側にいること
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試合が終わってもバックステージでの争いは収まらなかった。
その日は鈴木軍とCHAOSによるタッグマッチが組まれていた。
その中でも一際激しい戦いを見せたのは、石井さんとタイチさんだった。
この二人がバックステージで揉めている。
スタッフの一人である私はそれを聞き、急いで二人のもとへ向かった。
・ ・ ・
現場に着くと二人はバックステージから離れ、人気のない通路で揉めている最中だった。
タイチさんの後ろにいる鈴木軍の人たちは、面白そうにその様子を眺めている。
「なんだよ石井、やってみろよオイ」
タイチさんは愉快そうに笑みを浮かべ挑発している。
一方、石井さんは周りのスタッフが必死になって抑えてはいるものの、
今にも殴り掛かりそうな勢いでタイチさんに迫り、声を荒げている。
まさに一触即発の状況だった。
私は二人の間に割って入り、互いの距離を取るよう石井さんの胸板を押した。
「石井さん落ち着いてください!もう試合終わってます!」
「うっせぇ、どけ!!」
「嫌です!とにかく落ち着いてください!」
「誰かと思ったらテメェの女かよ」
その声に私は動きが止まった。
振り返ると、タイチさんが嘲るように微笑んでいた。
「女に助けに入られるとか、ダッセぇなぁオイ」
「……」
タイチさんは品定めをするように、じろじろと私を見る。
互いの視線がぶつかると、そのまま真っ直ぐ私の目を見て言った。
「なぁ、こんなオッサン捨てて俺にしろよ」
「っ!?」
突然の言葉に体が固まる。
(な、何言ってるのこの人!?)
「石井の女とか、どんなブスかと思ってたのによぉ…想像してたのと全然違ぇな」
「るっせぇ」
石井さんは私の頭に手を置くと
私の顔を隠すように、ぐっと自分の体に引き寄せた。
(!!!)
片腕で抱き締められるような形になり、思わず心臓が跳ねる。
(石井さんが自分から…しかも人前でくっつこうとするなんて…!!)
珍しい彼の行動に嬉しくなった私はその腰にそっと腕を回し、静かに抱き締めた。
それを見た他の鈴木軍の人たちが、何か茶化すようなことを言っているのが聞こえる。
(う、うるさい!今いい雰囲気なのに!)
しばし沈黙が続くと、タイチさんが口を開いた。
「ま、今日はいいモン見れたな。次はそいつ貰うから、忘れんなよ」
そう言い残し、タイチさんと鈴木軍の人たちはその場を去って行った。
「…離れろ」
「えっ?あ、すいません!」
「人前でくっつくな」
「なっ…石井さんが先にくっついてきたんじゃないですか!」
「あんな思いっきりひっついてねぇよ俺は」
「そ、それは…」
「つうか…もうアイツと喋んな。」
石井さんは眉間にしわを寄せ、手首のテーピングをベリベリと外しながら吐き捨てるように言った。
「“アイツ”って…タイチさんですか?」
「他に誰がいんだよ」
「でも仕事がありますし…そういう訳にもいきません」
「あ゛?」
「だ、だって…さすがにそれは…」
苛立ちを隠さないピリピリとした彼の態度に怖くなり、何も言えなくなってしまう。
両方のテーピングを外し終えた石井さんは、真っ直ぐ私の方へ向き直ると
眉をひそめ、じっと私の顔を見た。
「あ゛ぁ゛~~!!クソッ…!!」
石井さんは膝に手を置き、突然床に向かって叫んだ。
いきなりの行動に驚いたが、すぐに顔を上げ、落ち着いた様子で言った。
「…悪かった。馬鹿なこと言って」
「いえ…」
決まりが悪いのか、目を合わせようとしない。
珍しく余裕が無さそうだった。
「けど…お前はそのつもりなくても、周りの奴等は…」
「周りの…?」
私は言葉の意味を尋ねるように繰り返した。
すると石井さんは怪訝そうに目を細め、心底呆れた様子で言った。
「……分かってねぇならいい…」
「すいません…」
「……お前は、俺だけ見てれば…それで……」
そう言いかけると、石井さんは突然糸が切れたように力が抜け、私の方へ倒れこんだ。
「わっ!…って重ッッ!!!ちょ、これ無理です!!石井さん!?大丈夫ですか!?」
「……休む」
「休むのはいいんですけど、このままだと私ごと倒れます!ちょっと、体重掛けないでください!!」
・ ・ ・
その後、他のスタッフの手を借りて
なんとか石井さんを控室へ連れていくことができた。
そこでは彼の要求により、私が膝枕をすることになった。
「こんなこと頼めるくらい元気なんじゃないですか…」
「ねぇよ…」
タイチさんに喧嘩腰だったあの勢いはどこへやら
どっと試合の疲れが出たのか、すっかり落ち着いて静かになっていた。
本当に疲れ切っていることは分かってる。
だがそんな状況にも関わらず甘えてくる彼が可笑しくて、つい意地悪なことを言った。
しばらくの間そのままでいると、石井さんが目を閉じた。
「寝るんですか?」
「…少し」
「でも、着換えとか…」
すると、立ち上がろうとする私の腕を掴まれた。
閉じていたはずの目は開かれ、真っ直ぐに私の目を捉えている。
まるで「行くな」と言われているようで、私はもう一度その場に腰を下ろした。
「…どこにも行きませんから」
「…嘘つくなよ」
「つきません」
「…絶対」
「絶対です」
そこまで話すと、彼はもう一度静かに目を閉じた。
私は彼の手をそっと握ると、同じようにゆっくりと目を閉じた。
Fin.