パラノイア1997 -1話-
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宿に戻った私たちの側に主人と従業員たち──といっても総勢五名にすぎない──が寄ってくる。主人以外は屈強な男ばかりで、どちらかというとザックスを警戒しているようだ。
「お戻りになられましたね。申し訳ありませんが、少しお時間をいただけませんか」
「……ええ。わかりました」
了承する私の側で、別の男がザックスに話しかける。
「申し訳ございませんが、こちらのお客様との話し合いですので……当ホテルと無関係の方はご遠慮願います」
「なんだよ。別に良いじゃん。女の子ひとりを大勢で囲んでさ」
素知らぬふりで口を尖らせたザックスの目だけが本音を語る。1stソルジャー資格を持つ者に一般人が危害を加えられるとは思っていないだろうが、人質にでもされないかと考えているらしい。
もちろんザックスには戻る前に、私が1stソルジャーであることは決して漏らさないよう口止めをした。1stと2ndのソルジャーが二人も揃っているとなれば、和解案が出るのに支障があるからだ。
「ザックス。一般の方相手に、威嚇するな」
私が言うと、ザックスだけでなく宿の主人たちもぎょっとした顔をした。私の口調がそれまでの民間人の素振りから、軍人のそれに変わったことも原因なのだろう。
微笑みを浮かべながら、私は宿の主人の目を覗き込んだ。
「プライベートの用件だったのですが。それでもご迷惑だったでしょうか?」
「み、身分証には、神羅のことは何も記載されておりませんでしたが?」
「ええ。一般人として来ておりましたから」
それは神羅カンパニーという企業が公権力と同化に等しい癒着をしている事実を指摘するものだが、敢えてそれを言うバカはいない。それよりも宿の主人は、この機会に神羅カンパニーの関係者である私に恩を売るか、あくまでも身分偽証を追及するかを決めかねているようだ。
五人は私たちの前で額をつき合わせて相談を始めた。出来るだけ声を潜めているが内容は丸聞こえだ。
「確かに、ここに来た時も普通だったよな」
「礼儀正しい娘さんが来てくれたって、村長も言ってたな」
「神羅だからって、全員が業突く張りとは限らないんじゃないか?」
「だが火の無い所に煙は立たん。神羅が何をしてきたか、我々はよく知ってるじゃないか」
「それでも仕事中じゃないと言うし……」
それでも節度を保って聞かないフリに徹していると、やがて決の出た相手が切り出した。
「本当に、一般人としてですか?」
「ええ。ですのであなた方は私について『何も知らない』と言えますよ。不十分でしたら、神羅関係者としての身分証明をすることも可能ですが?」
「うっ……それは」
「ただし、『知った』あなた方は、私を知っていることになる。私も本社に対してそう報告せざるを得ない。意味がお判りでしょうか?」
勿体をつけると男達はまた相談を始めた。今度は先ほどより声が大きい。
「どうする? 知っておいた方が良いんじゃないか?」
「トラブルが起きた時の保険になるかもな」
「恩を売れば、得になるんじゃ……」
「バカ言え。神羅だぞ? 目先の欲に目が眩んで、後悔することになったって話はいくらでもあるんだぞ?」
「今の言い方といい、こういうことはよくあるのかもな」
待機中のザックスが退屈そうに地面を見ている。頭上に感じる陽射しが随分と傾いた頃、ようやく返事があった。
「そちらのソルジャーの方は、この後も一緒に行動されるのでしょうか?」
「本部からそう指示がありましたので」
「そうですか……」
仲間と頷き合った後、その男は続けた。
「我々は、神羅の方とは無関係でありたいと日頃から切に願っております。しかしあなたに関しては、ただの個人としてお付き合いさせていただきたいのですが」
「神羅カンパニーに所属する私ではなく、プライベートでということですね?」
確認する私の斜め後ろでザックスが眉をひそめた気配がした。そんなことはできっこないと知っているのだ。
だが私は、出来る出来ないではなく、個人として私を尊重してくれるという申し出を受けようと思った。神羅カンパニーの1stソルジャーとしての私も、それが妥当で平穏だと言っている。おそらくこの件について彼らは「妥協した」と考えているだろうから、見返りを期待しているだろうが。
「わかりました。そういうことでしたら、この男は神羅のソルジャーではなく、私がポケットマネーで雇った護衛とお考えください」
「お、おい、ルシェル!」
「この男の名前はザックス・フェア。既にお分かりかもしれませんが、2ndクラスのソルジャーです。今回の任務は私の護衛で、全ての行動において私の命令に従います」
ザックスが口を挟もうとするが、目配せで黙らせた。露骨なそれは、目の前の男達には都合よく映ったことだろう。
「確かにそのようですね。宿に彼の部屋を用意しましょうか?」
「いえ。突然でご迷惑でしょう。私の部屋で構いません」
途端に下卑た方向の想像をしたらしい男達の好奇の視線が向けられたが、私は受け流した。
私が神羅関係者であると知られた以上、最悪のケースの想定がもっと最低な方向に動いたからだ。一代で世界的な企業に急成長した神羅カンパニーは強引かつ乱暴なやり方で規模を拡大してきた。それは企業同士の係争に留まらず、施設軍隊を保有した頃から人を人とも思わない、時に命を奪うやり方での活動が増えたと聞いている。創業者にして現社長のプレジデント神羅の敏腕ぶりは伝説になるほどではあるが、その全てがクリーンとはいかなかった。最初は傷を負わせることにも抵抗があったものが、今や殺人すら辞さない。
しかし誰もが就職したいと憧れるほどの大企業だ。公共事業や慈善事業などの巧みな宣伝活動により反感以上に支持を集め、薄々は違和感を覚えた人材も高待遇に釣られて集結する。そしてどんなやり方でも瓦解させられない王国に仕上がっていく。その対外アピールの道具にも用いられるのがソルジャー。特にクラス1st、セフィロスだ。
子供も大人も1stソルジャーには憧れや畏敬を抱く。分かりやすい例えでいえばアイドル化した1stソルジャー各個においては神羅内外を問わずファンクラブまで存在する。多くが昇格時に神羅の顔としての因果を含められ、1stの社内特権を失わない為に道化に徹している。強さを至上とするカリスマだ。2ndクラスに昇格したソルジャー達も、任務をこなすうちにその義務と特権に気づき、更なる1stの神格化を目指すだろう。
外部から見た神羅のやり方というのは実に姑息に映るだろうが、一方でマニュアル化していることも知られている。今対面している宿の関係者たちからすれば、我々は実に穏便に事を運ぼうとしている方だ。彼らから見て軍人ではない者が従えているのは2ndソルジャーなので、民間人でも倒せない相手ではない。ゆえに危機感を覚えさせたにしても軽度のはずだ。彼らも全くの石頭ではない。神羅カンパニー内部にも穏健派というものが存在し、仕事さえ無事に済めば民間には友好的な者がいることも理解できるだろう。私達もそうであると思わせるためにひと芝居打つのは苦ではない。不要な戦闘行為や殺人は極力避けるべきなのだから。
「えっと……俺、ちゃんとシャワー浴びるから! パンツも替えるし!」
「……バカじゃないのか?」
最大級の勘違いをしているザックスが一番厄介かもしれない。男達は明らかにほっとしたか、小馬鹿にした様子で、彼らの想像とは異なる「バカなソルジャー」を眺め、それに応じる私の軽口を一般人と変わらない反応と見てくれたようだ。
「あの、ルシェルさん。込み入った話で悪いが、もしかしてそのソルジャーの兄さんとは、お付き合いされているとか?」
「そ、そのように見えますか……?」
語尾を濁した私はやや大根な演技でザックスを上目遣いに見つめた。他人からは実年齢より若く見えると言われているので、おそらく勝手に誤解してくれると踏んだのだ。
「ちょ、ルシェル。そんなに見たら、照れるんだけど……」
「まさかこんな所でザックスに会うなんて思っていなかったんだ!」
三文芝居だと我ながら思う。が、作戦としては正解だった。視界の隅で宿の主人が笑っている。
「なるほど。そういうことでしたか。それで一緒の任務とは、神羅カンパニーも粋なことをされるんですね」
「ああ、焦った。こんな所に何の用かと思ったけど、2ndさんだもんなあ」
実際にもそうだが、世間の認識でもソルジャーのクラス1stと2ndには戦闘能力や権限において大きな隔たりがある。ワンランク下の3rdに比べて強くはあるが在籍数が多いこともあり、田舎でもしょっちゅう見かけるはずだ。
「いや、たまたまですって。申し訳ないけど、他の関係者には内緒にしてもらえると助かるんですけど……」
「いやいや兄さん。こんな美人の彼女さんがいるんなら、ちゃんと言っておかないと。狙われちゃうよ。ああ物騒な意味じゃなくてね」
すっかり気を抜いた風で彼らと談笑を始めたザックスの側で、私は宿の主人と正式に取り決めをした。今回の宿泊利用はプライベート扱いにしてもらえそうだ。
「ザックス。行くぞ」
「ああ。それじゃ皆さん、もうちょっとだけお世話になります」
「おう。あんたも頑張りなよ」
打ち解けた一人がザックスに声をかけつつ、私に意味深な目を向けてくるので照れたフリをしておいた。しかしあの様子では本気でザックスに親近感を覚え始めているのかもしれない。この場ではありがたい特技だ。
もちろん2ndにもなればそれなりの場数を踏んでいる。戦場で休息をとったこともないルーキーでもあるまいし。本部で訓練する際には基本的に性別で分断されるが、現場ではそんな配慮はない。私と同室なのは当然だ。
人目のある所ではおちゃらけていたザックスは、宿に入って私と一対一になると仕事中の顔になってくれた。
「さっきは失礼しました。でも、あれで良かった気がするんだけど」
「ああ。ああいうので良い。不意打ちされるにも、どこかで油断してくれやすくなるだろう」
警戒しながら言葉を交わす。盗聴器があるか否かのチェックは指示しなくてもザックスがしてくれた。むろん魔法でもチェックした。知らぬ存ぜぬを決め込むと宣言した宿主たちがそんなものを設置していたら面倒事が増えたに違いないが、彼らは正直だったようだ。あるいは2ndソルジャーを従えた私に恩を売った方が得と考えたか。
今頃は、神羅カンパニーの非戦闘員と誤解されているに違いない私と俗っぽさが抜けない2ndソルジャーの恋愛話の妄想で盛り上がっているに違いない。しばらくは人目のあるところでは、そんな感じの演技を続けるのが得策か。
「ところでルシェル。シャワー浴びる?」
「先に行っていいぞ」
「いや一緒に行こ?」
「……兄さんの連絡先は……」
セフィロスに連絡する素振りをすると、ザックスは慌てて指示通りに先にシャワーを使いに行った。私は呆れながらついでにとセフィロスにメッセージを送った。返信によるとザックスの任務変更は無事に受理されたようだ。
何もされていないかと聞かれたので、ザックスは大人しくしていると返信しておいた。同室だとも一応伝えておくが、任務中なので気にされないだろう。送ってから動物かペットの近況報告のようだと思ったが、セフィロスからの返信は「セクハラされたら報告しろ。それと、あいつは誰とでもすぐ仲良くなるが、それで打ち解けた相手に入れ込む癖があるので注意しろ」だった。心に留めておくことにする。
交替で私がシャワーを浴びに行く際にもザックスがジョークを飛ばしたが、私が魔法使いだと再確認させつつ魔法マテリアを装着したバングルを見せると、しょんぼりとソファに戻っていた。
食事はルームサービスにしてもらった。宿側としても神羅関係者と分かった私を他の宿泊客の前に晒すのは如何なものかと考えたのか、特に何も言われなかった。食事を受け取ったザックスには先にチップを渡しておく。宿の者とも雑談を交わしたザックスが妙にニヤニヤしていたが、また私をダシに何か話していたのだろう。
サービスなのか妙に豪華な食事をありがたく摂った後で、私はザックスに帰路について説明した。
「あと一箇所、回りたいポイントがある。それが終わったら、晴れて帰還だ」
端末にマップを表示させると、覗き込んだザックスが首を傾げた。
「海に近いな。帰りは船なのか?」
「いや。チョコボを使う」
マップを拡大すると、海に面した渓谷の側に砂粒のようなチョコボファームのマーキングが見えてくる。局地での移動手段としては有用だが、神羅の拠点の無いそこから目的地までだとチョコボのレンタル料金だけでとんでもない額だと呟かれた。
「大丈夫だ。ちゃんと私のチョコボを使うから」
「えっ? ルシェルの? チョコボ持ってるのか?」
「元は軍用だが。性格に難があって処分するというから、譲ってもらったんだ」
普段はファームで世話してもらっている私のチョコボの写真を見せると、ザックスは目を輝かせて喜んでいた。動物が好きなのかもしれない。
「けど……本気であんたに懐いてるように見えるけど」
写真を眺めて首を捻られる。くすんだ色味の茶色の羽毛と灰色の目を持つチョコボが私に向けて両翼を伸ばし、最大級の親愛行動を示している。
あの子が軍から不適格扱いされたのは幼鳥の頃だが、写真はその頃から欠かさず撮ってきた。今は私の背丈を軽く超える巨大なチョコボ種の成鳥になっている。それが私に頬を寄せるように写っているのが珍しいのだろう。
「どういう訳か、昔から鳥に好かれるんだ」
そのお陰で、性格難とされたあの子も私には心を開いてくれたようだった。巨大鳥に分類されるチョコボ種は卵から孵化して三週間ほどで個性が出てくる。神羅カンパニー直轄のファームでは生後二か月ほど経過した時点の成長度合いや性格によって適性判断され、軍用の調教を受けさせるか、あるいは民間に払い下げされるかが決まる。大半の場合、適性の無い幼鳥の末路は食用だ。
だがたまたま、その現場に私が居合わせ、あの子と対面した。人間の命令に逆らってばかりのあの子はどうしてだか、私が挨拶代わりに差し出した野菜を食べた。それまではファームのスタッフすら手に持った野菜を食べさせることができなかったらしい。素人には理解し難い話だが、長年チョコボの調教に携わってきた顔見知りにこのままではこのチョコボは食肉にされると聞かされ、資質だけは十分だと保証されつつ引き取り要請をされたのだ。
断ろうとしたが、結局は引き取ることになった。あの子はそれまで調教を受けていた軍の厩舎には戻りたがらず、仕方なしに民間のファームに預けた。成長するにつれて優れた資質を開花させ、山も川も問題なく渡れるようになった。
「名前は?」
「ヴィリジスト」
「良い名前だな」
実は名付け親は私だ。だからか、世辞でも褒められて悪い気はしなかった。名前の元ネタがその頃の私が覚えたばかりの外国語というのは伏せておくが。
「それで、このヴィリジストに二人乗りするのか?」
「ああ。問題ないはずだ。お前が見た目に反して超重量級なら考えるが」
標準よりもがっしりとしているが肥満ではないザックスの体格を見ながら答えた。
ヴィリジストはファームの男性スタッフが四人乗ってもトップスピードで駆け回れる。軍用に品種改良されてきた親鳥の血がしっかりと受け継がれている。白兵戦用の調教も受けていて、銃器の運搬や騎乗中の発砲も可能だ。
「いやいや。体重は適正値だって。それにチョコボは結構乗り慣れてるし。交替で手綱を握ればいいよな?」
「いや。たぶん私の言う事しか聞かないぞ」
個性にもよるが、知能が高い動物ほど人見知りをする傾向にあるという。身の回りの世話をする人間には感謝してくれるので、ファームのスタッフはよほどの事がない限り拒絶されないが。初対面のザックスは無理だろう。あの子がオスだということも私は付け加えて説明した。
「マジかよ……ちょっとやってみたかったのに」
「ダメ元であの子にお願いしてみるんだな。機嫌が良ければ、ひょっとするぞ?」
意地悪な奴じゃない。誠心誠意、頼み込まれたと思えば、それなりに対応してくれるだろう。
それから私の任務について補足説明をした。各地の天然マテリアを回収していることは説明したが、ザックスは先の洞窟で回収済みのマテリアの正体が知りたくて仕方ないらしい。ケースに入ったマテリアをためすすがめつしている。
人が魔法を使う媒介というには実用性に乏しい、学術的価値のみの存在であるのは事実。ただ宝条博士すら見過ごす価値は、私にとっては重要だったのもまた事実。魔法に使うはずのリソースを他の部分に割いたものだ。
「結局それは、何のマテリアなんだ? ……あー、言える範囲で良いけど」
ケースに幾つか詰まった小石ほどのマテリアに質問が投げかけられる。2ndに知れる限界だと伝えたことは覚えているようだ。
だから教えることにした。大した秘密ではないし、私レベルの魔法使いでなければ悪用すら難しい。それに、なんとなくこのザックスに好感を抱いていたからかもしれない。
「簡単にだけ教えてやろう。要は『空(から)』だ」
「……空? カラっぽってことか?」
「魔法的な意味ではな」
私はケースからひとつ、天然マテリアを取り出した。掌に満ちた魔力に反応したそれが赤く光るのを、ザックスが驚きの目で見つめる。
回収時は淡いグリーンだった切片は、今や血のような深紅だ。流通しているマテリアを外見で判断する最も分かりやすい材料が色だが、赤系は召喚魔法用を意味する。一部を除いて最も希少とされるものだ。
「な、なんだよ、召喚マテリアだったのか? なんで空なんて……」
焦るザックスは召喚マテリアの市場価値を知っているのだろう。現存する召喚マテリアの半数以上が神羅カンパニーの管理下にあるが、その価値は最も低いものでもソルジャーが定年まで勤めた場合の生涯年収に匹敵する。つまり人生を二回ほど遊び暮らしても釣りがくる額だ。総数でも五十に満たない召喚マテリアは他のマテリアと異なり複製方法が存在しないとされていて、市場に出回ることはありえないが。
のけぞったザックスの手目掛けて、私は赤く光るマテリアを投げた。
「うわっ? 何して……うん?」
慌てて拾ったザックスは自分の手の中を見て固まっている。赤い光は儚く消え、元の淡いグリーンの光もどこか薄れたようなそれに、壊したとでも思ったか。
「べ、弁償……できねえよな。はは……」
「あーあ。学会でも一個数千万ギルで取引されてるのにな」
「うえええっ?」
ガタガタと震えて青褪めてきた反応を見るのは面白いが、騒がれても困るので早急にタネ明かしすべく、私はザックスからマテリアを取り上げた。
途端に赤い光が戻る。そのように仕向けたのは私だが、現金なものだ。
「えっ? 直っ……た?」
「故障とかじゃない。これは魔法使いのうち、適性のある者の魔力に反応しているんだ」
選ばれし者、とふざけて口にした「彼」の言葉が蘇る。私のようにマテリアへの探知能力の高い魔法使いにのみ反応する天然マテリアがあるらしい。らしい、というのは長く適正値を満たす者が出現せず、各地の伝承や文献に残るのみの存在だったからだ。私の場合は赤だが、青や黄、緑に光らせる者もいたらしい。触れた者が意識して魔力を込めないと光らないので、何気なく触っただけでは分かり難いのも特徴だ。
その事実は最初、神羅カンパニーですら掴んでいなかったし、セフィロスが手にしてもこの天然マテリアが光ることはなかった。後から発覚するよりはと宝条博士にも報告はしたが、光るだけの石に利用価値はないと言うのが彼の見解だった。それでも後に利用方法が発見された場合に備えて、私が回収に行かされたのだが。
「ちなみに学会で取引されているのは嘘だ。全く売れないクズ扱いだから、間違っても売り飛ばそうとしないように」
「ギクッ……じゃなくて! あんた、そこそこユーモアあるんだな」
まあ良かったけど、とため息をついたザックスへの詫びに、私は一つだけ天然マテリアを進呈した。使い道はないが、万一彼が見つけることがあったら、ちょっとしたイレギュラーとして役立つかもしれない。
観察する限り、魔法使いとしての才能は無いようだが。
「ありがと。んー、あんたの色になってないのが残念だけど、大事にするよ。なんなら指輪にするとかさあ」
「戦いの邪魔にならないか? 石の部分で殴るといっても、敵も防具くらい着けてるだろうし、割れるかもな」
「……いや。そんなに真っ直ぐな目で答えられても」
はあ、と大きなため息が聞こえた。かと思えば、すぐに顔を上げてくる。
「ところで、ベッドが一つしかないみたいだけど……」
「ソファがある。不可抗力とはいえ、途中で呼んだのは私だからな。お前がベッドを使って良いぞ」
「いや女の子からベッドを奪うなんてナシだろ。俺がソファに行くって」
「バカを言うな。休んでおかないと、明日以降はそれなりに強行軍だぞ」
就寝時間までこのやりとりが続いたのには、我ながら呆れた。
渋るザックスが親切心で一緒にベッドで寝ようと言うのを丁重に断ると、私は奴がベッドに寝転がるのまで確認してからソファに横になった。ザックスの体格では狭くて寝心地が悪いだろうが、私にとってはまあまあ快適な寝床だ。
互いにベッドに入ってからも、ザックスは話しかけてきた。
「なあ……俺の事、信用してくれてる?」
「味方だろう。信用できなくてどうする? それにお前はセフィロスの友人だ」
「そうじゃなくてさ。男と二人きりで同じ部屋で寝るとか……」
言わんとするところが想像できた私は、思わず吹き出した。
「ああ! そういうことか! お前の方が面白いな! あははっ!」
「脈ナシな反応……」
期待を打ち砕かれ、項垂れるのが想像できる声が返ってくる。
「いや、もう本当に、面白い! 言っておくが私はその手の冗談はあまり好きじゃない。特に寝起きはジョークが通じないからな」
「寝起き、悪いんだ?」
「すごくな」
照明を落とした室内でザックスの方を見た私はとても良い笑顔だったはずだ。そしてソルジャーの視力はその私の表情を見分けたはずだ。
残念ながら生存目的や任務以外で出会ったばかりの男と寝る趣味は私にもない。好感の持てる性格ではあるが、この調子で毎回誰かしらと寝ているのかと勘ぐられるとは思わないのだろうか。
「わかってるよ。出会ったばかりで、そういうのは今まで俺もなかったんだ」
「お前の経験談は語らなくていい。今のお前はセフィロス直々に任命された私の護衛だ」
就寝前に他人の恋愛経験など聞きたくもない。私は掛布団を頭から被ると、「おやすみ」とだけ告げて瞼を閉じた。
言い訳になるので言うつもりもないが、別室にしなかったのは戦場では男女の別などあって無きが如しの癖が、民間でも出てしまっただけだ。何も起こらないし起こさせないが、よくよく考えれば他人の目の無い環境下でザックスと同室で就寝したことは問題になるかもしれない。根っからの軍人のハイデッカーはともかく、男女問題に嫌悪感を抱いている節のある宝条博士が納得するかどうか。
悩む私から少し遅れて、「おやすみ」と返事があった。
「お戻りになられましたね。申し訳ありませんが、少しお時間をいただけませんか」
「……ええ。わかりました」
了承する私の側で、別の男がザックスに話しかける。
「申し訳ございませんが、こちらのお客様との話し合いですので……当ホテルと無関係の方はご遠慮願います」
「なんだよ。別に良いじゃん。女の子ひとりを大勢で囲んでさ」
素知らぬふりで口を尖らせたザックスの目だけが本音を語る。1stソルジャー資格を持つ者に一般人が危害を加えられるとは思っていないだろうが、人質にでもされないかと考えているらしい。
もちろんザックスには戻る前に、私が1stソルジャーであることは決して漏らさないよう口止めをした。1stと2ndのソルジャーが二人も揃っているとなれば、和解案が出るのに支障があるからだ。
「ザックス。一般の方相手に、威嚇するな」
私が言うと、ザックスだけでなく宿の主人たちもぎょっとした顔をした。私の口調がそれまでの民間人の素振りから、軍人のそれに変わったことも原因なのだろう。
微笑みを浮かべながら、私は宿の主人の目を覗き込んだ。
「プライベートの用件だったのですが。それでもご迷惑だったでしょうか?」
「み、身分証には、神羅のことは何も記載されておりませんでしたが?」
「ええ。一般人として来ておりましたから」
それは神羅カンパニーという企業が公権力と同化に等しい癒着をしている事実を指摘するものだが、敢えてそれを言うバカはいない。それよりも宿の主人は、この機会に神羅カンパニーの関係者である私に恩を売るか、あくまでも身分偽証を追及するかを決めかねているようだ。
五人は私たちの前で額をつき合わせて相談を始めた。出来るだけ声を潜めているが内容は丸聞こえだ。
「確かに、ここに来た時も普通だったよな」
「礼儀正しい娘さんが来てくれたって、村長も言ってたな」
「神羅だからって、全員が業突く張りとは限らないんじゃないか?」
「だが火の無い所に煙は立たん。神羅が何をしてきたか、我々はよく知ってるじゃないか」
「それでも仕事中じゃないと言うし……」
それでも節度を保って聞かないフリに徹していると、やがて決の出た相手が切り出した。
「本当に、一般人としてですか?」
「ええ。ですのであなた方は私について『何も知らない』と言えますよ。不十分でしたら、神羅関係者としての身分証明をすることも可能ですが?」
「うっ……それは」
「ただし、『知った』あなた方は、私を知っていることになる。私も本社に対してそう報告せざるを得ない。意味がお判りでしょうか?」
勿体をつけると男達はまた相談を始めた。今度は先ほどより声が大きい。
「どうする? 知っておいた方が良いんじゃないか?」
「トラブルが起きた時の保険になるかもな」
「恩を売れば、得になるんじゃ……」
「バカ言え。神羅だぞ? 目先の欲に目が眩んで、後悔することになったって話はいくらでもあるんだぞ?」
「今の言い方といい、こういうことはよくあるのかもな」
待機中のザックスが退屈そうに地面を見ている。頭上に感じる陽射しが随分と傾いた頃、ようやく返事があった。
「そちらのソルジャーの方は、この後も一緒に行動されるのでしょうか?」
「本部からそう指示がありましたので」
「そうですか……」
仲間と頷き合った後、その男は続けた。
「我々は、神羅の方とは無関係でありたいと日頃から切に願っております。しかしあなたに関しては、ただの個人としてお付き合いさせていただきたいのですが」
「神羅カンパニーに所属する私ではなく、プライベートでということですね?」
確認する私の斜め後ろでザックスが眉をひそめた気配がした。そんなことはできっこないと知っているのだ。
だが私は、出来る出来ないではなく、個人として私を尊重してくれるという申し出を受けようと思った。神羅カンパニーの1stソルジャーとしての私も、それが妥当で平穏だと言っている。おそらくこの件について彼らは「妥協した」と考えているだろうから、見返りを期待しているだろうが。
「わかりました。そういうことでしたら、この男は神羅のソルジャーではなく、私がポケットマネーで雇った護衛とお考えください」
「お、おい、ルシェル!」
「この男の名前はザックス・フェア。既にお分かりかもしれませんが、2ndクラスのソルジャーです。今回の任務は私の護衛で、全ての行動において私の命令に従います」
ザックスが口を挟もうとするが、目配せで黙らせた。露骨なそれは、目の前の男達には都合よく映ったことだろう。
「確かにそのようですね。宿に彼の部屋を用意しましょうか?」
「いえ。突然でご迷惑でしょう。私の部屋で構いません」
途端に下卑た方向の想像をしたらしい男達の好奇の視線が向けられたが、私は受け流した。
私が神羅関係者であると知られた以上、最悪のケースの想定がもっと最低な方向に動いたからだ。一代で世界的な企業に急成長した神羅カンパニーは強引かつ乱暴なやり方で規模を拡大してきた。それは企業同士の係争に留まらず、施設軍隊を保有した頃から人を人とも思わない、時に命を奪うやり方での活動が増えたと聞いている。創業者にして現社長のプレジデント神羅の敏腕ぶりは伝説になるほどではあるが、その全てがクリーンとはいかなかった。最初は傷を負わせることにも抵抗があったものが、今や殺人すら辞さない。
しかし誰もが就職したいと憧れるほどの大企業だ。公共事業や慈善事業などの巧みな宣伝活動により反感以上に支持を集め、薄々は違和感を覚えた人材も高待遇に釣られて集結する。そしてどんなやり方でも瓦解させられない王国に仕上がっていく。その対外アピールの道具にも用いられるのがソルジャー。特にクラス1st、セフィロスだ。
子供も大人も1stソルジャーには憧れや畏敬を抱く。分かりやすい例えでいえばアイドル化した1stソルジャー各個においては神羅内外を問わずファンクラブまで存在する。多くが昇格時に神羅の顔としての因果を含められ、1stの社内特権を失わない為に道化に徹している。強さを至上とするカリスマだ。2ndクラスに昇格したソルジャー達も、任務をこなすうちにその義務と特権に気づき、更なる1stの神格化を目指すだろう。
外部から見た神羅のやり方というのは実に姑息に映るだろうが、一方でマニュアル化していることも知られている。今対面している宿の関係者たちからすれば、我々は実に穏便に事を運ぼうとしている方だ。彼らから見て軍人ではない者が従えているのは2ndソルジャーなので、民間人でも倒せない相手ではない。ゆえに危機感を覚えさせたにしても軽度のはずだ。彼らも全くの石頭ではない。神羅カンパニー内部にも穏健派というものが存在し、仕事さえ無事に済めば民間には友好的な者がいることも理解できるだろう。私達もそうであると思わせるためにひと芝居打つのは苦ではない。不要な戦闘行為や殺人は極力避けるべきなのだから。
「えっと……俺、ちゃんとシャワー浴びるから! パンツも替えるし!」
「……バカじゃないのか?」
最大級の勘違いをしているザックスが一番厄介かもしれない。男達は明らかにほっとしたか、小馬鹿にした様子で、彼らの想像とは異なる「バカなソルジャー」を眺め、それに応じる私の軽口を一般人と変わらない反応と見てくれたようだ。
「あの、ルシェルさん。込み入った話で悪いが、もしかしてそのソルジャーの兄さんとは、お付き合いされているとか?」
「そ、そのように見えますか……?」
語尾を濁した私はやや大根な演技でザックスを上目遣いに見つめた。他人からは実年齢より若く見えると言われているので、おそらく勝手に誤解してくれると踏んだのだ。
「ちょ、ルシェル。そんなに見たら、照れるんだけど……」
「まさかこんな所でザックスに会うなんて思っていなかったんだ!」
三文芝居だと我ながら思う。が、作戦としては正解だった。視界の隅で宿の主人が笑っている。
「なるほど。そういうことでしたか。それで一緒の任務とは、神羅カンパニーも粋なことをされるんですね」
「ああ、焦った。こんな所に何の用かと思ったけど、2ndさんだもんなあ」
実際にもそうだが、世間の認識でもソルジャーのクラス1stと2ndには戦闘能力や権限において大きな隔たりがある。ワンランク下の3rdに比べて強くはあるが在籍数が多いこともあり、田舎でもしょっちゅう見かけるはずだ。
「いや、たまたまですって。申し訳ないけど、他の関係者には内緒にしてもらえると助かるんですけど……」
「いやいや兄さん。こんな美人の彼女さんがいるんなら、ちゃんと言っておかないと。狙われちゃうよ。ああ物騒な意味じゃなくてね」
すっかり気を抜いた風で彼らと談笑を始めたザックスの側で、私は宿の主人と正式に取り決めをした。今回の宿泊利用はプライベート扱いにしてもらえそうだ。
「ザックス。行くぞ」
「ああ。それじゃ皆さん、もうちょっとだけお世話になります」
「おう。あんたも頑張りなよ」
打ち解けた一人がザックスに声をかけつつ、私に意味深な目を向けてくるので照れたフリをしておいた。しかしあの様子では本気でザックスに親近感を覚え始めているのかもしれない。この場ではありがたい特技だ。
もちろん2ndにもなればそれなりの場数を踏んでいる。戦場で休息をとったこともないルーキーでもあるまいし。本部で訓練する際には基本的に性別で分断されるが、現場ではそんな配慮はない。私と同室なのは当然だ。
人目のある所ではおちゃらけていたザックスは、宿に入って私と一対一になると仕事中の顔になってくれた。
「さっきは失礼しました。でも、あれで良かった気がするんだけど」
「ああ。ああいうので良い。不意打ちされるにも、どこかで油断してくれやすくなるだろう」
警戒しながら言葉を交わす。盗聴器があるか否かのチェックは指示しなくてもザックスがしてくれた。むろん魔法でもチェックした。知らぬ存ぜぬを決め込むと宣言した宿主たちがそんなものを設置していたら面倒事が増えたに違いないが、彼らは正直だったようだ。あるいは2ndソルジャーを従えた私に恩を売った方が得と考えたか。
今頃は、神羅カンパニーの非戦闘員と誤解されているに違いない私と俗っぽさが抜けない2ndソルジャーの恋愛話の妄想で盛り上がっているに違いない。しばらくは人目のあるところでは、そんな感じの演技を続けるのが得策か。
「ところでルシェル。シャワー浴びる?」
「先に行っていいぞ」
「いや一緒に行こ?」
「……兄さんの連絡先は……」
セフィロスに連絡する素振りをすると、ザックスは慌てて指示通りに先にシャワーを使いに行った。私は呆れながらついでにとセフィロスにメッセージを送った。返信によるとザックスの任務変更は無事に受理されたようだ。
何もされていないかと聞かれたので、ザックスは大人しくしていると返信しておいた。同室だとも一応伝えておくが、任務中なので気にされないだろう。送ってから動物かペットの近況報告のようだと思ったが、セフィロスからの返信は「セクハラされたら報告しろ。それと、あいつは誰とでもすぐ仲良くなるが、それで打ち解けた相手に入れ込む癖があるので注意しろ」だった。心に留めておくことにする。
交替で私がシャワーを浴びに行く際にもザックスがジョークを飛ばしたが、私が魔法使いだと再確認させつつ魔法マテリアを装着したバングルを見せると、しょんぼりとソファに戻っていた。
食事はルームサービスにしてもらった。宿側としても神羅関係者と分かった私を他の宿泊客の前に晒すのは如何なものかと考えたのか、特に何も言われなかった。食事を受け取ったザックスには先にチップを渡しておく。宿の者とも雑談を交わしたザックスが妙にニヤニヤしていたが、また私をダシに何か話していたのだろう。
サービスなのか妙に豪華な食事をありがたく摂った後で、私はザックスに帰路について説明した。
「あと一箇所、回りたいポイントがある。それが終わったら、晴れて帰還だ」
端末にマップを表示させると、覗き込んだザックスが首を傾げた。
「海に近いな。帰りは船なのか?」
「いや。チョコボを使う」
マップを拡大すると、海に面した渓谷の側に砂粒のようなチョコボファームのマーキングが見えてくる。局地での移動手段としては有用だが、神羅の拠点の無いそこから目的地までだとチョコボのレンタル料金だけでとんでもない額だと呟かれた。
「大丈夫だ。ちゃんと私のチョコボを使うから」
「えっ? ルシェルの? チョコボ持ってるのか?」
「元は軍用だが。性格に難があって処分するというから、譲ってもらったんだ」
普段はファームで世話してもらっている私のチョコボの写真を見せると、ザックスは目を輝かせて喜んでいた。動物が好きなのかもしれない。
「けど……本気であんたに懐いてるように見えるけど」
写真を眺めて首を捻られる。くすんだ色味の茶色の羽毛と灰色の目を持つチョコボが私に向けて両翼を伸ばし、最大級の親愛行動を示している。
あの子が軍から不適格扱いされたのは幼鳥の頃だが、写真はその頃から欠かさず撮ってきた。今は私の背丈を軽く超える巨大なチョコボ種の成鳥になっている。それが私に頬を寄せるように写っているのが珍しいのだろう。
「どういう訳か、昔から鳥に好かれるんだ」
そのお陰で、性格難とされたあの子も私には心を開いてくれたようだった。巨大鳥に分類されるチョコボ種は卵から孵化して三週間ほどで個性が出てくる。神羅カンパニー直轄のファームでは生後二か月ほど経過した時点の成長度合いや性格によって適性判断され、軍用の調教を受けさせるか、あるいは民間に払い下げされるかが決まる。大半の場合、適性の無い幼鳥の末路は食用だ。
だがたまたま、その現場に私が居合わせ、あの子と対面した。人間の命令に逆らってばかりのあの子はどうしてだか、私が挨拶代わりに差し出した野菜を食べた。それまではファームのスタッフすら手に持った野菜を食べさせることができなかったらしい。素人には理解し難い話だが、長年チョコボの調教に携わってきた顔見知りにこのままではこのチョコボは食肉にされると聞かされ、資質だけは十分だと保証されつつ引き取り要請をされたのだ。
断ろうとしたが、結局は引き取ることになった。あの子はそれまで調教を受けていた軍の厩舎には戻りたがらず、仕方なしに民間のファームに預けた。成長するにつれて優れた資質を開花させ、山も川も問題なく渡れるようになった。
「名前は?」
「ヴィリジスト」
「良い名前だな」
実は名付け親は私だ。だからか、世辞でも褒められて悪い気はしなかった。名前の元ネタがその頃の私が覚えたばかりの外国語というのは伏せておくが。
「それで、このヴィリジストに二人乗りするのか?」
「ああ。問題ないはずだ。お前が見た目に反して超重量級なら考えるが」
標準よりもがっしりとしているが肥満ではないザックスの体格を見ながら答えた。
ヴィリジストはファームの男性スタッフが四人乗ってもトップスピードで駆け回れる。軍用に品種改良されてきた親鳥の血がしっかりと受け継がれている。白兵戦用の調教も受けていて、銃器の運搬や騎乗中の発砲も可能だ。
「いやいや。体重は適正値だって。それにチョコボは結構乗り慣れてるし。交替で手綱を握ればいいよな?」
「いや。たぶん私の言う事しか聞かないぞ」
個性にもよるが、知能が高い動物ほど人見知りをする傾向にあるという。身の回りの世話をする人間には感謝してくれるので、ファームのスタッフはよほどの事がない限り拒絶されないが。初対面のザックスは無理だろう。あの子がオスだということも私は付け加えて説明した。
「マジかよ……ちょっとやってみたかったのに」
「ダメ元であの子にお願いしてみるんだな。機嫌が良ければ、ひょっとするぞ?」
意地悪な奴じゃない。誠心誠意、頼み込まれたと思えば、それなりに対応してくれるだろう。
それから私の任務について補足説明をした。各地の天然マテリアを回収していることは説明したが、ザックスは先の洞窟で回収済みのマテリアの正体が知りたくて仕方ないらしい。ケースに入ったマテリアをためすすがめつしている。
人が魔法を使う媒介というには実用性に乏しい、学術的価値のみの存在であるのは事実。ただ宝条博士すら見過ごす価値は、私にとっては重要だったのもまた事実。魔法に使うはずのリソースを他の部分に割いたものだ。
「結局それは、何のマテリアなんだ? ……あー、言える範囲で良いけど」
ケースに幾つか詰まった小石ほどのマテリアに質問が投げかけられる。2ndに知れる限界だと伝えたことは覚えているようだ。
だから教えることにした。大した秘密ではないし、私レベルの魔法使いでなければ悪用すら難しい。それに、なんとなくこのザックスに好感を抱いていたからかもしれない。
「簡単にだけ教えてやろう。要は『空(から)』だ」
「……空? カラっぽってことか?」
「魔法的な意味ではな」
私はケースからひとつ、天然マテリアを取り出した。掌に満ちた魔力に反応したそれが赤く光るのを、ザックスが驚きの目で見つめる。
回収時は淡いグリーンだった切片は、今や血のような深紅だ。流通しているマテリアを外見で判断する最も分かりやすい材料が色だが、赤系は召喚魔法用を意味する。一部を除いて最も希少とされるものだ。
「な、なんだよ、召喚マテリアだったのか? なんで空なんて……」
焦るザックスは召喚マテリアの市場価値を知っているのだろう。現存する召喚マテリアの半数以上が神羅カンパニーの管理下にあるが、その価値は最も低いものでもソルジャーが定年まで勤めた場合の生涯年収に匹敵する。つまり人生を二回ほど遊び暮らしても釣りがくる額だ。総数でも五十に満たない召喚マテリアは他のマテリアと異なり複製方法が存在しないとされていて、市場に出回ることはありえないが。
のけぞったザックスの手目掛けて、私は赤く光るマテリアを投げた。
「うわっ? 何して……うん?」
慌てて拾ったザックスは自分の手の中を見て固まっている。赤い光は儚く消え、元の淡いグリーンの光もどこか薄れたようなそれに、壊したとでも思ったか。
「べ、弁償……できねえよな。はは……」
「あーあ。学会でも一個数千万ギルで取引されてるのにな」
「うえええっ?」
ガタガタと震えて青褪めてきた反応を見るのは面白いが、騒がれても困るので早急にタネ明かしすべく、私はザックスからマテリアを取り上げた。
途端に赤い光が戻る。そのように仕向けたのは私だが、現金なものだ。
「えっ? 直っ……た?」
「故障とかじゃない。これは魔法使いのうち、適性のある者の魔力に反応しているんだ」
選ばれし者、とふざけて口にした「彼」の言葉が蘇る。私のようにマテリアへの探知能力の高い魔法使いにのみ反応する天然マテリアがあるらしい。らしい、というのは長く適正値を満たす者が出現せず、各地の伝承や文献に残るのみの存在だったからだ。私の場合は赤だが、青や黄、緑に光らせる者もいたらしい。触れた者が意識して魔力を込めないと光らないので、何気なく触っただけでは分かり難いのも特徴だ。
その事実は最初、神羅カンパニーですら掴んでいなかったし、セフィロスが手にしてもこの天然マテリアが光ることはなかった。後から発覚するよりはと宝条博士にも報告はしたが、光るだけの石に利用価値はないと言うのが彼の見解だった。それでも後に利用方法が発見された場合に備えて、私が回収に行かされたのだが。
「ちなみに学会で取引されているのは嘘だ。全く売れないクズ扱いだから、間違っても売り飛ばそうとしないように」
「ギクッ……じゃなくて! あんた、そこそこユーモアあるんだな」
まあ良かったけど、とため息をついたザックスへの詫びに、私は一つだけ天然マテリアを進呈した。使い道はないが、万一彼が見つけることがあったら、ちょっとしたイレギュラーとして役立つかもしれない。
観察する限り、魔法使いとしての才能は無いようだが。
「ありがと。んー、あんたの色になってないのが残念だけど、大事にするよ。なんなら指輪にするとかさあ」
「戦いの邪魔にならないか? 石の部分で殴るといっても、敵も防具くらい着けてるだろうし、割れるかもな」
「……いや。そんなに真っ直ぐな目で答えられても」
はあ、と大きなため息が聞こえた。かと思えば、すぐに顔を上げてくる。
「ところで、ベッドが一つしかないみたいだけど……」
「ソファがある。不可抗力とはいえ、途中で呼んだのは私だからな。お前がベッドを使って良いぞ」
「いや女の子からベッドを奪うなんてナシだろ。俺がソファに行くって」
「バカを言うな。休んでおかないと、明日以降はそれなりに強行軍だぞ」
就寝時間までこのやりとりが続いたのには、我ながら呆れた。
渋るザックスが親切心で一緒にベッドで寝ようと言うのを丁重に断ると、私は奴がベッドに寝転がるのまで確認してからソファに横になった。ザックスの体格では狭くて寝心地が悪いだろうが、私にとってはまあまあ快適な寝床だ。
互いにベッドに入ってからも、ザックスは話しかけてきた。
「なあ……俺の事、信用してくれてる?」
「味方だろう。信用できなくてどうする? それにお前はセフィロスの友人だ」
「そうじゃなくてさ。男と二人きりで同じ部屋で寝るとか……」
言わんとするところが想像できた私は、思わず吹き出した。
「ああ! そういうことか! お前の方が面白いな! あははっ!」
「脈ナシな反応……」
期待を打ち砕かれ、項垂れるのが想像できる声が返ってくる。
「いや、もう本当に、面白い! 言っておくが私はその手の冗談はあまり好きじゃない。特に寝起きはジョークが通じないからな」
「寝起き、悪いんだ?」
「すごくな」
照明を落とした室内でザックスの方を見た私はとても良い笑顔だったはずだ。そしてソルジャーの視力はその私の表情を見分けたはずだ。
残念ながら生存目的や任務以外で出会ったばかりの男と寝る趣味は私にもない。好感の持てる性格ではあるが、この調子で毎回誰かしらと寝ているのかと勘ぐられるとは思わないのだろうか。
「わかってるよ。出会ったばかりで、そういうのは今まで俺もなかったんだ」
「お前の経験談は語らなくていい。今のお前はセフィロス直々に任命された私の護衛だ」
就寝前に他人の恋愛経験など聞きたくもない。私は掛布団を頭から被ると、「おやすみ」とだけ告げて瞼を閉じた。
言い訳になるので言うつもりもないが、別室にしなかったのは戦場では男女の別などあって無きが如しの癖が、民間でも出てしまっただけだ。何も起こらないし起こさせないが、よくよく考えれば他人の目の無い環境下でザックスと同室で就寝したことは問題になるかもしれない。根っからの軍人のハイデッカーはともかく、男女問題に嫌悪感を抱いている節のある宝条博士が納得するかどうか。
悩む私から少し遅れて、「おやすみ」と返事があった。
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