🐺 -beast side-
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#06 第二日目(3)
私は深澤さんと共に広間へ足を運んだ
まだ誰も来ていなかった
円を描いて並べられていたはずの椅子は昨晩から大きく乱されたままで
床にはまだ赤黒い血液がこびりついていた
深澤「うわ___キツいね」
深澤さんは目を細めている
向井さんの背中に銃弾が撃ち込まれたあの瞬間がフラッシュバックする
人狼である以上、村人陣営がいなくなってくれる事に越したことはない
が、さすがに私にもまだ人間の心がある
それに、最初のなんの手がかりもない段階で彼を死に追いやってしまった事に対してはやはり引き目を感じていた
深澤「俺もいつかは殺されちゃうのかな」
床の赤黒い染みを見つめながら深澤さんは呟いた
彼の弱気な姿を初めて見る気がする
あれだけ散々ちゃらんぽらんな言動や行動をしていた彼だが、実は怯えていたのだろうか
◯◯「わからないです、私もいつかは死ぬのかも」
私はそう返事した
広間の扉が軋む音を立てた
やってきたのは岩本さんだった
岩本「うっす」
髪をかきあげながら、眠そうな顔でこちらへ歩いてきた
◯◯「寝起きですか?目がすごい」
岩本「ああ、バレちゃった?」
目がキリッとしている印象の彼だが、今はなんだか目がトロントロンしている
私と同じようにお昼寝をしていたようだ
深澤「照にしては珍しいね自分で起きるなんて」
岩本「お前、なめてる?笑」
深澤「はは笑 冗談だよなめてねえよ笑」
そう言い深澤さんは岩本さんの肩をポンと叩いた
こうやってみんなが垣間見せてくれる"普段の"日常に、少しばかり温かさと羨ましさが胸に溢れる
理子を失い、ゲームの事ばかり考えていた私にとってそれらは幾分か輝いて見えた
もしや深澤さんはそういう私の事を気にして昨日から___
そんな訳ないか
変に自惚れる事をやめた私は二人のやり取りを眺めていた
そうしている内に一人、また一人と徐々に人が集まってきた
時計は午後六時半を指していた
最後に部屋に入ってきたのは、ラウールくんだった
ラウ「__ぉおあ、俺最後か」
焦った焦ったー、と彼は白い歯を見せたが、その表情はなんだかぎこちなかった
全員が席についた
椅子は三脚余っていた
渡辺「どうするよ」
身を前に乗り出した渡辺さんが口を開いた
岩本「どうするもなにも、わかんねェんだよ」
深澤「そういう時の阿部ちゃんじゃない?」
阿部「えっ!?俺!?」
突然の指名に阿部さんの声は裏返っていた
こういう時に限って理科教諭という肩書きをいいように使われる彼が可哀想だ
深澤「阿部先生ロジカルなの得意なんじゃないの?」
阿部「そう言われても___」
不憫な理科の先生は何か言いたそうな顔をしていた
なんだろう、この段階でバレる事は多分ないが、阿部さんは細かな事から糸を手繰り寄せて来そうで正直怖い
私は少し身構えた
阿部さんは一呼吸置いた
阿部「なんで目黒が最初に人狼の餌食になったんだろうって、今日一日考えてみたんだけど___
目黒が人狼に邪魔者扱いされるような発言してた訳じゃないから真っ先に殺される理由なんてないし、もちろん私情で殺したなんて事はないだろうし、それにみんなの様子ちゃんと見てた訳じゃないし______
つまり誰がやったとしてもおかしくはないんだよね今のところ」
岩本「つまり見当がつかないってこと?」
阿部「そう」
場が静まり返る
全員目だけ動かしてお互いの様子を窺っている
岩本「___ダメだわ」
彼は顔を歪め大きく伸びをした
きっと皆同じ事を思っていたのだろう、反応はないが同調の空気が読み取れた
今の一言が、この場にいる全員の気持ちを代弁していたかのように思われた
正直、この展開を望んでいた
皆が闇雲に投票しているうちは、私達に票が多く集まる事はまあないからだ
私は心の中でガッツポーズをした
が、喜べたのも束の間だった
渡辺「誰も分かんないならさ、俺話してもいい?」
そう言ったのは渡辺さんだった
あんな受け身で挑発的な渡辺さんが自分から話し出そうとするなんて、珍しい
佐久間「話すって___?」
何かを察知したのか、佐久間さんの表情が凍り始めた
彼はバカかもしれないが勘だけは鋭い
私も何となく嫌な予感がした
渡辺「昨日の夜さ、涼太役職あるって言ってたじゃん」
渡辺さんは宮舘さんの方を一瞥した
宮舘さんはひとつも表情を変えずにいた
渡辺「それで今日の朝霊媒師って言ってたじゃん」
宮舘「そうですけど」
やばい___そう思った
この人、まさか
手に汗が滲む
私は服の裾を強く握った
渡辺「俺占い師なんだけどさ、昨日の夜の時点で役職本当かなと思って涼太占ったんだよね」
◯◯「___占い師?」
考えるよりも先に言葉が出ていた
この流れ、完全に俺も霊媒師なんだけど〜のパターンかと思っていた
だがまあ、占い師で宮舘さんを占ったという事実がある以上、どっちにしろヤバイって事は分かっていた
岩本「翔太占い師なの?」
阿部「本当なの?翔太」
渡辺「待って、聞いてくれまず」
渡辺さんは動揺する仲間を制した
さっきまで萎れていたラウールくんも驚いた表情をしている
渡辺「で、占ったんだけど」
渡辺さんは言葉を止めて、この場にいる人全員の目を見た
その顔は若干強ばっているように見えた
___となると、これは完全に詰んでしまった
彼はこれから宮舘さんが人狼だと暴くだろう
顔から血の気が引いていくのをしっかりと感じられる
あぁ、生き残る為のあえての作戦が、裏目に出てしまったなんて
役職があるとさえ言っておけば、普通は他の人を占うとばかり踏んでいた
もちろん普通だったらそうだ、その方が効率がいい
でも、相手は渡辺さんだった
彼が宮舘さんを占うのも無理はない
というのも私の勝手な偏見だが
しれっと佐久間さんの様子を窺ってみた
意外とすました顔をしているが、桃色の小さいその左手は椅子の縁を強く握っていた
この場にいる全員、渡辺さんの目を見て、息を殺している
部屋の緊張感も高まった
私は半分、いや完全に諦めモードで渡辺さんの口から放たれる言葉を待った
渡辺「涼太は霊媒師だったよ」
ラウ「なんで!?」
間髪入れずラウールくんが椅子を倒して立ち上がった
目を大きく見開き、肩で息をしている
いや
なんで?はこっちの台詞である
本当に意味がわからない
何が起こっているのだろう
いや、なんで?
急な展開に私は理解できずにいた
これは村人側から見てもそうだろう
隣にいる深澤さんは顎に手を添えたまま動かない
絶賛混乱中の私達を差し置き、どういう訳か明らかに取り乱しているラウールくんが渡辺さんの方へ近づいた
ラウ「なんで?何言ってんの?」
彼は渡辺さんの肩を掴み大きく揺すぶった
渡辺さんはうざったそうな表情を見せた
渡辺「何言ってんのって、なんだよ」
ラウ「なんでそんな嘘つくの?」
渡辺「はあ?」
ラウ「だからなんで嘘ついてんの?」
深澤「待ってラウ、どういう事?」
深澤さんが険悪モードな二人の間に入った
大きく振り向いたラウールくんは、私達に訴えかけるかのように話し出した
ラウ「違う!しょっぴーも舘さんも嘘ついてる、霊媒師は俺なの!もうこの際言っちゃっていいでしょ」
いやいやいや、待て
渡辺さんは占い師を名乗って宮舘さんを霊媒師だと言うし
なんだ都合いいじゃんと思ったら今度はラウールくんがそれを嘘だと言って自分が霊媒師だと言う
私はますます理解が追いつかなくなってしまった
岩本「ちょっと待って、意味わかんねえ笑」
阿部「ラウールが霊媒師?」
ラウ「そうです」
ラウールくんは未だに肩で息をしている
その顔は、自信に満ち溢れていた
渡辺「お前さなんで今言うんだよ、後付け感半端ないんだけど」
ラウ「それは先に舘さんに名乗られたから。あの時名乗っても変に目立つだけだから名乗るべきタイミングで名乗ろうと思ってただけ、てか舘さんがあのタイミングで名乗ったのもただの保険にしか思えないんですけど」
渡辺「お前そう言ってるけどなんも証拠ないじゃん」
ラウ「俺はこの目で見ました、康二くんは村人陣営だって、夜だけ使えるこの携帯でね」
ラウールくんはポケットに入れていたスマホを高々と掲げながらそう言った
宮舘さんが立ち上がった
宮舘「俺も康二は村人陣営だったって見た、この目で」
ラウ「って言うでしょうね、って感じなんですけど」
この感じ、ラウールくんが霊媒師ということで間違いないだろう
だって宮舘さんは霊媒師じゃないんだから
一番厄介なパターンになってしまったなと私は密かに頭を抱えた
現状を全く理解していないであろう佐久間さんもさっきから開いた口がずっと塞がっていない
それにしても、どうして渡辺さんは宮舘さんの事を霊媒師だと言ったのだろうか
これは普通に嘘をついている事になる
どうして嘘を言う必要があるのか
占ったはずなのにどうして人狼だと言わないのだろうか
彼が本当に占い師であるとしたら___
というより占い師じゃないとしたら彼の発言は筋が通らないため
渡辺さんは占い師であることがほぼ確定しているのだが___
宮舘さんを占ったと言っている以上、彼が人狼である事は確実にバレている
さては______庇ってる?
そもそもどうして渡辺さんが庇う必要があるのか
それも意味がわからないし
庇う訳でもなくただの嘘だとしてもその理由が分からない
しかもなんの躊躇いもなく、超潔く
ふと、昨晩の佐久間さんの一言を思い出す
"___嫌だろ?翔太は"
なんとなく引っかかるものがあったが、今特に考えようとは思わなかった
佐久間「待って、てことはラウールが言いたいのは、涼太が偽物の霊媒師でそれを翔太が庇ってるってこと?」
ラウ「そうです佐久間くん」
彼は佐久間さんの方を向き、大きく頷いた
私は白々しく聞いてみた
◯◯「え、じゃあなんで渡辺さんが宮舘さんを庇うの?」
ラウ「二人が人狼だから___って俺は思うんですけどね」
ラウールくんは二人を一瞥しながら答えた
私はすんなり受け入れたフリをした
まあ、傍から見たら庇う理由なんてそれしかない
正直、他の人らが今の状況をどう思ってるかは分からないが、恐らく宮舘さんの今晩の生存確率は既に50%を切っている
私はきたる可能性を受け入れる心構えをした
沈黙が訪れた
ふと時計を見た
長針が11の文字をちょうど指した
岩本「あと五分しかねえ、どうすんだよ」
深澤「ラウの言う事信じたら翔太も相当怪しくなっちゃうよね」
渡辺「言っとくけど、俺は占い師だし、涼太も霊媒師」
ラウ「嘘、霊媒師は俺なの!」
皆投票へのカウントダウンに対して落ち着きを失っている
___今からの投票で狙われるのは二人、または三人であろう
だがなんとなく今の雰囲気的に、当事者以外の人達はラウールくんの発言を信頼しているように感じる
これは宮舘さんを切るのが善策か___
今朝三人で契った約束が思い返される
"絶対生きて帰ろう"
そう佐久間さんが言った時の宮舘さんの表情が、未だに脳裏にこびりついている
胸が締め付けられるような痛みを感じた
ラウ「庇ってるのもさ、"そういうの"もあるんじゃないの」
ラウールくんが赤黒い床を見つめながら呟いた
渡辺「お前さそれマジで関係ねぇのに要らんこと言うなよ」
渡辺さんが強く反発する
ラウ「要らんことも何も事実なんじゃないの?」
渡辺「お前証拠ないのによく言えるよな」
ラウ「舘さんだってないじゃん」
渡辺「俺が証拠だって言ってんじゃん」
ラウ「口だけだって!___ねえ!みんなこの二人怪しいと思わない!?」
誰も答えない
というのも、YesもNoも言い難い空気感だからだろう
皆一点を見つめては、唇をギュッと噛んでいる
◯◯「なんかわかんないけど、お互い無実潔白って訳ではまだないよね」
私はラウールくんが言う"そういうの"が大体何を指しているかは分かるようになってきたが
知らないていで最大限宮舘さんをフォローをした
そんな私の事をラウールくんがキッと睨んだ
が、気付かないふりをした
きっと彼のことだから、私が宮舘さんの肩を持っている事に勘づいただろう
ていうより、とっくの前から勘づいていたに違いない
幸い彼は霊媒師、死んだ人の陣営しか知る事が出来ない
今日明日中に手を打っておかなければ
深澤「時間だね」
時計は19時を指していた
岩本さんが居住まいを正した
だらしなく伸ばしていた長い脚を曲げ、両腕で抱え込んだ
彼は見た目とは裏腹に意外と可愛らしい座り方をする
一見怖そうだが、中身はそんな事なさそうだ
深澤「俺、でいいね?」
深澤さんは大きく深呼吸をし、投票の合図を出す心構えをした
私はちらっと宮舘さんの方を見た
彼は瞼を閉じ、厳かに佇んでいた
なんだか、もう腹を括ったような、そんな姿だった
こんな姿、見たくなかったのにな
私は最後になるかもしれない彼の姿を目に焼き付けた
深澤「せーーのっっ!」
全員が思い思いの方向へ腕を伸ばした
佐久間さんはきっと宮舘さんに投票しているだろうと思い、悪足掻きかもしれないが私はラウールくんに投票した
深澤「だてに五票、ラウに三票___って事で」
案の定佐久間さんは宮舘さんに投票していた
ラウールくんへの三票は、宮舘さんと私、そして渡辺さんによる票だった
宮舘さんの処刑が確定した
ああ、理屈よりも感情論か
全員の視線が宮舘さんに注がれた
宮舘さんはゆっくりと立ち上がった
その脚は、少しばかり震えているように見えた
宮舘さんの唇が動いた
宮舘「みんな、生きてね」
その目は儚かった
みんな、というのは私達人狼だけじゃなくて、本来は仲間であるこの場にいる全員の事を指しているのだろう
彼は最後まで優しい
そんな彼は、私達が彼に思いを馳せる時間を与えることなく建物の出入口に向かって駆け出した
渡辺「涼太!!!!!!」
ここ二日で一番大きい声で渡辺さんが叫んだ
宮舘さんは足を止めなかった
渡辺「お前__ッッ!待てよ!!」
振り返ろうともしない宮舘さんを、渡辺さんは必死に追いかけた
私達はその場から動く事が出来なかった
佐久間さんはこれから起こる事を察してもう既に耳を塞いでいる
渡辺「行くなッッて!!!!」
嗚咽混じりの叫び声と同時に、凄まじい銃声音が空気を切り裂いた
佐久間「うぁああぁ___」
唸り声を上げながら佐久間さんはその場に膝から倒れ込んだ
いくら人を殺めていようが、この銃声音には慣れないものだ
仲間思いで責任感の強い宮舘さん
彼はその死に様を誰にも見せない死を選んだ
結局渡辺さんだけ目の当たりにする事となったが、なんとも彼らしい最期だった
なんだか、心に穴がぽっかりと空いた気分だ
いくら仕方ないとはいえ______いや、仕方なくない
大切なものを失ってしまった気がする
体から力が抜けた私は椅子からずり落ち、地べたに座り込んだ
静まり返った広間に、ついさっきまで喧嘩腰だった渡辺さんが萎れた様子で帰ってきた
まるで魂でも吸い取られたかのような顔をしている
こんな渡辺さん、見た事がない
阿部「___舘様は?」
分かりきっている事だが、阿部さんが控えめに尋ねた
渡辺さんは生気のない目で阿部さんの方を見た
渡辺「___言わなくても分かるだろ、死んだよ、目の前で」
隣の深澤さんが悲痛そうな表情を見せた
渡辺「___俺がどんだけ声掛けても、見向きもしなかったよ、涼太は」
そう言って渡辺さんは広間を去った
私はただその背中を見つめていた
広間に私達の荒い呼吸音が響く
未だに大きな体を縮めている岩本さんが口を開いた
岩本「舘さん___運ばなくていいの、部屋に」
宮舘さんの遺体を気にしているようだ
確かに、ぐったりとした向井さんを部屋に運び入れた記憶はまだ新しい
だが彼は、理子のように敢えて"ゲーム中に建物を出る(と、もれなく死亡)"というルール違反による自死を選んでいるため、彼の遺体を運ぶには外に出る必要がある
そうなるともれなく私達も、だ
◯◯「運んであげたいけど___外に出たんでしょ?」
岩本「___そうだったな」
ルールを理解した岩本さんは絶望感に満ち溢れた表情で天井を見上げた
そうだ___落ち込んでる暇はない
人狼を一人失った以上、プランを考え直さないと
私は抜け殻のような岩本さんを横目にゆっくりと立ち上がり、自室へ戻ろうと広間を去った
部屋の時計を見た
0時を指していた
私は徐に立ち上がり、返り血対策のインナーに着替えようと金庫に手を掛けた
金庫が大きく開いていた
___あれ、こんな開けっ放しにしたっけな
金庫を触ったのは昨晩目黒さんの元へ行く時だけだ
例え昨晩の自分の仕業であったとしても今朝の段階で気づくだろう
それに中身がバレたら一発アウトなものを流石にこんな大胆に放置する訳がない
とはいえ誰も部屋に入れていないはず
それに正直昨晩ちゃんと金庫の扉を閉めたかは覚えていなかったため、特に考えず金庫の中の新しいインナーを掴み取った
着ていた服を雑に脱ぎ、ベッドへ放り投げた
昨日から使っていたインナーはそのまま着ていても良かったが、気分的に捨てる事にした
繊維の匂いがする新品の黒いインナーを頭から被る
サイズ感がぴったりなのが、なんとも気持ち悪い
今日のターゲットは、とにかく、絶対に仕留められる人
厄介なラウールくんに手を出したい所ではあるが、きっと騎士が守っているだろう
渡辺さんは役職だけで考えると仕留めておきたい感はあるが、今現時点で多数の人に怪しまれている
ここで殺してしまうと矛盾を作る事になってしまい、そうなるとこっちが不利だ
となると___岩本さん、深澤さん、阿部さんの中から一人、だ
なんて事を考えていると、部屋のドアが微かに音を立てた
ドアの方に目をやると、少しだけ開いたドアの隙間から佐久間さんが小さな顔を覗かせていた
まだですか?と言わんばかりの表情だ
私達は音を立てないよう部屋を出て、目で会話をし二階のあの食事部屋へ向かった
佐久間「こんなはずじゃなかったのにねぇ」
ガスコンロ下の収納を開け閉めし凶器になりそうな物を探しながら、佐久間さんは溜め息混じりに呟いた
佐久間「翔太が本当に涼太を占ったのかは分かんないけど、まさか庇うとか思わないじゃんね、まあ占っちゃったから庇ってんだと思うけど」
口数は変わらないが、どこか元気がない佐久間さん
やはり彼も宮舘さんを失ったダメージが大きいようだ
佐久間「そういえばさ、なんで翔太が涼太を庇うような事したか、気になんないの?」
佐久間さんは手を止めて私に尋ねた
確かに率直に言うと気になるところではある
とはいえ昨晩の、嫌だろ?という佐久間さんの発言から"二人に何かある"という察しはついている
それにいずれ本人の口から話してくれるだろうと、私はここで詳しく聞かない事にした
◯◯「いや、特に」
佐久間「そっか」
佐久間さんは再び凶器を探す手を動かし始めた
佐久間「俺なんも出来ねぇのに、どうしろって言うんだよ」
投げやりに佐久間さんは呟いた
私だってそりゃ、こんな事している暇があるならば宮舘さんの死と向き合いたい
理子を亡くし孤独の身となった私に対して、一番最初に声をかけてくれたのは彼だ
彼があの時私の部屋を訪ねていなければ、そこで話ができていなければ、私はこうやって人狼をやり切る事ができなかったと思う
彼の勇敢な死に向き合えるものなら向き合いたい
だが正直それは後回しだ
今クヨクヨしている暇はない
◯◯「こうなったら仕方がない、やるしかないよもう」
私は出来る限り佐久間さんを鼓舞した
彼はやっと口角を上げた
佐久間「そうだね、勝たないと」
覚悟を決めたようだった
彼は私の目を真っ直ぐ見た
結局使えそうなものとしては、包丁が一丁そして小さめの土鍋などが見つかった
包丁が使えるのも、数的に今晩限りだ
佐久間さんは一瞬考えてからゆっくりと包丁を手に取った
今晩はなんだか、彼が先陣を切ってくれそうだ
私はそんな彼の様子を見て声をかけた
◯◯「誰にする?」
佐久間「___」
佐久間さんは包丁の面で手を軽く叩き始めた
扉の上の時計に目をやった
時間はまだまだありそうだ
しばらくして、彼はようやく口を開いた
佐久間「ふっか___かな」
◯◯「どうして?」
意外な発言に私は聞き返した
佐久間さんも私の反応が意外だったのか、その大きな目を一段と大きくして答えた
佐久間「多分ラウールは騎士が守ってるはずで___で今んとこ翔太は残した方がいいじゃん?って考えると照と阿部ちゃんとふっかが残るんだよね」
佐久間さんは眉間に皺を寄せながら大きく身振り手振りをして説明し始めた
佐久間「それで阿部ちゃんはなんとなく残した方がいい気がするのと俺は照を殺せない、良くないけど消去法ってやつだね」
彼はあたかも筋が通っているかのように答えた
しかしなかなかの感情論である上に昨日今日の深澤さんとの事が思い返され
なんとなく深澤さんに手を出すことに躊躇いの気持ちが芽生えた
だが、佐久間さんの考えを尊重する事にした
◯◯「分かった、深澤さんにしよう」
佐久間「ほんとに?だめなら言ってよ」
◯◯「大丈夫」
私達は包丁を握りしめて部屋を後にし、薄暗い階段を降りた
毎回この時間に階段を降りる時は足音が鳴らないようにしなくてはならず、神経を使う
もう既に何回も昇り降りしているが、やはり慣れないものだ
私達は階段を一段一段しっかり踏みしめて一階へと向かった
階段を下りきって真っ直ぐ伸びる廊下
そこに立ち並ぶ部屋の扉のうち、左側手前から二つ目の扉の前に立った
"108 深澤辰哉"
深澤辰哉___か
名前に対する謎の感動は、昨日も味わっていた気がする
佐久間「開けるよ」
佐久間さんは小声で囁いた
今日の佐久間さんは、ひと味違う
昨日までの彼の姿が嘘のようだ
私は遠慮がちに頷いた
ふと昨日今日の深澤さんとの絡みを思い出す
唐突にパンにかぶりついてきた時の甘い香り
私の無事を知り見せたホッとした表情
ゲームの事を忘れるくらい話し込んだあの時間
最初はなんのつもりであんな事をしてきたのか全く分からなかったし、向こうの調子に合わせていたが
他の人達と比べて過ごした時間が圧倒的に多かった
今思うと、まあ
所詮美容師の遊びなのかもしれないが
そんな事を思いながら
さっきGOサインを出した事を若干後悔しつつ佐久間さんの背中を見つめた
が、佐久間さんは動かなかった
ドアノブを回しきった状態で、固まっている
◯◯「なにしてんの___?」
私は聞こえるか聞こえないか位の声で尋ねた
佐久間さんの顔は引きつっていた
◯◯「___なに?」
佐久間「開かない」
◯◯「え?」
そんな馬鹿な
開かない訳がない
きっと怖くなった深澤さんが、ドアの前に物を置いているだけ
そう思い私は佐久間さんを押しのけドアを強く押した
だが、ドアはガタンッと軋む音を立てるだけで、一向に開こうとはしなかった
まさか______
深澤「ヒッ___俺!?」
理解が追いつかない私達を追い込むかのように、ドアの向こう側から深澤さんが怯えた声を上げた
佐久間「やばいって」
◯◯「なんで開かないの」
佐久間「分かんねぇよ、鍵でもかかってんじゃねえの______」
慌てふためく佐久間さん
その小さな桃色の手は僅かに震えていた
◯◯「他の部屋___!」
私は108と書かれた扉から離れ、隣にある部屋の扉に手を掛けた
佐久間さんも私の行動に触発され、大きく振り返り向かいにある部屋の扉へと手を伸ばした
しかし、どの扉もビクリとも動かなかった
佐久間「クッソ______!」
私達が無理に扉を開けようとしたせいで、中の人達が恐れおののく声を上げ始めている
ヤバい
私は手当り次第扉をこじ開けようとする佐久間さんに視線を送った
とりあえず、引き返さないと
視線を受け止めた佐久間さんはひどく落胆した表情を見せ
包丁をクルクルと回しながら重い足取りで二階へと去っていった
私もその後を追った
カチャン、と佐久間さんは乱暴に握りしめていた包丁をダイニングテーブルに置いた
私は投票前深澤さんと話した時に座っていた椅子に腰掛けた
心身共に疲れきった私の全体重がかかり、椅子が苦しそうな音を立てる
◯◯「______騎士だね」
テーブルに両手をつき頭を上げられずにいる佐久間さんに、私は紛れもない事実を告げた
◯◯「騎士が、深澤さんを守ってたんだよ」
扉が開かないと言う事はそういう事だ
騎士が深澤さんを守るという選択をしたという事だ
佐久間「他の部屋も開かなかったのはなんでなんだよ」
佐久間さんは頭を上げることなく呟いた
私は答えた
◯◯「殺るって決めた人を殺害出来なかった場合はその晩は襲撃失敗___って事で一度失敗したら誰も襲えなくなる、って事だったりして」
そうとしか考えられなかった
私は大きな溜め息をついた
宮舘さんを失った上に、まさか襲撃までも失敗してしまうなんて
大きな足枷をはめられた気分だ
私は無意識にまた溜め息をついていた
そんな私の前で、何か思い立ったかのように佐久間さんが頭を上げた
その虚ろな目は私の姿を捉えていた
佐久間「___なんでふっかを守ったんだと思う?」
佐久間さんは問いかけた
確かに
どうして深澤さんを守ったんだろう
投票の結果から考えると、ラウールくんを守るのが普通だろう
なぜラウールくんを守らなかったのか
しかもなぜよりによって深澤さんを守ったのか
ラウールくんを守らない判断をしたという事はラウールくんを信じない、つまり宮舘さんが霊媒師であることを信じたという事になるはずだ
という事は普通はその事を証明した(ことになっている)渡辺さんを守ろうとするものなんじゃないのか
それともラウールくんを信じ、宮舘さん渡辺さんは揃って嘘をついていると踏んで本当の占い師を一か八かで守る選択をしたのだろうか
この可能性もありそうだ
結局、佐久間さんの問いかけに対する答えは出なかった
私は口を噤んだ
佐久間「___だよなぁ」
佐久間さんは表情を緩めた
そして包丁を手に取り、元あった所へ丁寧にしまいこんだ
佐久間「ごめん帰るわ、じゃあな」
黙り込んだ私を見て、彼はお手上げと言わんばかりに徐に自室へと去った
彼の背中からは悲しみとも言い難いなんとも言えない感情が読み取れた
時計を見ると午前1時
無駄に明るい照明が目に突き刺さる食事部屋に、私はたった一人取り残された
私は佐久間さんが置いた包丁が蛍光灯の光を反射し訝しげに輝いているのを、ただ見つめる事しかできなかった