🐺 -beast side-
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
#11 epilogue
"録音機器持ち込み厳禁"
そう書かれた張り紙だけが存在感を放つ、無機質な小部屋
私はどこにいるのか
そんなの考えなくても分かっている
大きめの机に、座り心地の悪いパイプ椅子
頭の上には年季の入った蛍光灯
足元には埃と一緒に絡まっている何かのプラグ
そして、目の前には険しい顔をした二人の大人
彼らは私にこう言う
詳しく聞かせてくれないか、何があったんだ
なぜ黙っているんだ、お前がやったのか____
同じ言葉を繰り返していて、まるでロボットのよう
飽きた
まあ、何も言わない私が悪いんだけれど
大人達の問いかけを適当に聞き流し、私は天を仰いだ
ああ、一人で帰ってくることになるなんて
こんなはずじゃ、なかったのに
深澤「ありがとね」
私は彼の言葉の真意を理解できていなかった
私に感謝することなど、何もないはずなのに
そんな私の様子を見て、深澤さんは微笑んでいた
でもそれはいつもの微笑みではなく、どこか悲しさを含んでいた
その時だった
嫌というほど聞いてきたあの何かが張り裂ける音がまた、鼓膜を貫いた
あまりの音の大きさに思わず目を閉じた
どうして
投票もしていなければ、ルール違反もしていない
こんな事があっていいはずがない
一体、何が起きているのか
確認したい気持ちは山々だが
好奇心よりも圧倒的に恐怖心が勝り、目を開けられない
私は瞼を閉じたまま、目以外から入ってくる情報に全神経を集中させた
手に感じていた力が、徐々に弱まっていく感覚がした
デジャヴだ
そして、どさりと何かが倒れる音
まさか
佐久間「____おい」
隣の佐久間さんが発した言葉と同時に
私は恐る恐る目を開けた
勘は当たっていた
深澤さんと阿部さんは
岩本さんの遺体の上に重なるようにして倒れていた
二人の耳の少し上辺りからとめどなく流れるものが、岩本さんの服を赤く染めていった
そんな馬鹿な
慌てて脈を取った
が、それは無意味である事をすぐ悟った
二人は、死んだ
訪れる静寂
身体中に突き刺さる、床の冷たさと血の生臭さ
目の前に転がる、形式上敵である男達
私はここでようやく全てを理解した
佐久間「どういう事だよ、訳分かんねぇよ」
佐久間さんは二人が死んだ意味を
まだ理解できていないようだった
完全に錯乱状態に陥っている
私は静かに言い放った
◯◯「終わったんですよ、佐久間さん」
佐久間「は?」
佐久間さんは勢いよく振り返った
黒くて大きいその瞳は、不安げに揺れていた
佐久間「どういう____」
彼が何か言いかけたその時
まるでタイミングを見計らっていたかのようにポケットの中のスマホが振動した
しばらくの間黒い塊と化していたそれは、息を吹き返し活き活きとしている
片手でそれを掴んで取り出すと
例のグループメールに一通のメッセージが届いていた
"おめでとうございます、人狼陣営の勝利です"
いい加減で心のない二文だ
この向こう側にいる奴らは、何を考えているのだろうか
私はそっと画面を閉じ、スマホをポケットにねじ込んだ
やっと状況を把握したであろう佐久間さんは
わしゃわしゃと頭を掻き、大きな溜息をついた
佐久間「何がおめでとうございます、だよ、笑う」
彼は嘲笑し、目の前に転がっている仲間達を死んだ目で眺めていた
◯◯「残酷、ですね」
私は呟いた
◯◯「結局、負けた方は殺されちゃう運命だなんて」
どれだけ頑張っても、最後まで生き残っても
負けは負けということなのか
この非現実な世界に生を求めて、今まで必死にやってきたというのに
こんな終わり方があっていいのだろうか
頭をぶち抜かれた深澤さんは、どんな気持ちで意識を手放したのだろうか
こんなの、許せない
佐久間「な、どうするよ」
魂の抜けた声で呟いた佐久間さんは
目の前にあるものと私とを交互に見た
そのままにしておくかどうか、という事だろう
ゲームは続く訳でもない
自室に運んでも、といったところだ
とはいえ連れて帰ることなどできない
◯◯「どうしようもないよ、申し訳ないけど」
私達は三人の仏様に両手を合わせ、別れを告げた
またいつか向こうで、会えますように
広間を後にして建物の玄関に向かうと、丁寧に私達の靴が並べて置かれていた
____馬鹿馬鹿しい
そう思いながら私達は靴を履き
もう誰も使うことのない九足の靴を残して外へ出た
一歩踏み出す度に心地よい風が吹き抜ける
こんなに綺麗な空気を吸うのは久しぶりな気がする
今まで生きてきた世界が汚すぎたせいか
外の世界は信じられないくらい美しく感じた
ゆっくりと歩いて美しい世界を存分に味わいながら、ここ数日間の出来事を思い返す
ああ、いったい何人殺めてしまったのだろうか
一人、二人____
投票も所詮私達が殺したようなものだ
三人、四人、五人____
指を折って数えてみたが、途中で虚しくなってやめた
私は、殺人鬼同然だ
殺される寸前の彼らの絶望に満ちた表情が
未だに忘れたくても忘れられない
本当に、罪深い人間だ
門を出てからしばらく経った辺りだっただろうか
突然、隣を歩いていた佐久間さんが足を止めた
思わず振り返ると、彼は無気力な様子で微笑んでいた
その笑みに、人間らしい温かみは無かったように思える
なに?とこっちが尋ねる前に、彼の方が先に口を開いた
佐久間「俺が生きたいがために、こんな、こんなくだらないゲームに勝ちたいがために、こうやって自分の手を汚してまで仲間を殺してさ」
生気の失った瞳は、私の目を捉えた
佐久間「そんな俺のことをお前はどう思う?」
彼は投げやりに尋ねた
答えは一つだ
◯◯「別に、仕方がない事なんじゃないの、今に限っては」
私は正直にそう言った
だってそうだろう
全てが狂っていた、あの場所は
洗脳同然、仕方ないに違いない
しかし、彼から返ってきた言葉は想定外のものだった
佐久間「そうやって割り切れるお前を尊敬するよ、マジで」
そんなことを言い出すなんて思いもしなかった
今まで散々知らん顔して仲間を騙してきたくせに
私は自分の罪の重さにもはや諦めが着いたような部分があるが
彼は改めて反省しているらしい
きっと洗脳が解けたのだろう
佐久間「俺には無理だね」
そう言うと彼はポケットから
見覚えのある物騒な黒い塊を取り出し
躊躇うことなく自身のこめかみに当てた
一晩経って酸化したせいか
例の返り血の付いたそれは赤黒く染まっていた
馬鹿、そんなもの____
いつの間に持ち出していたのだろうか
焦る私を前に、彼は平然とした面持ちだ
彼が今企んでいることなど完全に分かりきっている
それだけは____
◯◯「何やってんの、ねえ」
彼は笑顔だ
私の声は届かない
◯◯「違うじゃん、忘れたの?ねえ」
何の為にここまで来たというのか
別に仲間を殺してまでゲームに勝って
自責の念に駆られる為にやってきた訳では無かったはずだろう
まあそもそも色々おかしいが、約束、したじゃないか____三人で
しかし、彼の頭の中にその事はもう無かったみたいだった
佐久間「俺ね気づいた、流石に限界」
拳銃を取り出してからは早かった
最後の最後に、彼の素直な部分が現れてしまったようだった
もう、止められなかった
佐久間「ごめん、じゃあな」
彼は微笑みながら引き金を引いた
何回聞いただろうか、この音を
乾いた爆裂音が辺りに木霊した
外だから誰かが聞いているだろうか
なんて考える余裕は無かった
目の前で赤が吹き飛び、白目を剥いた佐久間さんは
そのまま固いアスファルトに倒れ込んだ
同時に、桃色の手から零れ落ちた拳銃もカタリと音を立てた
黒いアスファルトに赤い液体が流れるのを、私はずっと眺めていた
こめかみから流れる血液は留まることを知らず、じわじわと私の足元まで流れ込んだ
靴が分離帯となり、その左右へと血が流れる
靴が汚れる事など、何も気にしていなかった
その場に屈みこみ、私はそっと佐久間さんの頬に触れてみた
痙攣はしていなかった
私の、大切な、仲間
胸の奥から溢れ出そうになった強い感情をグッと抑え込む
やっぱり、自分に正直すぎたんだ
苦しかっただろう
私は、硬直が始まる前に彼の瞼をそっと閉じてあげた
結局、誰も救われないじゃないか
私は悟った
一人になってからどれくらい経っただろうか
気がついたら、道端で私は大人達に囲まれていた
職質大規模バージョンだ
それもそうだろう
血だらけの服でトボトボと歩く死んだ目の女など、怪しいに決まっている
勿論周りも大騒ぎだ
怖い人がいる、血だらけだ!だとか、事件?だとか
ガヤが何やらワーワー言っている
ああ、憂鬱
お巡りさんも私に対して何か立て続けに言っているが、私には聞こえない
ていうか、あんた達に話したとて、何が分かる?
とはいえ
逆らう気力もなく言われるがままにしていた結果、今に至る
取調室にぶち込まれて、このザマだ
刑事さんらしき人達が、高圧的に尋ねてくる
「靴に多量の血液が付着していたな?それで、お前を保護した場所からゲソ痕を取らせてもらった」
机にゲソ痕の写真がズラっと並べられた
こんなの見せられてもな
一番最後の写真には、体の一部が映り込んでいた
「それで、まあこれにも映ってるけど、ゲソ痕辿ったら御遺体が見つかったってわけ」
強面の刑事は続けた
「鑑定した結果、御遺体の身元は特定した____でもそんなことよりもっと大事なことがある」
私は黙って言葉を待った
「お前の靴に付着していた血液が、その御遺体の血液と一致したんだ」
なんだ
私にとってはもう分かりきっている事だ
だってそこにいたんだもの
私は聞き流した
「拳銃も転がっていたなあ____お前か?」
強面刑事は机に肘をつき鋭い眼差しで私に尋ねた
浅はかな刑事だ
こいつらに話す事など何も無い
事実は私にしか分からないんだから
それに____事実を話すつもりもない
「なんで否定しねぇの?」
何も言わない私に、強面刑事の隣にいた軽々しい印象の刑事が問いかけた
なんでって、なんだ
こいつらはそのまま私を疑ってブタ箱にぶち込むんじゃないんだろうか
「拳銃からお前の指紋は見つかってないし、揉めて掴み合いになったような痕もない____つまり、お前が殺った証拠はねぇってこと、それはお前も分かってんじゃないの?」
やっぱり警察は物的証拠を見逃さない、残念
私は沈黙を貫いた
間違ってはいないが、私が殺したって事にされた方が今は都合がいい
私の様子を見かねた強面刑事は
軽率刑事に目で合図をした
何の合図かは分からなかったが、軽率な方は取調室を後にした
取調室の外からは依然大人達の忙しなく動き回る音が聞こえる
「で」
強面な方が話を続けた
「現場隊が近隣を捜査したところ、人気の少ない奥まった所に研修施設なようなものがあってよ」
刑事は一枚の写真を掲げた
言うまでもなく、あれだ
「身に覚えは?」
もちろんあるに決まっている
「____ない訳がないよな」
刑事は写真を机に置いた
「で、お前らの事を見ている人がいないかここに突撃したところ、まず入口に怪しげな血痕」
ああ、彼のだ
私の、仲間
思い出すだけで頭が痛くなる、過呼吸になりそうだ
ダメだ、ここで被害者面なんかしてしまったら
「どうした?」
肩で息をする私の姿を見た刑事は徐に立ち上がった
◯◯「____続けてください」
「____そうか」
私の言葉を聞き、刑事は座ってまた話し始めた
「建物の真ん中に広い部屋があっただろ、なんとそこでも遺体が発見された____しかも、ね」
刑事はゴツゴツとした手を三の形にしている
三人、って事だろう
「あとその奥に寝泊まりできる部屋が並んでたと思うが、そこでは六体の遺体がそれぞれの部屋で見つかった____女の子もいたな」
ギュッと心臓が縮こまる
私が殺した___そう、私が殺した
ていうか、居場所が分からなくなっていた遺体達は自室に入れられていたって事を
こんな所で知ることになるとは
クソ、犯人の野郎
刑事の強い視線を感じる
しかし私は変わらずつむじを見せていた
「____で、ここからなんだけど」
刑事はまた別の資料を出してきた
包丁やら拳銃やらの写真だ
「鑑識に回して見てもらったやつなんだが、この包丁にお前の指紋がある」
一日目の夜に使ったやつだ、そう思った
殺害を躊躇う彼と一緒に包丁を握ったんだっけ
随分昔の事のように思える
「ただ、死んだ奴の指紋も出ている」
奴____奴って言うな
私は拳を握りしめた
刑事はそのまま続けた
「あとさっきあいつも言ってた拳銃____お前の指紋は無かったが、道端で死んでた男の指紋と部屋で銃殺されてた男の血液が付着していた、同じ物のようだな」
大正解
警察はすごいなあとつくづく思う
金庫にあったらしい拳銃を、あの人を殺るために使った
一か八かの大きな賭けだったなあ
____あれ
どうして私の指紋が出ないんだろう
一度触ってるはずなのに
もしかして、彼、持ち出す前に____
握りしめた拳が震えた
そんなはず、そんなはずがない
混乱しているうちに、軽率刑事が取調室に戻ってきた
「上に報告したところ、やはりその線で捜査を進めるとの事でした」
彼は強面の方にそう伝えた
「仕事が増えそうだな」
「まあ、俺らの手にかかれば早いっしょ」
「調子乗んな」
「はいはい、半藤さん、分かりましたよ」
軽率な方はドサッとパイプ椅子に腰を掛けた
強面は続けた
「とにかく、十人も犠牲が出てる以上お前から聞き出さなきゃいけない事は山ほどある____しばらく世話してやるからな」
どうやらブタ箱に入れてくれるみたいだ
私は安堵した
長い静かな通路を連れられ、ついに私は拘留された
なんだか向こうでの日々を思い出す
何もできない時間____人狼の襲撃に怯える村人の気分だ
皆こんな気持ちだったんだな、としみじみ思う
今はどうせ重要参考人程度の扱いなんだろうけども
もういっそこのまま被疑者にしてもらえたら一番いいんだけどな
まさか警察もそんな理不尽な殺人ゲームが行われていたとは思わないだろう
分かったとしても、人狼側である私の肩を持つ警察なんていないだろう
____だって人を殺しているのだから
十人を殺した罪って、どれくらいの重さなんだろう
もう仇をとる事など考えていない私にとって、もはやそれはお楽しみでもあった
____ゲームに勝とうとした理由なんて、忘れた
何の為にここまで来たんだっけ
私はもう、疲れたんだって
早く楽になりたい
そんな事を考えながら白い壁をボーッと見つめていると、強面刑事が外から声を掛けてきた
「言っとくけどさ」
彼の目は鋭かった
「警察使って後追いとか、馬鹿な真似はすんじゃねぇぞ?てか、させねぇからな」
そう言い放ち、彼は立ち去った
やり手の刑事さんに当たってしまったみたいだ
どんなに粘ろうと、全部バレる気がする
____ていうより、もうバレてる
私はひどく落胆した
仲間も、人権も、感情も、青春も
全部失った私に手を差し伸べてくれるものはこの世に存在しないようだ
結局は、誰も救われない運命
一粒の涙がツーっと頬を伝っていくのを感じた
あとどれ位で行けるだろう
うーん、思ったより時間かかりそう
もうちょっと待っててね
私がいないと、職業病、治らないんでしょ?