儚夜25
溢れ出た想いは時として人を蝕む
正解なんてないこの世の中に
わたしはただ、正解を探している
「終わったーーー定時上がりマジ最強。」
『愛佳、煩い。』
「いや、逆になんでりっちゃんは機嫌悪い訳?
仕事が終わったんだよ?この解放感を全身に感じないの?あっ、愛しのねるちゃんと上手くいっ…イッタ!!ちょっと痛いって!」
『……。』
「そーゆー顔もいいねぇかわいいよって、冗談だから。本当に怖いから。まー、あれだよ。ねるも色々面倒だけどりっちゃんも大概だよ」
『どういう意味?』
「そのまんまだよ。あーー早く家帰って酒呑てぇ」
わたしの憂鬱な気持ちとは裏腹にお気楽な愛佳が羨ましい。
ねるはわたしになんて連絡したんだろ、
なんで連絡に気づかなかったんだろ、わたし…
考えても無駄な事だとは分かっているのに、頭は考える事を止めない。
もしかして、何かに巻き込まれた?…いや、それだとしたら愛佳が確認をとってる筈だからないか…
もしかして、昨日の菅井さんの事が好きだから別れようとか、?……あぁ、だめだ。
どうしても考えが悪い方へと進んでしまう。
「あーーまた考え事してるよ。じゃあね、愛しのりっちゃん。先帰るよー」
『んー、』
「で、なんでここにねるはいるわけ?」
「理佐に会いに来ました」
「いやそれは見れば分かるよ。なんでわざわざ会社まで来んの?」
「自分の彼女に会いに行くのってそんなに変な事ですか?誰かにわざわざ許可がいりますか?」
「質問に質問で返すなよ。ほんとに面倒いな。せめてあの角っこのところで待ってなよ。理佐はあそこの道通って帰るし、ここは一目につくから。ほら、早く行って」
「わかりました。ありがとうございます」
「22時、今日はすっぽかすなよ」
「わかってます」
「理佐、」
あれこれ思考を巡らせながら歩いていると会社を出てすぐのところで呼び止められた。
聞き覚えのある優しい声。
思考を停止して、ゆっくり視線を声の持ち主にあわせる。
『ねる、』
数秒見つめ合い、お互いが引き寄せられるように抱きしめ合う
ねるの匂いと体温を感じて涙が出そうになる。
そのくらい愛おしくてたまらない。
ねるの身体を確かめるように身体を密着させる
「ふふっ。理佐苦しかばい。少し歩きながら話そう?」
夕日が照らし出した、ふたり並んだ影を愛おしく想いながら言葉を紡いだ
『昨日の事なんだけどね、』
わたしは昨日の全てをねるに話した。
お手洗いを借りようとしたら迷子になったこと
菅井さんをねるのところに行かせたくなかったこと、
由依に頼まれてひかるちゃんの面倒を見たこと
由依の家に携帯を忘れてきてしまったこと、
全てを話し終えた時、わたし達だけの世界に静寂が訪れた。
沈黙の長さに含まれるあらゆる事が走馬灯のように頭の中を走り回る。
あぁ、やっぱり言わなければよかった、
全部自分だけで飲み込んで何もなかった事にすればよかった。
そう思った時、ねるがようやく口を開く。
「じゃあ理佐は今携帯がないんだよね?」
予想に反した言葉に拍子抜けする。
もしかしたら由依の家に泊まったことにねるは嫉妬してしまうかもしれないと少しは、いやかなりは思っていた。
けれどねるはそんな様子は少しも見せずにわたしに携帯が今手元にない事実だけを確認する。
『うん、』
わたしの話を最後まで相槌を打ち、視線は前を見つめながらひとつひとつ丁寧に聞いてくれたねるの表情が、一瞬。
ほんの一瞬、感情を失ったような無の表情になった。
この話を聞いて怒ったのか、呆れたのか全く予想がつかない。ただ、ねるのもとから全てがなくなってしまったような、そんな表情だった。
すぐに今までど通りのねるの表情に戻り、
横を向きわたしにニコッと微笑みながらわたしの手を取った。
「買いに行こっか」
『え、?なにを?』
「けーたい。ないと不便でしょ?」
ねるの発言に少しの違和感を覚える
なにかが引っかかる。
『いや、買うほどじゃないよ、夜にでも取りにいってみるよ儚夜に行って由依がいなければ家にいるだろうし、いればそのまま鍵預かって取りにいけるから』
「行かんで」
『え、でも、流石に携帯だしっん、んんっ、!』
不意に重ねられた唇はそのままわたしごと食べてしまうんじゃないかって本能で感じてしまうほど、深かった。
たった数秒の出来ごとなのか、数十秒なのか、
はたまたそれ以上か。
息をするのも惜しいほど、夢中になった。
『っんっはぁ、、ねる、?』
「行かんで、どこにも」
息一つ乱さず、まっすぐな眼差しでわたしを見つめるねる。先ほど抱いた違和感はすでに目の前のねるへの愛おしさに変わっていた。
『いかないよ。どこにも』
わたしはもう一度ねるを抱き寄せて
優しくキスを落とした
「やっぱ新しい携帯ってかっこよか〜」
某りんごのマークのお店を後にして新しく購入した携帯を新しいおもちゃを手にした子どもみたい喜びながら宙に掲げるねる。ほんとうにかわいいなぁ、
『ねる〜〜、買ってもらっちゃってごめんね、大切にします、本当にありがとう。』
「ねるが取りに行かんで言ったけん、プレゼントするのは当たり前ばい」
『当たり前なんかじゃないよ、ありがとう。』
「理佐は真面目すぎるばい」
『いやいや、本当に。ところでなんでねるも携帯買ったの?』
ねるが今まで使用していた携帯はほんの少し前に発売したもの。今買ってもらったものとほぼほぼ性能は変わらないはず。
「理佐と一緒の機種でお揃いの携帯カバー使いたかけん。最高やろ?」
あまりにも眩しく笑うから
全てが夢だと思った。
なんて君に伝えたら大袈裟だと笑われちゃうね。
『ねぇ、ねる』
「ん〜?」
『これからわたしの家来ない?』
「ふふっ。よかよ」
「っん、っぁあ、!っ」
『ねるっ、好き、』
「りさ、、っあ、、もぅ、っ」
玄関のドアを閉めた瞬間から、離さないようにねるを抱き寄せてそのまま無我夢中で……とはならず、二人で丁寧に手を洗ってからねるにわたしの部屋着に着替えてもらう。外気に沢山触れた服で家の中に入るなんて、なんかすごく嫌なんだよね…。
『ちょっとお風呂入ってきちゃうね、』
「ふふっ。理佐は綺麗好きやね。私も一緒に入っていい?そっちの方が理佐もいいでしょ?」
『いいの、?』
「理佐に洗ってもらうの気持ちいいから、ね?」
ねるのひとことで馬鹿みたいに欲情してしまった自分に後悔は……ない、はず。
お風呂に浸かる事よりも遥かに熱くなる行為を終え早々にお風呂場を後にする。
「理佐はほんとに変態やね」
『ねる、』
濡れた髪も、赤く染まる頬も、
部屋着から少し見える綺麗な鎖骨も
少しぼーっとしてる姿も、ねるのひとつ一つの全てがどれも興奮材料にしかならなくて、でもさっきまで散々ねるに変態扱いをされたのでそんな気持ちをバレたくなくて、無駄に我慢する。
『髪の毛乾かしてあげるから、こっち座って?』
「うん」
指通りのいい髪にそっと触れると、わたしと同じ香りが一瞬ふわっと広がった。
まるで一緒に住んでいるかのような感覚にねるとのいつかそう遠くない未来を想像して身体中がじんわりと温かくなった。
『終わったよ〜』
ねるがそっと椅子から立ち上がりわたしの方へと向き直る。
言葉はないけれど、しっかりとわたしには届いた。
『ねる』
「理佐、」
何をするわけでもなく、ただわたしの名前を呼び
じっと見つめてくる
あぁ、かわいいなぁ、ねる。
自分の口角が自然に上がっている事に気づく。
できる事ならこのまま、どうか、ずっとこのままで。
わたしだけを求めて、わたしだけをねるの世界に映してほしい。
ねると、わたし。
二人だけの夜に優しく愛を重ね続けた。