🕰 -君の彼氏になりたい。-
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仕事終わりの大人達が練り歩く賑やかな通り
そこから少し逸れ、小道を進むと見えてくる煉瓦造りの風情のあるお店
俺らはいつも、ここのバーで飲んでいる
「今日も旦那遅いんだね、何時になるの」
「今日も出張、日付変わった頃にしか帰ってこないかもね」
「へー、旦那も大変だねえ」
俺はいつもこうやって彼女の旦那の帰りが遅い日に
"飲み仲間"というていで一緒に飲んでいる
そんな俺が彼女と出会ったのは半年前のある雨の日だった
_______________________
あいにくの雨でいつもより人が少ない飲み屋街をするりと抜けて、俺はいつものバーへ向かった
「んなんだよ、濡れちゃったじゃんよ」
傘をさしていたのにも関わらず
俺のジャケットは風にあおられた雨で濡れていた
「___買ったばっかなのにい」
少し気落ちしながらも俺は重い扉に力を込めて
ゆっくりと引き、店の中へ入った
「いらっしゃいませ」
白髪オールバックのオーナーが出迎えてくれた
この店はオーナーが一人で回している
オーナーはずぶ濡れの俺を見て上品に笑った
「お客様の事ですから、きっとベタベタでやってくると思いましたよ、これお使いになってください」
彼は高そうなタオルを差し出してくれた
オーナーはよく俺の事が分かっている
ていうのも、俺はここに来すぎだ
「あぁ、オーナー、申し訳ないね」
「構いませんよ、今日はお客様がほぼ居ませんから、暇でしてね」
オーナーは静かに笑った
ジャケットを拭いたタオルを丁寧に畳みオーナーに返してから
俺はいつもの場所、カウンターの一番左端に案内してもらった
すると俺から見て一番奥、
一番右端のカウンター席に初めて見るお客さんがいた
女の人だった
この、常連客のためだけにあるような店に
たった一人でやってくる客は滅多にいない
もし居たならその人は勇者だと俺は思う
だから俺はオーナーに聞いてみた
「オーナー、あの人、新しい人?」
「ええ、といっても私の知り合いですよ」
話によると、なにやら色々あって
オーナーがここに連れてきたらしい
さすがに勇者じゃなかった
俺はその女性の様子をしばらく眺めてみた
彼女に何があってここに来たかは分からないが
何か思い悩んでいるようだ
なんか気の毒だ
「お客様、いつものをご用意してもよろしいでしょうか?」
オーナーが俺の一杯目を尋ねてきた
普段は一切そんな事しないが
なんとなく彼女を労わってやりたい気持ちになった
なんとなくね
「___いや、あちらの彼女に出してください」
「珍しいですね、お客様」
「気分だよ気分」
オーナーは微笑んだ
「かしこまりました」
オーナーは慣れた手つきでお酒を作りはじめた
粋なBGMが流れる店内に
コトン、とグラスを置く音が響いた
「あちらのお客様からです」
突然目の前にグラスを差し出された彼女はキョトンとしていた
彼女は俺の方を見て控えめに会釈した
___カッコよくね?俺、ドラマじゃん
慣れない事をして少し恥ずかしかったが
俺は最大限にカッコつけてみた
「慣れない事しなさって、少しばかり不格好ですよお客様」
即座に図星を突かれて思わず笑いだしそうになった
オーナーにはバレッバレだったらしい
「あぁ、バレちゃった?」
「かれこれ何年お客様にお酒を作ってきたでしょうかねえ」
オーナーは笑った
やっぱりオーナーには敵わないな
ふと彼女の方に目をやると
いつの間にかグラスを空にしていた
すると彼女は何かに気付いたような表情を見せ、こちらを向いて畏まった
「___なんかすみません、代金はきちんとお支払いしますので___」
そう言って彼女はカウンターに代金を置いて足早に店を去った
___あれ、俺、もしかして悪い事しちゃった?
「きっと時間でしょう」
俺の心を読むかのようにオーナーが呟いた
「時間?」
「早く帰らないといけない、理由があるのでしょう」
時計を見ると、22時30分を回ったところだった
俺にはその "理由" が分からなかった
___変なの
だけどなんとなく、彼女が気になった
「___一杯目、どうされます?」
「___じゃあ、いつもので」
これが彼女との最初の出会いだった
彼女とはこれっきりかと思っていたが
彼女は定期的に店に来るようになった
あとオーナーの紹介もあって、彼女と軽く言葉を交わしながら飲む仲にもなった
最初は変わった人だなーとか思ってたけど実はめちゃめちゃ気さくな人で
でもどこか落ち着いてるところがあって
正直、いい女じゃんとか思ったりした
それに最近は一緒に飲む回数が増えて、互いの仕事の愚痴なんかを話すようになった
嫌な顔一つせず話に付き合ってくれる彼女に対し、ワンチャンいけるんじゃね、とか正直思っている
でも彼女を持ち帰るにも持ち帰れなかった、だってめちゃめちゃ早く帰るからね
______いや
いい女とか、ワンチャンいけるとか、お持ち帰りするとか、そんなんじゃない
これは多分俺のただの強がり
まいったな
そんな中、今日も今日とて二人でお酒を嗜んでいたある日
俺は彼女の左手でキラキラと輝く、指輪の存在に気づいてしまった
いやいや、聞いてない
まさかの既婚者であることに、俺は動揺した
彼女の口から旦那の話なんて一度も出た事がない
___いやいや、そんな訳
触れちゃいけない事なんだろうか
でも俺は聞かずには居られなかった
「___もしかして、旦那さんいる感じなの」
彼女の顔が一瞬で曇った
あ、俺、やった?
「___そう、いるの」
彼女は重々しく口を開いた
「___ここに来たのは、その事で色々あって」
「俺で良ければ、話聞かせてよ」
進んで聞きたいとも思わなかったけど、俺はいつの間にかそう言っていた
「彼の___当たりが強いの」
彼女は、旦那の出張が多い上に
彼女に対して当たりが強くなってきている事をありのままに話した
「だから嫌になっちゃって、旦那の帰りが遅い日にこうやって飲みに来てるの」
___だからすぐ帰る訳だ
旦那が帰る前に家にいないと、怪しまれちゃうから
「いいの?そんな日の飲み相手が俺みたいなやつで」
俺はちょっと期待を込めながら聞いてみた
「いいの?って、十分素敵な飲み相手だと思ってるけど」
彼女は微笑んだ
___くっそ、なんのつもりだよ
俺の気持ちはそろそろ歯止めが利かなくなりそうだ
いや、いくらなんでもダメだよなあ
既婚者、の三文字が俺の気持ちを邪魔する
さっきから俺はこの背反する感情としか戦ってない
時計の針は23時30分を指していた
「じゃあ私はこれで」
彼女はカウンターにいつもより多めの代金を置き、店を去った
「二人分ですね、頂戴致します」
オーナーは丁寧にお金を扱っていた
俺は余計に期待を抱いてしまった
_______________________
彼女と飲む仲になって二ヶ月くらい経った今、
今日も今日とて俺は彼女とお酒を嗜んでいる
最近何故か創作意欲が増しましてね、と言うオーナーが
今日は俺らにオーナー特製のカクテルを出してくれた
常連さんにしか出すつもりはないらしい
常連さん、といっても俺らの事なんだけどね
いつもよりも格別なカクテルの甘さが、身体中を駆け巡った
彼女も特製カクテルを、存分に味わっているようだった
木製の時計の針はもうすぐ12の文字に重なりそうだ
___あれ、帰んないの
珍しく、彼女はまだ飲んでいる
旦那の帰りが遅いとはいえ、さすがの彼女も万が一の事は懸念しているだろう
だけど今日はなんだか帰る気配がしない
___ふーん
試しに俺は聞いてみた
「あれ、0時過ぎたけど帰んなくて大丈夫なの」
少し考え込んでから、彼女が口を開いた
「___今日はそんな気分じゃないの」
そんな気分って、なんだよ
俺はなんとなく "なにか" を感じて、心臓が跳ね上がった
俺は尋ねてみた
「思ったんだけどさあ___旦那それほんとに出張なの?」
「___まさか」
「旦那も他の女の所行ってたりして___なんてね」
「旦那もってなによ」
「俺と飲んでるのは黒じゃないんだ?」
「飲み仲間って思ってる以上カウントされませーん」
彼女は淡々と答えた
飲み仲間、そうか
俺は飲み仲間なんだ
俺は、悔しかった
「こんだけ会っといて飲み仲間って言い張るつもりなんだ?」
「飲み仲間は飲み仲間なの」
くっそ、もどかしい
ここで冗談でも「好き」とか言ってみたら
少しその気にもなってくれるだろうか
いや無理に決まってる、夫持ちの女にそんな事言える訳がない
そんな事したらもう、完全に、黒になってしまう
時計の針は0時10分を指していた
静寂が訪れ、時だけが流れていく
彼女はまだ帰らない
___期待させちゃってさ、ほんとに、ウケる
「俺は別に飲み仲間とか思ってないんだけど」
「___へ?」
とんでもない事言ってんじゃんって言ってから気付いた
え、俺、やばいね
だけどもう引き返せない気がした
「女として___見てるんだけど」
「___何、口説いてるの?笑」
「口説いてない、これガチだから」
彼女は笑いながらも動揺している
もちろん俺は動揺どころじゃない
「指輪なんかしちゃってさ」
彼女は自分の左手の薬指に視線を落とした
店の照明の淡い光に照らされ、ダイヤモンドの輪っかは控えめに輝いていた
「外せよ、外させろよ______」
気がつけば自分でもビックリするくらい
弱々しい声になっていた
彼女の表情も変わっていた
俺はいつの間にこんなに惚れてたんだろう
しかも人妻だなんて
あぁ、でも仕方ねぇよな
彼女が旦那と上手くいってないとか言うから
いつまで経っても帰ろうとしないから
___いや、彼女のせいじゃない
俺が好きになったのが悪い、最初から俺の負け
彼女は俺の目をじっと見つめていた
真っ直ぐ俺を捉える彼女の目を、俺は捉え返した
この一線は越えてはいけないと、今まで何度も自分に言い聞かせてきた
でも俺を真っ直ぐ捉える彼女の綺麗な目はもう、ぜーんぶ俺のモノみたいに思えた
不覚にも鼓動が高まった
ふと視線を外し時計を見ると、0時25分を少し過ぎたところだった
なんとも言えない空気の中、いたたまれなくなって俺は声を掛けた
「時間、そろそろやばいんじゃない」
彼女はハッとした表情で時計を確認した
「そうだね、帰らないと___」
彼女はカウンターに代金を置いた
「___ずるい人」
少し、名残惜しそうな表情を見せながら確かに彼女はそう言った
カウンターのオーナーはしばらく前から席を外していた
これはきっと合図だろう
___このまま帰せる訳ねぇよ
気づいたら俺は、彼女の体を後ろから抱き締めていた
「帰さない」