主人公のアイルーとハンターの名前を入力してください。
ある若いアイルーの思い出 1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
──吾輩は猫である。名前はまだ無い。
と始まる有名な小説ではないが、私の意識は炎のような毛皮に鼻先をくすぐられるところから始まった。後から思い返せば、あれが私の母親だったのだ。
温かいが、熱すぎずに私を守っていた温もりは早くに失われたように思う。これも後で知ることになるが、私の種族には生まれて数週間で親から引き離されて集団生活をさせられる風習があった。集団生活といっても大人が生まれたて同然の赤子を保護しやすい状況にする目的であり、生みの親ではないにせよ、常に親代わりの保護者が見守ってくれていた。そして幼児期を過ぎて親の世話が不要になる頃まで育てられた後、将来進むべき道を選んだ。
私たちの種族は「ヒト」という種族と共存している。ヒトはこの世界で国や里や村と呼ばれる大規模なコミュニティを形成している。安寧な生活の為にはヒトとの共存、共生は欠くことができない。私たちはヒトに対して「アイルー」と呼ばれ、他種族の「ガルク」と併せて「オトモ」という職を担うことがある。その呼び名通り、ヒトのサポートをする仕事だ。
ちなみにオトモを連れ歩けるヒトは「ハンター」という職についているらしい。ハンターとは、安全な里の外で資源を採集したり、ヒトやアイルー、ガルクを襲う獣を討伐することで生計を立てる者のことだ。稼ぎはそこそこらしいが、常に生命の危険を伴う仕事の為、ハンターを続けられるのは一握りだ。ヒトのハンターのオトモになれるアイルーとガルクも、種族に応じたハンター資格を取得した者だけだ。
ハンターにならなくても、身を立てる方法はある。ヒトに頼らずともヒトのように商売をしたりと、ヒトとアイルー、ガルクが形成する社会で生きていける。大人になった者はそれまで呼ばれていた名前を名乗り続けるか、大人になった証に新たな名を名乗るかを選び、いずれにせよ独り立ちしていく。
しかし私を育てた親たちはこう言った。
「あなたは類稀なる才能を持っている。ハンターを目指しても良いんじゃないかニャ?」
確かに私は与えられた課題を難なくこなしていた。子供の遊びの延長のような訓練はハンター資格の勉強にも繋がるものだった。勧められるままにハンター資格を取得した後、私はヒトと組んでハンター業をすべく、紹介業者に登録した。
そして独り立ちした後、職が決まるまでの短いフリーの期間を気ままに過ごした。
実は里の外で暮らしている者もいる。獣に襲われる危険があるとして暮らしに向かないとされているが、ヒトと違い重厚な衣服に身を包む必要のない身体機能を持つアイルーの中には、文明を否定して祖先と同じ野生生活を選ぶ者もいるのだ。ヒトの造ったコミュニティで生まれ育ったアイルーの大半はそのまま里などで暮らすが、アイルーの歴史を学んだ者の一部は自然体を望んで出て行く。もちろん初めは文明の利便性を欠いた生活に苦労するが、慣れればそこが終の棲家に思えるようだ。
私はそうして外の生活を選んだ者の心理も一度、体験してみたいという好奇心に誘われ、アイルーの長から特別に許可を貰って里の外に出た。
里の外まで見送ってくれたのは、幼い頃から私と交流のあったフクズクだった。私の体格なら、フクズクに運んでもらうことも可能だったかもしれないが、私はあくまでも自分の足で歩くことを選び、心配そうなフクズクに礼を言って、肩に担いだ荷物を運んだ。中身は当座の食糧や武器だ。アイルー種は小柄ですばしっこいことから、他の獣に見つかっても相手を挑発したり、よほど空腹でない限りは襲われにくいと聞いていた。気配を隠して進んでいくと、特に襲われることもなくかなり里から離れた場所に辿り着けた。
そこは古い社の痕跡が残る場所だった。小高い丘の連なる中に窪地があり、自然の湖を形成した中心だけが水に浸食されずに高台として残っている。高台に生えた木の根や蔦を伝ってよじ登ると、崩れかかった家屋や鳥居と呼ばれる建造物があった。他の土地ではこうした建造物にアイルーやメラルーという亜種が住み着くこともあるらしいが、ここではそういった気配もなく、獣もヒトも他種も誰もいなかった。その点を少し不審に思ったが、雨風を凌げるという利点に惹かれ、私はそこを野外活動の拠点に決めた。
「初めてのキャンプ地が、古代の痕跡なんて」
運命的だなという感想を抱きつつ、獣を刺激しないように小さな火を熾して非常食を炙った。フクズクが分けてくれたドングリだ。アイルーの体に適した栄養食とされるこの実は、里では病気かお祝いの時にだけ食べられる貴重なものだ。少し齧るだけで、何日も歩きづめだった体の疲れが軽くなっていく。見上げた夜空には無数の星が瞬き、まるで私のひとり旅を祝福するようだった。里ではどうしても地上の明かりに邪魔されて、ここまでの星の光は見えないのだ。
──そういえば、名前はどうしようか。
星空を見上げながら私は考えた。最初に与えられた名前はあくまでも大人になるまでの仮の名前と考える者が多い。その名前に愛着のある者はそのまま名乗り続けるが、私は大人になるけじめのつもりで改名を考えていた。ハンターのオトモの道を選んだ者の中には、相棒になるヒトに考えてもらおうという者もいる。それも良いが、自分なりに良い名が思いつかないかとも思ったのだ。
──星にまつわる名前も良いかな。……いや、まだ時間はある。もっと考えよう。
寝転がった私は屋根の隙間から見える星空に見守られながら瞼を伏せた。ゆったりと眠りに落ちていく。野生にあったという先祖はこんな風に穏やかな眠りを堪能していたのだろうか。
私は自分だけのキャンプを快適にすることに時間を割いた。朽ちかけた社の屋根や壁を修復し、完璧ではないにせよ小雨くらいは十分に凌げるようにした。湖と周囲の丘への往復が便利なように、しかし他の獣の移動まで楽にすることのないように飛び石や蔦を配置した。それだけで数日もかかってしまったが、何もかも初めての作業はとても楽しく、時間が経つのも忘れた。
ただひとつ、時間が過ぎることで問題が生じた。食糧だ。
フクズクに貰ったドングリも自力で調達した携行食糧も、数日分しか持って来なかった。節約しても長くは保たない。キャンプの修復材料を集める作業と併行して食糧も集めていたが、まだ単独で獣を狩れない私が得られるのは植物や虫だけで、それらの大半は不味かった。適切な調理法を用いれば美味なのかもしれないが、経験不足の私には知識はあっても虫の可食部分のみを剥ぎ取ることは難しかったし、植物のみの食事では栄養が偏ってしまう。
──頃合だろうか。
動物性の食糧が残り僅かになった夜、私はため息と共に里への帰還を決意した。帰路にもエネルギーを消耗する。帰還に必要な食糧と体力を計算すると、翌朝には帰らねばならなかった。
──せっかくここまで修復したのに。
いずれ帰るにしても、次にもここを拠点にするつもりだったのだ。その「次」がいつになるかも分からない状況では、離れたくない気持ちがあった。
最後のつもりで包まった寝袋は温かく、隙間風の減った社の中は里の家と遜色ない。小さな種火を炭に移すと、いつものように瞼を伏せた。
だが、その夜だけはいつも通りではなかった。
遠くから獣の鳴き声や息遣いが聞こえてくるのは野外では当たり前だが、その夜はそれが普段より近くまできた。社のある高台を囲む湖をさらに囲う丘の辺りに何かが迫っているのを感じると、総毛立つほどの恐怖に息を潜めた。自分の感覚が間違っていなければ、それは決して独りで立ち向かってはならないと諭された大型獣のものだった。
大型獣は、その気になれば屋内に隠れるアイルーを見つけ出すのも簡単だ。彼らに目をつけられないように風景に溶け込み、危険が去るまで待った。大型獣の方も、自分達の腹の足しにすらならない小型のアイルーなどは無視するのが普通だ。その対処は間違っていない。事実、大型獣の気配はさほど待たずに去っていった。
ところが大型獣とは別の気配がどんどん近づいて来る。大型獣に追われていた者だろうか。普通は連なる丘に紛れて見つけにくい湖と高台を見つけたのか、水に飛び込む音を聞いた瞬間、寝袋から這い出て武器を構えた。
──何だ? これは……ヒトか?
水を渡る者の匂いは高台には届き難い。しかし泳ぎが立てる音は獣や他種族のものよりもヒトに近く、こんな夜に野外にいるヒトとなれば大概、訳ありだ。行商人のように必要に迫られて野外活動をする者なら良いが、大型獣から逃げ回っているハンターだった場合、アイルーを野生種つまり狩りの対象と見做すか友好種と見做すかは運に任せるしかない。里に住むアイルーには紳士的なハンターだが、野生種を恰好の獲物と見做す者もいることはハンター資格を得る過程で学んでいる。ヒトとアイルーは良き友であると言われているが、それはあくまでもヒトに与したアイルーにヒトが与えた付加価値にすぎない。世界の価値観がヒト中心に動いていることくらい、里で生まれ育ったアイルーでも知っている。ガルクだって同じだ。ただ、ガルクの方はアイルーほど手先が器用ではないので、快適に暮らそうとするとどうしてもヒトの助けが必要になるということもあり、ヒトと離れて暮らす気はないようだが。
念の為に、私はハンター資格保有者であることを証明する為の割符が首にあるのを触れて確かめた。これがあっても里の影響の及ばない野外では、倫理観の薄れた者にどんな目に遭わされるかもわからない。割符や衣服を剥がれてしまえば、私の体は多少毛並みの良いアイルーでしかないのだ。里のアイルーの間でも、私の毛並みの赤い色彩は珍しいと言われていた。この色を剥ぎ取って毛皮飾りにしたいと思ったり、飢えのあまりヒトでなければ食糧にして良いと思っている者でなければ良いが。
ざばりと水から上がり、水滴を湖面に落としながら登ってくる気配がする。興奮の境地にあることを示す荒い息遣い。疲れ果てているに違いないその相手はまっすぐに私が潜むこの社を目指している。
『ニャーニャニャ、ニャーニャニャ、ニャニャニャニャニャ』
私の頭の中では、幼い日々に聴いた子守唄が流れていた。大勢いた子供のうちの誰かの母親が代わる代わる歌ってくれたもの。単調で何故か眠気に誘われて、最後まで聴くことなく眠ってしまっていた。目覚めた時にはとっくに歌は終わっていて、様々な色の毛玉の中心にいるその日の母役がにっこりと微笑んでくれたのだ。
──お母さん。
心の中で呼ぶ。母を恋しく思うのは悪くないけれども、窮地で母を呼ぶのは対処を放棄した愚行でしかない。理性の叱責を無視した恐怖心がおぼろげな記憶を呼び覚ます。
私は母と思しき毛色には一度しか触れていない。子守りのアイルーの中に私の母らしい者はいなかった。その理由は、教えられなくとも解る。子を産んだアイルーは集落の中で子育てを協力し合うものなのに、母に二度と会えなかったのは、その母がもういないという事実しかない。他の者は大人になる前に母と会うことを許されていたのだから。今回の私の一人旅が許されたのも、きっと母を喪ったアイルーへの憐憫が大きかったのだ。
記憶の中の母は温かい炎の毛皮で私を包んでくれた。今、私の頬に触れている自らの毛皮のように。こんなに震えてはいなかったけれども。
登攀を終えた気配が土を踏む足音を響かせて止まる。思いがけない場所に健在の建物と最近修復された後に気づいたのだろう。
「これは社か? ……何もいなければいいが」
やはりヒトの、オスの声が聞こえた。足音の一歩の重さからしてハンターだと見当をつける。装備である武具の金具がぶつかり合って鳴る音は私に残された時間を刻むようだ。カチャリ、カチャリと確実にその時が近づいてくる。
──いっそ、自分から姿を晒すか?
夜闇に対し、アイルーやガルクよりもヒトの方が弱い。目が役に立たない場所では熟練のハンターほど音や匂いや勘に頼って行動する。何者かも知れない気配を感じた場合、多くのハンターは様子見に手持ちの道具を投げてみるか、それも尽きている場合は武器を使うだろう。ハンターの腕力で長物を打ち込まれては、下手すれば死んでしまう。
──そうだ。それしかない。
ただし慎重にすべきだと、焦る心がようやく落ち着きを取り戻した。獣の不意打ちのように登場しては、咄嗟に迎撃されるに決まっている。修羅場をくぐっている者がいきなり攻撃せず様子見してくれるような方法にしなければ。
意を決した私は随分と冷えてしまった寝袋の中に潜り込んだ。ただし逆に潜り込んだ寝袋の口を完全には閉めず、我が種の特徴である尾を外に出しておいた。そして本心から震え、瞼を閉じて息を潜めた。
暗闇の中で声が呼びかける。
「……そこに誰かいるのか?」
「……」
敢えて答えない私の隠れた寝袋は戸口の位置と比較して死角にあった。だが、素人でも直前まで火が焚かれていた跡や廃屋にしては小奇麗な内部に気づくはずだ。自然に消えたにしては私の焚き火は延焼しないように工夫を凝らしていたし、温もりはまだ残っている。
一旦、沈黙した相手は焚き火跡の側まで進んで、また呼びかけてきた。今度はもっと大きな声で。
「俺は●●村のハンターだ。モンスターに追われてここに辿り着いた。争う気は無い。傷を癒して休息する場所を借りたい」
穏便な申し出だが、それをそのまま信じる者はいない。私がヒトなら応じたかもしれないが、一人旅をするような変わり者のアイルーが応じた途端に相手が態度を変える可能性の方が高い。
緊張で意図するよりも強い震えが襲ってきた。微かに寝袋を揺らす物音に気づいた相手の足音が近づいてくる。彼の持つ松明の明かりが寝袋を微かに透かして届いた。
「信じてくれ。迷惑をかける気はない。用が済めば出て行く」
寝袋の真上から声が響く。私の尾の周囲が温かく感じるのは、松明が照らしているからだ。ヒトとアイルーの体格は全く違う。死んだアイルーの毛皮は生きている時と違って毛が寝ているので、私が生きていることは相手にも分かっただろう。
「名も知らぬアイルー殿。どうか、一夜の宿を貸してくれ」
寝袋の上から、ちょうど私の背中に何かが……相手の手が触れた。里で育ってヒトを知っている私にも大きく感じられる手だ。
「ひニャっ!」
半ば本気で叫ぶと、引っ込めようとした尾を掴まれた。寝袋の口が解かれ、縮めていた体を顔を、相手が覗き込んでくる。
「怖がらせてすまん。この通りだ。怪我をしていてな」
「……ニャ」
恐る恐る瞼を開く。目に見えたことで相手から漂う血の匂いが一層強く感じられた。確かに怪我をしているのが、相手の装備の隙間から滴る血で分かった。防具の破損具合からして、大型獣にやられたのは間違いなさそうだ。
「……うん? 君もハンターなのか?」
「……はい……ニャ」
首から提げた割符を意図通りに見つけた相手の言葉に初めて頷いた。途端に緊張が緩んだ様子を見て、私も安堵する。その目はアイルーを害する感じではない。
「カムラの里の者です」
「カムラ? いや、ここからはかなり遠いぞ。まさか連れとはぐれたのか?」
「いえ。許可を貰って一人旅をしていました」
訝る相手に、私はざっと事情を話した。私がオトモとしては半人前であると知ると困り顔をしていたが、それはハンターとして熟達したアイルーならヒトに勝る働きができることを知っているからだろう。今の私にもハンター資格と基礎知識ならあるが、経験不足ゆえにこんな出会い方を選んだくらいだ。傷ついたヒトを助けられるほどの実力は無い。
それでも素性を知ったことで相手も警戒を解いて、いろいろ話してくれた。彼は遠方の村に所属するハンターで、大物を追跡して旅してきたという。ところが負傷とミスが重なり、追跡を断念する羽目に陥った。自分の村に帰還するにも傷を癒してからということで、身を潜める場所を探してここを見つけたらしい。
見た目よりも実年齢は若いと言い張った彼は、呂蒙と名乗った。名前だけはカムラの里のヒトに似ている。
「経験の浅いアイルーなら、隠れる判断も仕方ないな」
すぐ反応しなかったことを詫びると、呂蒙は気を悪くした風もなく笑った。
再び種火を大きくした焚き火の前で、私は出来る限り呂蒙の傷の手当てをした。私自身、帰還の決断をしたほど手持ちの物資はギリギリだったのだが、残っていた薬品と私が育てた癒しの実を使って、どうにか応急処置はできた。癒しの実は使用後の休息が十分に取れればかなりの重傷でも回復できる。安静にしてもらえれば、明日には動き回るだけの体力が戻っているだろう。
私にとってありがたかったのは、呂蒙が自分の荷物をほとんど失わずにここに来たことで、懸念していた動物性の食糧を分けてもらうことができた。
そのうえ、私が帰還を選択した理由が食糧事情だと知ると、彼は事も無げに言った。
「それなら、手当ての礼に、食糧を補填しよう」
「え? ですが、お一人で?」
動物性の食糧となると、この辺りをうろついている獣を狩るしかない。私が驚くと呂蒙は大きな声で笑った。
「俺はハンターだぞ?」
一人前のハンターを心配するなということらしい。ハンターの個々の実力はピンキリだが、それでも大型獣に挑んで生還するだけの実力があるなら私より遥かに強い。
「では、お願いします」
微笑み返した私を見た呂蒙がああ、と返事をしてから眠そうに欠伸を漏らした。聞いた話が本当なら、負傷してからも半日ほど大型獣との追いかけっこをしていたのだ。疲れていて当然だ。
「私が起きていますから、どうか休んでください」
「……良いのか?」
猜疑心と信用の中間の瞳が私を見た。隙を晒すことを迷ってもらえるだけ、初対面としては上等だ。素性を下手に隠さなかったのが良かったのか。ほとんど自分探しのような旅だという私の話を呂蒙は素直に信じてくれたのだ。
「あなたの方が強いのに、怖がる必要がありますか?」
「お前はアイルーにしては、妙に賢いからな」
「個性の範疇ですよ」
だが、指摘されたこともある癖を思い出した。私はアイルーの種全体の特徴ともいうべき口癖を無意識に抑える傾向にあるのだ。世話をしてくれた大人のアイルー曰く、何かへのコンプレックスが原因だろうとのことだが。それはおそらく母の面影をどこかに求め、無駄だろうと察していても自力で探しに行きたい思いが先走ったのだろう。言わなくても不自由がない口癖だ。もし自分がアイルーでなくヒトならば、母と会えない不自然さにも早く気づけたはずだと思っていた。
──そうだ。私はヒトになりたかった。
だから時にヒト同然の強さを得られるハンターを選んだ。オトモとして実力を伸ばし、いずれヒトにも一目置かれるほどの存在になって、母の行方を……誰も教えてくれない素性を知りたかった。
「ああ。悪くないし、そのお陰で俺は助かっている。ありがとう」
「……どういたしまして」
私を褒めてくれたヒトはこの男が初めてだった。里の為にはまだ働いていないアイルーには当然の処遇だが、妙に嬉しくて、私は勝手に動く尾を抑えるのに苦労した。
「ところでお前の名前は幼名といったな」
「ええ。いずれ、どなたかの相方になれた日に改めようと思っています」
「そうか……」
相槌を打った呂蒙からはやがて寝息が聞こえてきた。疲労の極致なのだ。寝落ちも仕方ないと苦笑した私は、寝転がった呂蒙の邪魔にならないように静かに焚き火の番を務めた。
と始まる有名な小説ではないが、私の意識は炎のような毛皮に鼻先をくすぐられるところから始まった。後から思い返せば、あれが私の母親だったのだ。
温かいが、熱すぎずに私を守っていた温もりは早くに失われたように思う。これも後で知ることになるが、私の種族には生まれて数週間で親から引き離されて集団生活をさせられる風習があった。集団生活といっても大人が生まれたて同然の赤子を保護しやすい状況にする目的であり、生みの親ではないにせよ、常に親代わりの保護者が見守ってくれていた。そして幼児期を過ぎて親の世話が不要になる頃まで育てられた後、将来進むべき道を選んだ。
私たちの種族は「ヒト」という種族と共存している。ヒトはこの世界で国や里や村と呼ばれる大規模なコミュニティを形成している。安寧な生活の為にはヒトとの共存、共生は欠くことができない。私たちはヒトに対して「アイルー」と呼ばれ、他種族の「ガルク」と併せて「オトモ」という職を担うことがある。その呼び名通り、ヒトのサポートをする仕事だ。
ちなみにオトモを連れ歩けるヒトは「ハンター」という職についているらしい。ハンターとは、安全な里の外で資源を採集したり、ヒトやアイルー、ガルクを襲う獣を討伐することで生計を立てる者のことだ。稼ぎはそこそこらしいが、常に生命の危険を伴う仕事の為、ハンターを続けられるのは一握りだ。ヒトのハンターのオトモになれるアイルーとガルクも、種族に応じたハンター資格を取得した者だけだ。
ハンターにならなくても、身を立てる方法はある。ヒトに頼らずともヒトのように商売をしたりと、ヒトとアイルー、ガルクが形成する社会で生きていける。大人になった者はそれまで呼ばれていた名前を名乗り続けるか、大人になった証に新たな名を名乗るかを選び、いずれにせよ独り立ちしていく。
しかし私を育てた親たちはこう言った。
「あなたは類稀なる才能を持っている。ハンターを目指しても良いんじゃないかニャ?」
確かに私は与えられた課題を難なくこなしていた。子供の遊びの延長のような訓練はハンター資格の勉強にも繋がるものだった。勧められるままにハンター資格を取得した後、私はヒトと組んでハンター業をすべく、紹介業者に登録した。
そして独り立ちした後、職が決まるまでの短いフリーの期間を気ままに過ごした。
実は里の外で暮らしている者もいる。獣に襲われる危険があるとして暮らしに向かないとされているが、ヒトと違い重厚な衣服に身を包む必要のない身体機能を持つアイルーの中には、文明を否定して祖先と同じ野生生活を選ぶ者もいるのだ。ヒトの造ったコミュニティで生まれ育ったアイルーの大半はそのまま里などで暮らすが、アイルーの歴史を学んだ者の一部は自然体を望んで出て行く。もちろん初めは文明の利便性を欠いた生活に苦労するが、慣れればそこが終の棲家に思えるようだ。
私はそうして外の生活を選んだ者の心理も一度、体験してみたいという好奇心に誘われ、アイルーの長から特別に許可を貰って里の外に出た。
里の外まで見送ってくれたのは、幼い頃から私と交流のあったフクズクだった。私の体格なら、フクズクに運んでもらうことも可能だったかもしれないが、私はあくまでも自分の足で歩くことを選び、心配そうなフクズクに礼を言って、肩に担いだ荷物を運んだ。中身は当座の食糧や武器だ。アイルー種は小柄ですばしっこいことから、他の獣に見つかっても相手を挑発したり、よほど空腹でない限りは襲われにくいと聞いていた。気配を隠して進んでいくと、特に襲われることもなくかなり里から離れた場所に辿り着けた。
そこは古い社の痕跡が残る場所だった。小高い丘の連なる中に窪地があり、自然の湖を形成した中心だけが水に浸食されずに高台として残っている。高台に生えた木の根や蔦を伝ってよじ登ると、崩れかかった家屋や鳥居と呼ばれる建造物があった。他の土地ではこうした建造物にアイルーやメラルーという亜種が住み着くこともあるらしいが、ここではそういった気配もなく、獣もヒトも他種も誰もいなかった。その点を少し不審に思ったが、雨風を凌げるという利点に惹かれ、私はそこを野外活動の拠点に決めた。
「初めてのキャンプ地が、古代の痕跡なんて」
運命的だなという感想を抱きつつ、獣を刺激しないように小さな火を熾して非常食を炙った。フクズクが分けてくれたドングリだ。アイルーの体に適した栄養食とされるこの実は、里では病気かお祝いの時にだけ食べられる貴重なものだ。少し齧るだけで、何日も歩きづめだった体の疲れが軽くなっていく。見上げた夜空には無数の星が瞬き、まるで私のひとり旅を祝福するようだった。里ではどうしても地上の明かりに邪魔されて、ここまでの星の光は見えないのだ。
──そういえば、名前はどうしようか。
星空を見上げながら私は考えた。最初に与えられた名前はあくまでも大人になるまでの仮の名前と考える者が多い。その名前に愛着のある者はそのまま名乗り続けるが、私は大人になるけじめのつもりで改名を考えていた。ハンターのオトモの道を選んだ者の中には、相棒になるヒトに考えてもらおうという者もいる。それも良いが、自分なりに良い名が思いつかないかとも思ったのだ。
──星にまつわる名前も良いかな。……いや、まだ時間はある。もっと考えよう。
寝転がった私は屋根の隙間から見える星空に見守られながら瞼を伏せた。ゆったりと眠りに落ちていく。野生にあったという先祖はこんな風に穏やかな眠りを堪能していたのだろうか。
私は自分だけのキャンプを快適にすることに時間を割いた。朽ちかけた社の屋根や壁を修復し、完璧ではないにせよ小雨くらいは十分に凌げるようにした。湖と周囲の丘への往復が便利なように、しかし他の獣の移動まで楽にすることのないように飛び石や蔦を配置した。それだけで数日もかかってしまったが、何もかも初めての作業はとても楽しく、時間が経つのも忘れた。
ただひとつ、時間が過ぎることで問題が生じた。食糧だ。
フクズクに貰ったドングリも自力で調達した携行食糧も、数日分しか持って来なかった。節約しても長くは保たない。キャンプの修復材料を集める作業と併行して食糧も集めていたが、まだ単独で獣を狩れない私が得られるのは植物や虫だけで、それらの大半は不味かった。適切な調理法を用いれば美味なのかもしれないが、経験不足の私には知識はあっても虫の可食部分のみを剥ぎ取ることは難しかったし、植物のみの食事では栄養が偏ってしまう。
──頃合だろうか。
動物性の食糧が残り僅かになった夜、私はため息と共に里への帰還を決意した。帰路にもエネルギーを消耗する。帰還に必要な食糧と体力を計算すると、翌朝には帰らねばならなかった。
──せっかくここまで修復したのに。
いずれ帰るにしても、次にもここを拠点にするつもりだったのだ。その「次」がいつになるかも分からない状況では、離れたくない気持ちがあった。
最後のつもりで包まった寝袋は温かく、隙間風の減った社の中は里の家と遜色ない。小さな種火を炭に移すと、いつものように瞼を伏せた。
だが、その夜だけはいつも通りではなかった。
遠くから獣の鳴き声や息遣いが聞こえてくるのは野外では当たり前だが、その夜はそれが普段より近くまできた。社のある高台を囲む湖をさらに囲う丘の辺りに何かが迫っているのを感じると、総毛立つほどの恐怖に息を潜めた。自分の感覚が間違っていなければ、それは決して独りで立ち向かってはならないと諭された大型獣のものだった。
大型獣は、その気になれば屋内に隠れるアイルーを見つけ出すのも簡単だ。彼らに目をつけられないように風景に溶け込み、危険が去るまで待った。大型獣の方も、自分達の腹の足しにすらならない小型のアイルーなどは無視するのが普通だ。その対処は間違っていない。事実、大型獣の気配はさほど待たずに去っていった。
ところが大型獣とは別の気配がどんどん近づいて来る。大型獣に追われていた者だろうか。普通は連なる丘に紛れて見つけにくい湖と高台を見つけたのか、水に飛び込む音を聞いた瞬間、寝袋から這い出て武器を構えた。
──何だ? これは……ヒトか?
水を渡る者の匂いは高台には届き難い。しかし泳ぎが立てる音は獣や他種族のものよりもヒトに近く、こんな夜に野外にいるヒトとなれば大概、訳ありだ。行商人のように必要に迫られて野外活動をする者なら良いが、大型獣から逃げ回っているハンターだった場合、アイルーを野生種つまり狩りの対象と見做すか友好種と見做すかは運に任せるしかない。里に住むアイルーには紳士的なハンターだが、野生種を恰好の獲物と見做す者もいることはハンター資格を得る過程で学んでいる。ヒトとアイルーは良き友であると言われているが、それはあくまでもヒトに与したアイルーにヒトが与えた付加価値にすぎない。世界の価値観がヒト中心に動いていることくらい、里で生まれ育ったアイルーでも知っている。ガルクだって同じだ。ただ、ガルクの方はアイルーほど手先が器用ではないので、快適に暮らそうとするとどうしてもヒトの助けが必要になるということもあり、ヒトと離れて暮らす気はないようだが。
念の為に、私はハンター資格保有者であることを証明する為の割符が首にあるのを触れて確かめた。これがあっても里の影響の及ばない野外では、倫理観の薄れた者にどんな目に遭わされるかもわからない。割符や衣服を剥がれてしまえば、私の体は多少毛並みの良いアイルーでしかないのだ。里のアイルーの間でも、私の毛並みの赤い色彩は珍しいと言われていた。この色を剥ぎ取って毛皮飾りにしたいと思ったり、飢えのあまりヒトでなければ食糧にして良いと思っている者でなければ良いが。
ざばりと水から上がり、水滴を湖面に落としながら登ってくる気配がする。興奮の境地にあることを示す荒い息遣い。疲れ果てているに違いないその相手はまっすぐに私が潜むこの社を目指している。
『ニャーニャニャ、ニャーニャニャ、ニャニャニャニャニャ』
私の頭の中では、幼い日々に聴いた子守唄が流れていた。大勢いた子供のうちの誰かの母親が代わる代わる歌ってくれたもの。単調で何故か眠気に誘われて、最後まで聴くことなく眠ってしまっていた。目覚めた時にはとっくに歌は終わっていて、様々な色の毛玉の中心にいるその日の母役がにっこりと微笑んでくれたのだ。
──お母さん。
心の中で呼ぶ。母を恋しく思うのは悪くないけれども、窮地で母を呼ぶのは対処を放棄した愚行でしかない。理性の叱責を無視した恐怖心がおぼろげな記憶を呼び覚ます。
私は母と思しき毛色には一度しか触れていない。子守りのアイルーの中に私の母らしい者はいなかった。その理由は、教えられなくとも解る。子を産んだアイルーは集落の中で子育てを協力し合うものなのに、母に二度と会えなかったのは、その母がもういないという事実しかない。他の者は大人になる前に母と会うことを許されていたのだから。今回の私の一人旅が許されたのも、きっと母を喪ったアイルーへの憐憫が大きかったのだ。
記憶の中の母は温かい炎の毛皮で私を包んでくれた。今、私の頬に触れている自らの毛皮のように。こんなに震えてはいなかったけれども。
登攀を終えた気配が土を踏む足音を響かせて止まる。思いがけない場所に健在の建物と最近修復された後に気づいたのだろう。
「これは社か? ……何もいなければいいが」
やはりヒトの、オスの声が聞こえた。足音の一歩の重さからしてハンターだと見当をつける。装備である武具の金具がぶつかり合って鳴る音は私に残された時間を刻むようだ。カチャリ、カチャリと確実にその時が近づいてくる。
──いっそ、自分から姿を晒すか?
夜闇に対し、アイルーやガルクよりもヒトの方が弱い。目が役に立たない場所では熟練のハンターほど音や匂いや勘に頼って行動する。何者かも知れない気配を感じた場合、多くのハンターは様子見に手持ちの道具を投げてみるか、それも尽きている場合は武器を使うだろう。ハンターの腕力で長物を打ち込まれては、下手すれば死んでしまう。
──そうだ。それしかない。
ただし慎重にすべきだと、焦る心がようやく落ち着きを取り戻した。獣の不意打ちのように登場しては、咄嗟に迎撃されるに決まっている。修羅場をくぐっている者がいきなり攻撃せず様子見してくれるような方法にしなければ。
意を決した私は随分と冷えてしまった寝袋の中に潜り込んだ。ただし逆に潜り込んだ寝袋の口を完全には閉めず、我が種の特徴である尾を外に出しておいた。そして本心から震え、瞼を閉じて息を潜めた。
暗闇の中で声が呼びかける。
「……そこに誰かいるのか?」
「……」
敢えて答えない私の隠れた寝袋は戸口の位置と比較して死角にあった。だが、素人でも直前まで火が焚かれていた跡や廃屋にしては小奇麗な内部に気づくはずだ。自然に消えたにしては私の焚き火は延焼しないように工夫を凝らしていたし、温もりはまだ残っている。
一旦、沈黙した相手は焚き火跡の側まで進んで、また呼びかけてきた。今度はもっと大きな声で。
「俺は●●村のハンターだ。モンスターに追われてここに辿り着いた。争う気は無い。傷を癒して休息する場所を借りたい」
穏便な申し出だが、それをそのまま信じる者はいない。私がヒトなら応じたかもしれないが、一人旅をするような変わり者のアイルーが応じた途端に相手が態度を変える可能性の方が高い。
緊張で意図するよりも強い震えが襲ってきた。微かに寝袋を揺らす物音に気づいた相手の足音が近づいてくる。彼の持つ松明の明かりが寝袋を微かに透かして届いた。
「信じてくれ。迷惑をかける気はない。用が済めば出て行く」
寝袋の真上から声が響く。私の尾の周囲が温かく感じるのは、松明が照らしているからだ。ヒトとアイルーの体格は全く違う。死んだアイルーの毛皮は生きている時と違って毛が寝ているので、私が生きていることは相手にも分かっただろう。
「名も知らぬアイルー殿。どうか、一夜の宿を貸してくれ」
寝袋の上から、ちょうど私の背中に何かが……相手の手が触れた。里で育ってヒトを知っている私にも大きく感じられる手だ。
「ひニャっ!」
半ば本気で叫ぶと、引っ込めようとした尾を掴まれた。寝袋の口が解かれ、縮めていた体を顔を、相手が覗き込んでくる。
「怖がらせてすまん。この通りだ。怪我をしていてな」
「……ニャ」
恐る恐る瞼を開く。目に見えたことで相手から漂う血の匂いが一層強く感じられた。確かに怪我をしているのが、相手の装備の隙間から滴る血で分かった。防具の破損具合からして、大型獣にやられたのは間違いなさそうだ。
「……うん? 君もハンターなのか?」
「……はい……ニャ」
首から提げた割符を意図通りに見つけた相手の言葉に初めて頷いた。途端に緊張が緩んだ様子を見て、私も安堵する。その目はアイルーを害する感じではない。
「カムラの里の者です」
「カムラ? いや、ここからはかなり遠いぞ。まさか連れとはぐれたのか?」
「いえ。許可を貰って一人旅をしていました」
訝る相手に、私はざっと事情を話した。私がオトモとしては半人前であると知ると困り顔をしていたが、それはハンターとして熟達したアイルーならヒトに勝る働きができることを知っているからだろう。今の私にもハンター資格と基礎知識ならあるが、経験不足ゆえにこんな出会い方を選んだくらいだ。傷ついたヒトを助けられるほどの実力は無い。
それでも素性を知ったことで相手も警戒を解いて、いろいろ話してくれた。彼は遠方の村に所属するハンターで、大物を追跡して旅してきたという。ところが負傷とミスが重なり、追跡を断念する羽目に陥った。自分の村に帰還するにも傷を癒してからということで、身を潜める場所を探してここを見つけたらしい。
見た目よりも実年齢は若いと言い張った彼は、呂蒙と名乗った。名前だけはカムラの里のヒトに似ている。
「経験の浅いアイルーなら、隠れる判断も仕方ないな」
すぐ反応しなかったことを詫びると、呂蒙は気を悪くした風もなく笑った。
再び種火を大きくした焚き火の前で、私は出来る限り呂蒙の傷の手当てをした。私自身、帰還の決断をしたほど手持ちの物資はギリギリだったのだが、残っていた薬品と私が育てた癒しの実を使って、どうにか応急処置はできた。癒しの実は使用後の休息が十分に取れればかなりの重傷でも回復できる。安静にしてもらえれば、明日には動き回るだけの体力が戻っているだろう。
私にとってありがたかったのは、呂蒙が自分の荷物をほとんど失わずにここに来たことで、懸念していた動物性の食糧を分けてもらうことができた。
そのうえ、私が帰還を選択した理由が食糧事情だと知ると、彼は事も無げに言った。
「それなら、手当ての礼に、食糧を補填しよう」
「え? ですが、お一人で?」
動物性の食糧となると、この辺りをうろついている獣を狩るしかない。私が驚くと呂蒙は大きな声で笑った。
「俺はハンターだぞ?」
一人前のハンターを心配するなということらしい。ハンターの個々の実力はピンキリだが、それでも大型獣に挑んで生還するだけの実力があるなら私より遥かに強い。
「では、お願いします」
微笑み返した私を見た呂蒙がああ、と返事をしてから眠そうに欠伸を漏らした。聞いた話が本当なら、負傷してからも半日ほど大型獣との追いかけっこをしていたのだ。疲れていて当然だ。
「私が起きていますから、どうか休んでください」
「……良いのか?」
猜疑心と信用の中間の瞳が私を見た。隙を晒すことを迷ってもらえるだけ、初対面としては上等だ。素性を下手に隠さなかったのが良かったのか。ほとんど自分探しのような旅だという私の話を呂蒙は素直に信じてくれたのだ。
「あなたの方が強いのに、怖がる必要がありますか?」
「お前はアイルーにしては、妙に賢いからな」
「個性の範疇ですよ」
だが、指摘されたこともある癖を思い出した。私はアイルーの種全体の特徴ともいうべき口癖を無意識に抑える傾向にあるのだ。世話をしてくれた大人のアイルー曰く、何かへのコンプレックスが原因だろうとのことだが。それはおそらく母の面影をどこかに求め、無駄だろうと察していても自力で探しに行きたい思いが先走ったのだろう。言わなくても不自由がない口癖だ。もし自分がアイルーでなくヒトならば、母と会えない不自然さにも早く気づけたはずだと思っていた。
──そうだ。私はヒトになりたかった。
だから時にヒト同然の強さを得られるハンターを選んだ。オトモとして実力を伸ばし、いずれヒトにも一目置かれるほどの存在になって、母の行方を……誰も教えてくれない素性を知りたかった。
「ああ。悪くないし、そのお陰で俺は助かっている。ありがとう」
「……どういたしまして」
私を褒めてくれたヒトはこの男が初めてだった。里の為にはまだ働いていないアイルーには当然の処遇だが、妙に嬉しくて、私は勝手に動く尾を抑えるのに苦労した。
「ところでお前の名前は幼名といったな」
「ええ。いずれ、どなたかの相方になれた日に改めようと思っています」
「そうか……」
相槌を打った呂蒙からはやがて寝息が聞こえてきた。疲労の極致なのだ。寝落ちも仕方ないと苦笑した私は、寝転がった呂蒙の邪魔にならないように静かに焚き火の番を務めた。
1/1ページ
