儚夜11







この世界は簡単には生きられない








ただ一人、



たった一人の人間を愛する事も難しい  






そう思っているのは私だけなのだろうか、






君はどうやって今までこの世界を生きてきたのだろうか








そしてこれからの未来をどう生きていくのだろう










教えてほしい
















愛佳と別れてからホテルを後にしようと廊下を歩いていると、わたしは無意識のうちにあの部屋の前で足を止めていた









『302号室、』



この扉の向こうにねるがいる




これじゃ、まるでストーカーだ、


離れよう。


いつまでも動こうとしない足に命令をかけ重い足を踏み出す






_____「んっ、あっ、」_____








『っ、』





脳に直接届く愛おしい人の妖美な声。




ドア越しから聞こえるねるのいやらしい声に嫌でも反応してしまう自分の身体に嫌気がさす






ねるが他の人間から与えらる快感から漏らす声を聞くだけで頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、真っ暗な醜い感情で支配されそうになる。


 




嫌だ、



自分とは違う誰かがねるに触れるのも、触れさせるのも。





 


______「ねるはキャスなんだよ?毎日好きでもない奴とヤッてるんだよ?」______







愛佳の言葉が頭をよぎる







わかってる。







キャストのねるを好きになったのも、それを受け入れたのもわたし、わたしなんだ。







_______「んっああ」_______






扉の向こうから聞こえてくる先ほどよりも一際大きな声も漏らす彼女から今朝の蕩けた表情を脳裏に浮かべては身体が疼いて熱くなる。
欲情してしまうなんて我ながら最低だと思う



 




「……渡邉さん?」








急に名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、昨夜の独特のオーラを放つユイさんが怪訝な顔でわたしを見ていた



 




『ユイさん、』





上手く言葉を取り繕う事も出来ない。
そのくらい今のわたしには余裕がなかった

 


「まだ帰ってなかったんですね。…ところで盗み聞きのプレイが好きなんですか?」





『っ、いや、たまたま通りかかっただけで、そういわけ、じゃ…っ』






「たまたま、ね?」






一瞬で距離を詰められ、反射的に退くように扉に背をつけるとユイさんの口角が上がり間髪を入れずにわたしの横に手をつきそのまま綺麗な顔が近づいてくる。




『っ、ちょっと、』







「あんまり大きな声出すと聞こえちゃいますよ?」







一度持ってしまった身体の熱をこのまま目の前の欲に任せられたらどれ程楽だろうか、








『んんっ、』






予告なしに重なるソレを拒む事は出来ず、受け入れる。ドア越しに聞こえるねるの声も、口内を侵されてるこの行為も、どれもが全てがわたしに興奮を与える。









「っん、ふふっ。いい顔。…こっちきて」







『やめて、』






微塵子のような理性をかき集めて何とか言葉を口にする。








「ふーん、まぁいいや。寂しくなったらいつでも呼んでね」





まるでわたしの心情を全て知ってるという表情のまま、予想よりあっさり引き下がったユイさんに安堵する。

不意に手を掴まれ電話番号の書かれた紙切れを一枚わたしの手に握らせるとあの時と同じヒールの音を廊下に響かせながらユイさんは立ち去った






ユイさんの少し強引な態度に嫌いになるどころか、
寧ろ興味が少し湧いた。
勿論、恋愛感情は断じてない…けど










『.....はぁ、どうすればいいか分からない、』





扉に額を当て溜まっていた息と言葉が漏れ出す
ねるの事全部受け入れるって決めたのに、想いとは裏腹に自分に自信が持てない。







今もそう。
ただ目の前の扉を眺める事しかわたしにはできない







『...部屋静かになった...もう終わった?』








そう思い扉に顔を近づけてた








________「、、り、りさっぁ、!!」________











その時、確かに聞こえた




彼女がわたしを呼ぶ声が、わたしを求める声が。







身体中に電撃が走ったような感覚に陥りながら何も考える隙もなく目の前に立ちはだかる扉を力の加減なんて出来ず乱暴に開けた








『っねる、!?、!』




目の前に広がる光景は余りにも生々しく、
今まで目を背けてきた現実を目の当たりにして身体が硬直し動けない






行為の途中でわたしが邪魔したからか、愛佳の言う太客は今にでも殴りかかってきそうな血相でこちらに近づいてくる。





硬直している情けない身体に嫌気が差しながらも視線は相手から外さない。外しては駄目だと直感的に感じる






太客とか正直よく分からないけど、ねるがわたしを呼んだってことは何かしらの理由がある。
たとえねるの大切なお客さんだとしても、
わたしがここで引き下がるわけにはいかないんだ。








「だれあんた、?今お楽しの最中なんだけど」






相当腹が立っているのか、
太客は息がかかるまでの距離まで詰め寄ってくる






『、ねるがわたしのこと呼んだのできました』


「はぁ、?ちょっとねる、この子なに」




「っえっと、、」






ねるが困った顔をしてわたしを見つめてくる

  



優しいねるの事だ。
きっと太客も、わたしも、
傷付けない言葉を選んでるに違いない






ねるの言葉を待たずにわたしが言葉を紡ぐ





『恋人です』







ダメだと頭では分かっているのに、わたしの口は嘘をつけない




ねるからたとえ太客を奪ってでも二人の関係に嘘にはつきたくない







わたしが妄想癖のヤバい客だと思い込んだのか、
先ほどとは打って変わって甲高い笑い声を飛ばしながら乱れた服を治し乱暴な手つきで扉を閉めヒールの足音と共に姿を消した









やってしまった…


ねるの仕事の邪魔はしたくなかったのに…





どうしたらいいか分からず、ただ立ち尽くしていると優しい温かい温度に身体が包まれた





自分が抱きしめられていると気付くのに少し時間を要したが、身体が吸い付くかのように密着し抱きしめ返すと、「ふふっ」と笑を溢すねるにまた愛おしさが募り身体が熱くなる







ねるを求める自分を制御しながらなんとかこれまでの事を説明する






『ごめんね、勝手に部屋に入っちゃって…仕事の邪魔しちゃったよね』



  


「そがん事どうでもよかばい、理佐は嫌やなかと?ねる、理佐の事大好きだけど、それなのに色んな人とヤってるたい、」








事情なんてどうでもよくて
ただ君を否定することだけはしたくなくて
どうしようもない



ねるがキャストであろうが、なかろうが、
わたしはねるを受け入れて肯定する







少しでもいいからこの想いがねる届いてほしい



そう想いを込めてまだ話しているねるの口にキスを落とす








本当はもっと一緒にいたい。今日は離れたくない。
でも、これ以上一緒にいたら止められない欲が溢れてしまいそうで怖い







『じゃあ、わたしそろそろ帰るね』





そう言い立ち去ろうとした瞬間、腕を引かれた









いつか見たあの時と同じ目をしたねるがいた








「理佐、わたしん家こん?」











いつもわたしの心掴んで離してくれない貴方に、






また溺れた




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