儚夜20



















「あんたらさ何してんの、マジで」

















予告なしに開かれた扉とひとりの人物によってさっきほどまでとは違うピリッと張り詰めた空気が頬を掠める










「ねぇ自分がどういう立場かわかってる?」

 

「はい」




「私はさ?何も無理なお願いなんてしてないのね?
早く支度して出てこいってお願いしたの」





今まで見たこともない愛佳の表情。
感情のない声




「すみません。つい、理佐が可愛すぎて。でも愛佳さん別に止めに来ませんでしたよね?」





「は?」




徐ろに煙草を取り出し咥えながら火をつける愛佳を、含み笑いを浮かべるねるを、
わたしは止める事も口を出す事もできない





「まさか、カメラとかで撮ってたりしませんよね?」



「ははっ、面白い事言うね?そんな口が叩けるようになったとは、ねるも大人になったねぇ」




「ほら愛佳さん、証拠を押さえるの好きじゃないですか?だからねるが家で理佐と一緒にいる写真でも上の人に持っていけばねるから理佐を奪えるとか考えてそうで」



 

「ねる、あんまりふざけた事言わないほうがいいよ。これは最後の忠告。って、………理佐なにしてんの?」












一瞬。





自分でも何故そうしたのかはわからない。
たった一瞬で、ねるに手を伸ばそうとする愛佳にねるの間に割って入り





わたしの手は愛佳の胸ぐらを掴んでいた





『……二人が何を話してるかよく分からないけど、ねるには、触らないで』

 

「へぇー、すっかり理佐も姫を守るナイトってわけね。でもね理佐、やめた方がいい。ねるが相手にしてる連中は上層部ばかりなんだよ。ねるたった一人で何十億って金が動くんだから怖い世界だよ」

 



『ねるは、ただ、仕事をしてるだけでしょ?上層部とか、知らない』



「あーー、分かったよ分かった。この話はまた今度ね。マジで早く行かないと私がねるの客に殺されるから、」









なんで?



なんで皆んなねるを物として扱っているの、?
ねるは上層部?太客?の物??


意味が分からない、いや、分かりたくもない





「理佐……何も気にすることなか。ね?
 深く考えんで。仕事終わったらまた連絡する」




「何してんの、早く車行くよ」







車内では誰も口を開く事はなかった。
隣に座るねるに目をやると流れる景色をただ呆然と眺めていた



何があっても、何が邪魔しても、
ねるの隣に立つのはわたしでいたい



窓越しにわたしの視線に気付いたのか、外の景色から視線を外す事はないけれどそのままねるの左手がわたしの右手を包み込む





「大丈夫」


そう言われてる気がして心がまた苦しくなった








見慣れた街並みが広がり暫くするとあのホテルが顔を出す。


ねるをこの場所から解放させてあげる事がわたしにできるのだろうか。ねるをわたしの手で抱き寄せれば幸せを掴めるだろうか。



ホテルの裏口に周り車がゆっくり止まり、その光景に目を留める



従業員やキャストが入る裏口ともう一つ。





もう一つ別の入り口

決して派手派手しくはないけど、黒の光沢を纏った外観は上品さを演出し、所々に散りばめられた耀くゴールドが何処かイヤラしく美しい



これが儚夜のもう一つの顔。

上層部とかいう人達用の入り口だと理解するのには一目瞭然だった





「ねるはもう行って」


「理佐の事頼みます」









車内は愛佳とわたしの二人だけ。




「理佐、悪いんだけどさ」







心臓がビクつく






「そんなに怖がらないでよ笑、悪いけど会社まで送ってあげられないや。ここから歩いて行って」



『なんだ、そんな事か、、ぜーんぜん歩くよ』


「今日は会社戻れないと思うからさ。じゃ、また明日」



何やら慌てた様子の愛佳はエンジン音を鳴らしながら車を飛ばして、もう車の姿さえ見えなかった
 



御手洗いだけ借りようかなって思ったけど目の前にある入り口は二つ


一つは従業員キャスト用の裏口。
もう一つは目も当てられないVIP用の入り口。




パパッと御手洗い借りるだけだし、裏口から入っても問題ないよね…?





『失礼します……』





高級ホテルに間違えて入ってしまったと錯覚してしまうほど美しさで統一された室内。


初めてのねるとの一夜を思い返しながら廊下を歩いていると、薄ら淡い光を放つ一角に突き当たった。
どのオブジェもインテリアもわたしに緊張を与える材料にしかならず、自分がVIP専用のフロアに迷い込んでしまったと察するのに時間はかからなかった




「ちょっと、そこの方」


背後から声が脳内に響く。
不法侵入をしている身なので心臓が飛び出すんじゃないかって程の驚きはしたものの何とか持ち堪え、そのままゆっくり振り返る


目の前には才色兼備という言葉の代名詞のような女性が一人立っていた


『わたし、ですか?』


「ほら、ハンカチ落としましたよ。…ところで初めて見る顔ね。新人さん?」


『いやいやいや、!違います。間違えて入ってきてしまっただけなので、すみません。すぐに出ます』


「あら、そうなの?残念。お顔タイプだったのにな。
あっそうだ、このくらいの身長の黒髪ロングの可愛い女の子このホテルで見かけたりしてないかしら?」




見かけてないと言おうとしたその時、思考が止まった




「長濱ねるって子なんだけどね。約束をしているのにどこにいるのかしら、今日は沢山ねるに甘えたいのに……って話してたらねるから連絡が!なんかごめんね、」


 


『あ、あの、!』



言葉が思考よりも先に口に出る。


きっとこの人はこれからねるに抱かれる人なのはわたしにでも分かる


自分がどうすればいいかなんて分からない、知らない

ただ、

ねるのところに










『行かないで、』





自分でも聞こえるか聞こえないかわからない声で言葉が漏れる。そして声は震えている。





それでも物音一つないこの空間は目の前の人に確かに声を届けた








「それ誘ってる?わたし今までねるにお預けされてたから止められないよ」






ねるを渡しなくない一心で漏れた言葉は誰がいつ通るか分からない廊下で、目の前の人の欲を掻き立てただけだった。




一瞬で壁に追い込まれ距離が縮まる
視線が捕らえられたみたいに目の前の人から目が離せない


身体が縛られたみたい動かない






『っ……』




「その表情、唆られる」





生理的に目を閉じればすぐに唇を当てられる
生々しい感触。





「んっ、、っん」


『っ!っんんっ、』





触れるだけのキスなんてなくて
初めから深くまで求められる




息が続かない、
そう思い微塵な力を振り絞り相手の方を叩く






「っん、」


『っはぁ、はぁ、、』





「その表情やばいよ。本当はキャストなんでしょ?私専用の部屋あるからきて」




『っはぁ、っちょ、』



「きて」という言葉に選択肢なんて物はなくて力強い腕に強引に引かれる
まだ酸素が足りないのかぼーっとその腕を眺める事しかわたしには出来なかった





引かれた先の廊下の雰囲気がガラッと変わり、
少し視界が薄暗くなる




金色に輝く馬のプレートが飾ってある部屋の目の前で彼女は足を止めた




「見て、この馬かわいいでしょ?」



『馬、?まぁ、可愛いというかカッコいいとは思いますけど…』




何処かで見た事があるような気もする馬のマークを見ながらなるべく当たり障りのないように、
彼女の顔色を伺いながら答える



「ふふっ、あんまり興味ないよねごめんね。じゃあさっきの続きしよっか」




白くて筋肉の筋がある綺麗な腕がわたしの背中に回されるとそれと同時にもう片方で腰をしっかり押さえられる。所謂逃げ場がないこの体制。





『ま、待って、』



「やだ」
 


『名前だけ、教えてよ、』



「名前?ふふっ、知りたい?」




答えるつもりがあるのか、ないのか
目の前の彼女は少しずつ顔を寄せてくるので反射的に目を逸らす。



次の瞬間には耳元でわざと息がかかるように彼女は名前をわたし伝えた


 












"すがいゆうか"










彼女は確かにそう口にした
菅井友香といば、あの菅井グループの後継者で資産家の超富裕層の中でも日本で一位二位を争うほど。そして、先ほど違和感を覚えた馬のマークは菅井グループのシンボルマークだ






目の前の事実が脳に直接襲いかかる。








どうして、



どうしてそんな彼女がここに、、?
ない頭で必死に考えるが余計に混乱するばかりで、
目の前がくらくらする





わたし、、あの菅井友香さんとキ、キスしたの、??
しかもあんな濃厚な、





「あれ、?ちょっと、!大丈夫?」




彼女の心配の声なんて耳には入らなくて。


ただ自分がしてしまった事の重大さに気を失ってしまったんだ。





























あれ、?



目の前にねるがいる。
いつものようにわたしにべったりくっついて離れない。




あぁ、そうか。
あれは夢だったんだ。
よかった、本当に良かった。







ねる、好きだよ_______________。









目の前のねるにそのまま抱きついた。


































理佐の寝顔初めてみたな、
綺麗なのにどこか幼くて、可愛いな。
そう思いながらスヤスヤと寝ている理佐の頬に触れてみる



一瞬身体がビクッと反応を示すものの起きる事はなかった






『んっ、、ねる、好き、、だよ、』

 



「っ、!」









寝ているはずの理佐がそのまま私を抱き寄せた




きっと愛する彼女との夢を見ているのだろう。
抱きついて離れない理佐の表情はどこか微笑んでいて幸せそうだった






久しぶりに触れた理佐の体温。


純粋にその事実だけを感じて喜べたらどれほど幸せだろう





何度目かの溜息を吐きながら、薄っすら開かれた唇に一瞬、触れるだけのキスをする








「理佐、起きて」





1/1ページ
スキ