃない。
消えてくれ、今は用が無い。幻聴(フィクション)。
僕がアクセスしたい時だけ、都合のいい相手であるなら許容しているが、君から僕に干渉してこないでくれ。
1人で虚空に話しかけている廃人だ。傍から見れば、完璧に異常者だろう。

五十嵐:コレは精神疾患による、死へのイメージの具現化だ。願望じゃない。
眠るのは君の方だよ。僕じゃない。苦しいからって主人に嫌がらせしても、何にもならないぞ。
分離せず僕の思考の中に戻っておいで。僕は賢いんだから、君も賢いだろう。さあ。

心臓の鼓動が落ち着いてきた事を感じると、五十嵐は一瞬、少し楽になったような表情になる。
五十嵐:…はっ。自分に対して精神分析だなんて、明らかに正気じゃない。
流石にササシュンも驚くだろうから、今は居なくて良かった。
ずるりとゲーミングチェアの上で気だるげに体育座りをした五十嵐は目を瞑る。

そこで、フラッシュバックのような幻覚が彼を襲う。
五十嵐:っ…!う。
恐らく、先程見たであろう悪夢の内容だ。
何度も何度も黒い影に殺されるような、どこにでも落ちていそうな悪夢。
五十嵐:はあ…怖くないな。僕は死ぬ。ソレは合っている。
人間だからな。だけど同時に、僕は死なない。そう確信している。
わからないだろう?試してみるか?そこの君。

五十嵐の好戦的な赤い瞳と目線の合った、彼には見えない筈の這い寄る男は、にたりと笑みを浮かべた。

――狂気とのリンク度が+されました。
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