🐺 -beast side-
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#10 第四日目
長針と短針が、一直線に繋がるのをこの目で確認した
朝だ
私はムクリと立ち上がり、洗面台の鏡の前に立った
初めて、一睡もせず夜を明かしてしまった
それもそう、とても寝る気にはなれなかったからだ
痙攣がなくなり温度が少しずつ失われていくあの感覚が、未だに手に残っている
間違ってないのに、間違ってしまったような
そんな気持ちだ
◯◯「____今日、終わる」
それでも、私の口からこぼれるのは
真逆の言葉だったりする
本当に、私は酷い人間だ
手早く洗顔を済ませた私は
時間になるまでこれからの動きを考えようと、机に向かった
今残っている5人で、一番怪しまれる可能性が高いのは?
最も可能性が低いのは深澤さんだ
なんてたって、騎士に守られたという事実がある
慎重な発言を心掛けないと
阿部さんはどうだろうか
私達人狼からするとああいう賢い人間は厄介者でしかないが
意外と仲間内で考えると信頼できる存在だったりするのだろうか
岩本さんも考えてみよう
私からすると寡黙、という印象が強すぎて
もし私が村人ならきっと疑う、そんな存在
ただ私が岩本さんと接触してないだけで、なんか深澤さんとも仲睦まじくしていたし
意外と他の人とはコミュニケーションを取っているのかもしれない
____となると岩本さんは私を疑うだろう
佐久間さんは正直一番最初はかなり心配していた
宮舘さんからも、顔に出やすい奴と聞いていたし
すぐバレてすぐ____なんて思っていたが意外と演技派の彼は今も生き残っている
最後まで村人のフリをしてくれれば、たとえ私がゲームから脱落したとしても彼一人で最後までやりきる事ができるだろう
____私はどう見られているだろうか
唯一、まあ理子もいたが、私は部外者だ
今まではなんやかんやで誘導し、自分に票が集まることを避けてきた
しかし、ぶっちゃけ俯瞰で見ると一番怪しいのではないか
ここは私が動く必要がありそうだ
だが、信頼のあった霊媒師も占い師ももういない
なりきる事のできる役職は、今生きているであろう騎士だけのようだ
ただ____私が騎士になりきると私の今までの行動と一致しなくなる
私は散々渡辺さんや宮舘さんを信じるような投票をしてきた
阿部さんあたりはちゃんとそこを見ていただろう
それでもって、昨晩渡辺さんを守らなかったのは筋が全く通っていない事になる
お手上げだ
役職持ちになりきる事はやはり難しいようだ
もう、やるだけやって、あとは神に委ねよう
たとえ、命を落とすことになっても
向こうでまた理子に会える
渡辺さんにごめんなさいを言うこともできる
なんだ、いいじゃん
私は手に持っていたボールペンを投げ捨て、大きく伸びをした
向こうに行ったら何をしようかな
理子とお茶でもできたら楽しそうだな
それでここで起こった事を愚痴話のようにして永遠に聞いてもらおう
きっと理子は笑顔で聞いてくれるに違いない
◯◯「____理子」
私は慌ててボールペンを拾い、再び机に向かい始めた
7時になったと同時に自室を出た私は
食事部屋へと向かった
部屋にはまだ誰もいなかった
誰かが仕込んだのであろう、湯気があがる炊飯器を視界の端で捉えた
____阿部さんっぽい
そんな事を思いながら私は呑気に味噌汁を作り始めた
大きめの鍋に水を張り、沸くのを待つ
久々の"日常"生活に胸がじわっと温かくなる
まあ、今が"非日常"すぎるだけだが
私は人数分の味噌汁を作り上げ、椅子に腰かけ4人を待った
15分程経っただろうか
階下からドタドタと足音が聞こえてきた
深澤「味噌汁!?」
食事部屋の扉を勢いよく開けると同時に
叫ぶに等しい声のボリュームで深澤さんは言った
◯◯「犬かなんかですか?」
あまりの嗅覚の良さに私は笑ってしまった
深澤「てか、生きてんだけど、俺」
深澤さんはどこか嬉しそうだ
ずっと口角が上がっている
◯◯「安心しました」
深澤「お前、ほんとに思ってる?笑」
棒読みで適当にあしらった私に向かって深澤さんは笑いかけた
深澤「なーんだ、じゃあ昨日焦んなくても良かったじゃーん、あ、それで、返事は?」
やっぱり深澤さんは深澤さんだ
ちょっとでも真に受けた自分が馬鹿だったのかもしれない
◯◯「"これ"が終わってからで」
深澤「えぇーひどくなーい?」
私は拗ねる深澤さんを相手にすることなく
できあがった食事をテーブルに運んだ
深澤さんも渋々と椅子に座った
濃い味噌の香りが脳にダイレクトに届く
徹夜の疲れが一気に吹っ飛んだ気分だ
深澤「なあ」
いつの間にか凄い勢いで味噌汁を啜っていた深澤さんが突然話し出した
◯◯「なんですか」
深澤「なんで俺生きてんだと思う?」
ギクリとした
◯◯「どういう事?」
深澤「いや、普通に考えてさ、人狼からみたら昨日の夜俺だったら確実にやれる訳じゃん、なんでやらなかったんだろうって」
この人もよく考えるようになったな
なんて思いながら私は答えた
◯◯「言い方悪いかもですけど、人狼にとってなんの害もない人間をこのタイミングで手にかけるか、ってとこなんじゃないですかね」
深澤「え?」
私は続けた
少し喋りすぎている気もするが、まあいいだろう
◯◯「現に占い師と騎士が生きてるじゃないですか、で人狼にとっては占い師を殺したいけど騎士が守ってる可能性が高いんですよね、だから人狼って多分、騎士から仕留めたいんじゃないかなって思うんです」
私達はそれでも占い師を殺す判断を下して、その上成功させてしまったのだが
深澤「____理解した」
◯◯「そんな感じです、多分」
深澤「やっぱ頭いいんだね」
それは私が人狼だからだ
◯◯「いえ」
私は少しだけぬるくなった白米を口に運んだ
食事部屋の扉が開いた
岩本「____うっす」
寝起き5分といったところだろうか
元々切れ長の目が更に細くなった岩本さんがやってきた
ノーセットの乱れた前髪が目元にかかり
なんとも色っぽい
____そんな事を考えている場合じゃない
深澤「おお、照〜!良かった〜」
深澤さんは嬉々として手をヒラヒラ振っている
岩本「ふっか!____」
岩本さんの表情にも安堵の色が浮かんだ
やっぱりこの二人は仲良しなんだな
そんな事を思った
用意した朝食を岩本さんに勧め
美味い美味いと言葉を漏らす姿を眺めながら
私は残りの二人が現れるのを待った
渡辺さんが来ない事を知ったら、皆どんな顔をするんだろう
岩本「マジで美味しかった、ご馳走様でした」
◯◯「あぁ、どうも」
珍しく岩本さんが話しかけてきた
ほぼ初めてに等しい会話に、私はたどたどしくなってしまった
岩本さんは意外と人見知りしないタイプなのか、躊躇うことなく言葉を続けた
岩本「また作ってよ」
◯◯「いつですか」
岩本「____いつか、笑」
初めてのちゃんとした会話が味噌汁トークとは
誰が予想しただろうか
母親でもあるまいし
若干気まずさを覚えながら隣の深澤さんに目をやると、なんだか不服そうだ
◯◯「どうしたんですか」
深澤「別に」
◯◯「なんか怒ってます?」
深澤「怒ってないけどねー」
見るからに機嫌が悪い
さっきまでヘラヘラしていた深澤さんはどこに行ったというのか
見かねた岩本さんは眉を上げ、興味津々に声をかけた
岩本「待って、ふっか、マジ?」
深澤「うるさい」
深澤さんの様子を見て、今度は岩本さんの表情が嬉々とし始めた
どんどん顔が緩んでいく
◯◯「____え」
岩本「こいつ、俺と喋ったから____」
深澤「うっせぇよ」
間髪入れずにそう呟いた深澤さんはテーブルに突っ伏してしまった
その様子に岩本さんは笑みが止まらないようだ
岩本「ま、阿部と佐久間と翔太が来るまでの辛抱だって」
私は二人の会話の内容をあまり理解できなかった
が、そう思ったのも束の間
阿部さんと佐久間さんがひょこりと扉から顔を出した
阿部「みんなおはよう」
佐久間「おはよ〜」
仲良くやってきた二人
ふにゃふにゃの笑顔で取り繕っている佐久間さんだが、若干目が腫れているように見えた
あの後も相当泣いたんだろう、そんな事を思った
岩本「おう、おはよう」
阿部「あぁ!◯◯さんも」
◯◯「おはようございます」
建前かもしれないが、私が生き残っている事を不審に思っている気配がなく
私は胸を撫で下ろした
が、空気が穏やかだったのもこの時までだった
阿部「____5人?」
空気がピリッと張り付くのを肌で感じた
私達の顔を一人ずつ指さしていく阿部さんの顔が徐々に青くなっていく
阿部「しょ____翔太は?」
岩本「なわけねぇだろ」
阿部「いや、分かんないじゃん」
阿部さんの声は心做しか震えている
彼の言いたいことは分かっている、ていうより、それが正解だ
私は知らん顔して問いかけた
◯◯「まさか____そんなことあります?」
阿部「絶対ないと思ってたんだけど」
場にいる全員、厳密には二人を除いてだが、全員の顔に焦りが見え始めた
深澤「一応、見に行った方がいい感じ?寝てるかもだけど」
深澤さんの言葉を皮切りに
私達は渡辺さんの部屋に向かった
事の結末が分かっている私は皆の後ろについた
佐久間さんも同じ事を考えていたのか、私の隣についた
佐久間さんの顔をちらりと見た
濁った目をした彼は私の方を一瞥もしなかった
喉仏だけが、ゴクリと動いた
薄暗い階段を降り、該当の部屋の前に5人が並ぶ
深澤「____誰が開ける?」
そんな訳ないとは信じていても、万が一を思うと扉を開けるのはやはり怖いようだ
岩本「ビビる意味あるかよ、やるよ」
深澤さん達とは真逆に
未だにその不安の欠片も持っていない岩本さんが名乗り出た
その自信はどこから出てくるのだろうか
岩本さんは扉をノックした
返事はもちろんない
岩本「翔太?開けるよ」
岩本さんは扉を軽く開け、中を覗き込んだ
頭一つ分の隙間から、僅かに鉄の匂いがした
阿部「____照?」
固まり、言葉も発しない岩本さんの様子を見て
阿部さんが心配そうに声をかけた
我に返った岩本さんは静かに扉を閉めた
その表情の中に、先程の自信はどこにもなかった
岩本「____マジか」
岩本さんの言葉に触発されたかのように阿部さんは駆け出し、扉を大きく開けた
私もその後を追った
阿部「嘘じゃん____」
見覚えのある景色が広がっていた
赤黒いベッドに、横たわる一人の男
阿部「なんで____なんで翔太が死んでんの!?」
激昂とも捉えられるような取り乱しぶりを見せる阿部さん
こんな情緒不安定な理科の先生の姿を見るのは初めてだ
深澤「や、おかしいだろ____普通、翔太守るだろ?」
ついさっきそんな話をしていた深澤さんも
かなり動揺しているようだ
そう、普通はそうだよ
普通ならそうなんだけどね____
なんて心の中で皆に話しかけた
佐久間「既に騎士死んでた可能性があるって事?」
佐久間さんは死んだ目で議論に参加している
深澤「いや、それは無いだってその前に俺の事守ってんだから」
◯◯「その後に死んだのはラウールさんだったけど____彼が騎士だったとは思えないし」
阿部「ここまで来て翔太は占い師じゃなかった!なんて事ないはずなのに_____」
阿部さんはゆっくり膝から崩れ落ちた
騎士は渡辺さんを守るはずだから翌朝渡辺さんの発言次第で人狼が分かる、その上になんと自分も生き残っている、これは人狼を見つける大チャンス!なんて思っていたんだろう
どうして、
阿部さんの目はそう訴えている
人狼に対してなのか騎士に対してなのか知らないが
私は冷めた目で阿部さんの背中を見つめた
申し訳ないが、私は阿部さんの訴えに感じ入る事はできない
未だ微かに鉄の匂いが残る部屋に沈黙が訪れた
また昨夜の光景がフラッシュバックする
口では余裕ぶってた彼の、全く余裕のなかった最期の表情が忘れられない
私は自分の手を強く握った
阿部「えっと」
しばらくうずくまっていた阿部さんが突然、何か思い立ったかのように立ち上がった
阿部「思ったんだけど」
その声は重々しかった
阿部「今この状況でゲームが続いてるって事はこの中に人狼は多くて2人じゃん」
深澤「そうなの?」
深澤さんは私に尋ねた
馬鹿、昨日部屋で言ったのに
◯◯「____村人と人狼が同数になればゲームは終わるはずですから、そういう事です」
私は一瞥もせず答えた
阿部さんは続けた
阿部「で、ふっかが村人確定って事はこれもしかしたら役職言った方が人狼炙り出せるんじゃ、って」
理科の先生はついにとんでもない脳筋プレーをぶち込んできたようだ
すかさず佐久間さんがリアクションした
佐久間「それ村人側にアリバイないから不利じゃない?」
阿部「いや、ふっかには襲われたっていうアリバイがあるし、それに確実なアリバイがある騎士がまだ残ってるはずだから____あ、本当の村人は確かにアリバイ証明難しいかもだけど」
この人数となると村人側にとってはかなり有効な方法だ
となると、皆がどう思っているかは知らないが私達が怪しまれるのも時間の問題
____そんな素直に言う訳がないだろう
私は一か八かで仕掛けた
◯◯「それを言うなら完全じゃないけど私にもアリバイあるよ」
佐久間「あんの?」
食い気味に佐久間さんが尋ねてきた
その瞳は久しぶりに光、というか生気を取り戻していた
聞いてないぞ、やめてくれ、という意思が汲み取れる
私は大きく息を吸い込んで話を続けた
◯◯「共有者、の片割れ」
目の前にいる全員が、はっと思い出したかのような表情を見せた
阿部「__康二との?」
◯◯「そうです」
岩本「そういや言ってたっけ___」
理子が持っていたであろう役職になりきる
これが今朝思いついた打開策だった
多少無理矢理感は拭えない、かつ
良く考えれば矛盾が沢山あるため怪しまれても仕方がない、が
理子の口から役職の話はひとつも出ていない
というよりそもそも彼女は自分の役職を見ていないため、周りは反論のしようがない
私はその裏付けの脆さにつけこんで、一旦彼女に人狼を擦り付けることにした
三人が考えをめぐらせている中、佐久間さんだけが私に噛み付いた
佐久間「なんで今言ったの?康二が死んだタイミングとか、色々あったじゃん」
なんてできた相棒なんだろう
打ち合わせもなしに欲しい言葉を全部言ってくれる彼は、相当騙しの才能があると思う
まあ、単なる馬鹿なのかもしれないが
私は用意していた答えを話した
◯◯「____共有者ってさ、確実に村人側って言える存在だから人狼炙り出す時に一番効力発揮するわけじゃん、だから」
佐久間「でもその片割れが死んでる以上確実とは言えないよ?」
彼はまた死んだ目で反論してきた
私は続けた
◯◯「今更言ったところで筋は通らないっていうのは分かってる」
深澤「でも確かに康二は自分は共有者だって言って死んでいったよね」
岩本「康二が共有者だったしてもこいつが本当に片割れかどうかは分からない」
阿部「でも片割れじゃない証拠がある訳でもない」
◯◯「あの状況で名乗り出てもどっちも怪しいって言ったのは岩本さんです、だからあの時出ても怪しまれると思って言わなかった、それにまさか向井さんが票集めるなんて思わなかったし、共有者も名乗るなんて思ってなかったから」
反論に反論を重ね全力で捲し立てると、圧に飲まれたのか沈黙が訪れた
今更すぎて怪しいが、裏返せる証拠もないし
向井さんが釈明した時周りがそういう空気づくりをしていたのは事実
だから何も言い返せない、といったところだろうか
押し切ったか?
深澤さんが口を開いた
深澤「照は?」
岩本「俺は騎士」
佐久間「え、照なの!?」
まさかの発言に佐久間さんは
まるで水を得た魚かのようにまた生気を取り戻した
ついに問題の騎士様が現れたようだ
こいつだったのか
衝撃の発言に当の本人と私以外の三人はあたふたしている
情緒が忙しくてなんだか可哀想だ
阿部「いや、ちょっと、じゃあなんで昨日翔太を守らなかったの!?」
岩本「____あえてだよ」
深澤「あえて?」
阿部「あえてもなにも、あの状況とこの人数を考えたら普通は役職持ちを守るもんなんじゃないの!?」
◯◯「他の皆や私が犠牲になったかもしれないけど、もし今渡辺さんが生きてたら占いの結果次第では人狼が見つかったかもしれないのに」
岩本「確かにそれはそうだけど___」
岩本さんは口を噤んだ
弁明せずここで黙り込むと余計怪しく見えるのにな
なんて思った
阿部「じゃあ昨日誰守ったの?」
立て続けに阿部さんは尋ねた
岩本「佐久間」
佐久間「え?」
また予想の斜め上をいく答えが返ってきた
そんな、馬鹿な、笑
私は阿部さんに応戦した
◯◯「なんで佐久間さんを守ったんですか」
岩本「佐久間は村人だと思ったから」
ほん、さすが
残念ながら村人では無い
◯◯「それ渡辺さんを守らなかった理由になりますかね____」
阿部さんも私の問いかけに便乗した
阿部「佐久間が村人だと思った、てのはいいとしてさ、それでも翔太を守ろうって判断をしなかったのはどうしてなの?」
岩本さんは一度深呼吸をした
岩本「____騎士は翔太を守るはず、って人狼も思うはずじゃん、でその人狼は騎士殺りたい訳じゃん、だからそこ人狼信頼して別の人守ればワンチャン誰も死なないかなって」
阿部「自分は死ぬかもしれないのに?」
岩本「それは、まあ」
◯◯「美談っぽい」
岩本「違ぇよ」
岩本さんは私をキッと睨んだ
阿部「確かに分からなくもないけど、一か八かでやるならやっぱりここで翔太を守るのが最優先事項だったと思うんだよね」
阿部さんは相当根に持ってそうだ
岩本さんは黙り込んだ
どうやら言い返せないらしい
深澤「ねぇ照」
深澤さんは瞳を揺らしながら岩本さんに尋ねた
深澤「守ってもらった分際でこんなこと聞くのもアレなんだけどさ、照、本当に騎士?」
岩本「ふっか____なんでそんな事聞くんだよ」
深澤さんは伏し目がちに話す
深澤「言いたくないけどさ、言い訳がましいというか」
岩本「は?」
岩本さんは大きく目を見開いた
深澤「ほんとは騎士じゃないのに、阿部ちゃんに図星つかれて、みたいな」
岩本「何言ってんだよふっか、俺お前守ってんだぞ?」
阿部「証拠は?」
高圧的に答えた岩本さんに、すぐ阿部さんはレスポンスした
阿部さんはもう岩本さんを信じてなさそうだ
◯◯「証拠はないんですか?」
私も追い討ちをかけた
岩本「証拠って____ねぇよそんなの、携帯見せてもルール違反だろ?」
岩本さんは口を尖らせている
別に、確実に守った証拠なんてないんだから
前後の日に守った人とその理由話して筋さえ通ってりゃ証拠になるのに
このまま黙り込んで墓穴を掘ってくれれば良い
私はそんなことを思った
が
とんでもない事を言い出したのは、佐久間さんだった
佐久間「____守った人」
阿部「え?」
聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声に全員が耳を傾けた
佐久間さんは遠慮がちに続けた
佐久間「照が、今まで守った人、全部言えばいいんじゃん」
この大馬鹿者
どうして岩本さんを庇うような事を言い出したんだ
そこで全部筋が通ってしまえば、なんやかんやで多分私が死ぬ流れになってしまうじゃないか
散々嘘並べてきたくせに____今に限って
深澤「確かに」
深澤さんも納得してしまった
マズイ、マズすぎる
私は嫌な汗がうなじに流れるのを感じた
必死に佐久間さんに視線を送る
目が合うも、佐久間さんの目は怯まず真っ直ぐだった
さっきの仕返しだ、とも言いたいんだろうか
私のピンチに構わず、議論は進んでいく
阿部「ふっかを守ったのは二日目の夜だよね?」
阿部さんは岩本さんの目を覗き込んだ
岩本「ああ、そうだよ」
溜息混じりに答える岩本さん
その声は苛立ちを含んでいるように聞こえた
私は尋ねた
◯◯「じゃあ____最初の夜は?」
岩本さんはまた私の事を睨んだ
が、すぐ天を仰いだ
岩本「____っと、ふっか、だった」
◯◯「何、それ」
言葉を詰まらせた岩本さんの様子を見かねて私はすぐさま反応した
◯◯「なんで今迷ったの?」
躊躇った理由は知らないが、今、墓穴を掘らせてやらないと
焦りが出始めていた私に追い風を吹いてくれたのは、阿部さんだった
阿部「え、二回もふっかの事守ったってこと?」
阿部さんは目をパチクリさせていた
ビックリするのもそのはず
現時点3回守るチャンスがあった中、連続して同じ人を、しかも無職の村人を守るなんて、普通ないだろう
それに____
◯◯「一日目の夜って、宮舘さんが役職あるって言ってたような」
岩本「だからなんだよ」
深澤「だから普通俺じゃなくて舘を守るよね、って事でしょ?」
口数の減った深澤さんが、私の考えを代弁するかのように呟いた
私は控えめに頷いた
阿部「本当に一日目ふっかだったの?」
岩本「そうだよ」
◯◯「それっぽい事言ってるだけじゃなくて?」
岩本「違ぇよ!」
阿部「そもそも騎士なのが嘘だったりしない?」
岩本「んなわけねぇよ!!」
荒々しく岩本さんは叫んだ
そろそろ怒号スイッチが入るだろうか
そんな岩本さんとは対照的に、阿部さんは落ち着いて問いかける
阿部「仮に騎士である事を信じたとしても、二日目の夜だってラウじゃなくてふっか守ってるし____あんまり言いたくないけど、どういうつもりなの?」
阿部さんはとてもいい人だな、そう思った
敵視していても相手を思いやる気持ち、私も見習いたいと思う
深澤「照さ、言ってる事無茶苦茶すぎてちょっと分かんねぇよ、俺は最後までお前の事信じたいのに」
佐久間「照、お願い、教えて」
頭を抱える深澤さんを横目に、佐久間さんも声をかけた
佐久間「俺も、信じたい」
佐久間さんの真っ直ぐな瞳に、岩本さんはやや落ち着きを取り戻し、答える
岩本「俺は騎士だよ」
佐久間「分かってる、分かってるけど」
佐久間さんはゆっくり歩み寄り、桃色の手で岩本さんの腕を掴んだ
佐久間「教えて欲しい、全部」
握る手に力を込めたその瞬間、その手は激しく振りほどかれた
佐久間「照____?」
落ち着きを取り戻したかと思いきや
突然佐久間さんの手を振りほどいた岩本さんは、ただ呆然とする私達を勢いよく押しのけた
そして何かに取り憑かれたかのように部屋中を忙しく漁り始めた
そういえばまだ渡辺さんの部屋にいたんだっけ
青白くなった渡辺さんは、今の状況を知らずに穏やかに眠っている
右手に見えた輝きは、まるで彼を守っているかのようだった
深澤「何してんの____」
放たれた言葉も途中で虚しく落ち、岩本さんの耳には届かない様子
ほぼ暴れ回っているに等しい岩本さんは、机の引き出しに荒々しく手を差し込んだ
すると、ピタッとその動きが止まった
何事____?
私は注意深くそれを見た
引き出しからゆっくりと引き出された手に握られていたのは、カッターナイフだった
マズイ
体から血の気が引いていくの感じた
カッターを強く握り血管が浮き出ている彼の右手からは、カチカチと刃を伸ばす音が聞こえる
やりすぎたかもしれない
思わず一歩後ずさりした
見かねた深澤さんはそっと私の前に立った
強い感情でプルプルと震えている岩本さんは、カッターナイフを持った手を前方に突き出し私達を牽制し始めた
近くでうわぁっ、と阿部さんの間の抜けた声が聞こえる
佐久間「やめて照」
岩本「なんでだよ____」
佐久間さんの言葉もまた、届かなかった
岩本「なんで分かんねぇんだよ____」
急変した岩本さんの様子を見て焦った阿部さんが慌てて声を掛けた
阿部「違うよ照、皆本当に知りたいだけなんだって____毎回その人を守った理由が分からなかったから」
岩本「うっせーよ!!理由理由って____ねぇよ!馬鹿で悪かったな!!でも俺は騎士なんだって!!」
岩本さんはカッターを握る手により力を込めて叫んだ
阿部「照!!」
岩本「なんで分かんねぇんだよ!なんだよお前ら全員人狼か!?」
◯◯「危ないって____」
不用意に近づくと刺されてしまいそうなその形相に、思わず私は呟いた
すると、いてもたってもいられなくなったのか
岩本さんはカッターナイフを手に持ったまま部屋を飛び出し、広間の方へ駆けていってしまった
阿部「ちょっと____」
このままだと彼が何をしでかすか分からない
広間を荒らし始めるかもしれないし、もしかしたら____
私達は広間へと逃げ出した岩本さんを急いで追いかけた
追いかけた先の広間の真ん中には、肩を揺らした岩本さんが立っていた
岩本「証明してやるよ____俺が騎士だってこと」
岩本さんは右手に持ったカッターナイフをまたカチカチと鳴らし、自身の喉元に突きつけた
前に差し出された左手には真っ黒なスマートフォンが握られている
深澤「おい照」
佐久間「照やめて!」
過激な脅しに二人はすぐ止めに入ろうとした
しかし岩本さんは言う事を聞かなかった
岩本「来いよ____見に来いよ俺の役職!!」
岩本さんは左手のスマホをブンブンと振っている
ゲーム中は全く使い物にならないというのに、何をしているんだか
阿部「役職見るのはルール違反だし、そもそもスマホ使えないって!」
岩本「ごちゃごちゃうっせーな!早く来いよ!!」
阿部「照!!」
阿部さんの叫びも岩本さんには響いてないようだ
岩本「何だよお前ら____そんなに俺の事悪者にしたいか? 俺は事実を言ってんのによ、なんで分からねぇんだよ」
岩本さんは続けた
岩本「そんな事言われたらお前らだって____!阿部が人狼じゃねぇ証拠も!そいつが人狼じゃねぇ証拠も!他の奴らも!何にもねぇじゃねぇかよ!」
頭の血管がちぎれてしまいそうな勢いで彼は怒鳴っている
そして彼の言うそいつとは私の事だろう
私は鋭く睨み返した
深澤「照、落ち着いて」
岩本「落ち着けるかよ!」
岩本さんは左手に持っていたスマホを床に叩きつけた
嫌な音がしたが、ヒビが入ったのでは、なんて心配する余裕はなかった
深澤さんは絶望的な顔をしている
こんな照、見たことない____そう言ってそうだ
佐久間「ひかる____」
佐久間さんは声をかける気力すら失ってしまったようだ
肩を上下に揺らしながら激しく呼吸をし、じっと私達を睨みつける岩本さん
こちらが一歩でも動こうとすると、早まってしまいそうだ
パニックに陥っているであろう彼の目は大きく開かれ、若干血走っている
____これはもう誰にも止められない
と思っていた
佐久間「____ふっか?」
気付いた時には、深澤さんが岩本さんの方へ駆け出していた
驚きのあまり、声を出す事ができなかった
そんな無茶な____
しかし、岩本さんの顔が一瞬怯んだ様に見えた
彼から見える深澤さんがどんな表情をしていたかは分からなかったが、きっと誰よりも一番驚いていたんだろう
気が抜けた岩本さんの右手が、前方へと浮いた
その手にはまだカッターナイフが握られている
カッターナイフの刃先は、岩本さんの方へ走ってくる深澤さんの方へ真っ直ぐ向いていた
ほんの一瞬の出来事
彼らはそれに気付いていない
これから起こりうる事なんて____
嫌だ
◯◯「危ない!!!!」
今まで生きてきた中で一番大きい声が出たような気がした
私は気付けば死ぬ気で叫んでいた
私の叫びはきちんと耳に届いたようだった
深澤さんが私の叫びに気付き
ふと振り返る
その途端、けたたましい爆裂音と同時に
視線の先で赤が舞った
深澤「____え」
どさり、と何かが倒れる音と共に深澤さんが呟いた
深澤さんの目の前には、大きな体が赤い花を幾つか咲かせて倒れこんでいた
刃の伸びたカッターナイフもその手から滑り落ち、カチャリと音を立てた
想定外だった
◯◯「______なんで」
思わず口から零れてしまった
誰も何も答えず、ただ立ち尽くしている
佐久間さんの目はまた生気を失っていた
深澤さんはへなっとしてその場に崩れ落ちた
深澤「俺、なんかした____?」
声が震えていた
しかし、岩本さんから視線を外すことはなかった
阿部「してないよ」
答えたのは阿部さんだった
阿部「____他のプレイヤーに自身の役職を見せようとする、だけじゃなくて、他のプレイヤーにゲームの妨げになるような危害を与える、ていうのもルール違反だった気がする」
阿部さんはいつでも冷静だった
そんなルール、書いてあったんだ
深澤「ルール違反って____」
阿部「____死亡、だね」
こんな終わり方、本人含め誰も望んでいなかっただろうに
言語化できないような背徳感に苛まれ、私は俯いた
佐久間「ほんとに死んでんの?」
佐久間さんは岩本さんの元へ駆け出した
深澤「これで生きてるとかねぇだろ___」
放心状態の深澤さんの向かい側で佐久間さんは脈をとり始めた
が、すぐ手首を離しそのまま岩本さんに自身の体を預けた
佐久間「一緒に外出れると思ってたのに____」
悲痛な呟きだった
そこに嘘は感じられなかった
そういえば、岩本さんの事が大好きだと言っていたような気が
____あぁ、だからか
彼を自分の手を汚すことはわざわざ避けてきたはずのに、このような形で別れる事になるなんて
相当ショックなんだろう
私も彼らの元へと歩み寄った
阿部さんも私の後ろに続いた
私は佐久間さんの隣へ行き、4人で岩本さんを囲む様に座り込んだ
理不尽に自分が追い込んでしまった、といった背徳感を持っているのは全員同じだったようだ
大きな体を間に挟んで向かい側に座っている深澤さんと阿部さんは、その熱を失いつつある体をじっと見つめ歯を食いしばっている
____人狼としても、墓穴掘れとかは思っていたが、流石にこの死を超ラッキー!なんて思える心は今は持ち合わせていなかった
◯◯「____ごめん」
なんとも言えない静けさを破って、無意識に私はそう言っていた
私の呟きを聞き、深澤さんは顔を上げた
美しくも絶望が滲んでいるその瞳が、私の視線を吸い込んだ
私から目を離した深澤さんは、ゆっくりと私の手元に視線を落とした
彼は色白で綺麗な自身の手を私の方へと差し出した
体が前のめりになりながらも真っ直ぐ向けられたその手は、私の手に重ねられた
彼の手はわずかにひんやりとしていた
◯◯「え」
突然の事に私は間抜けな声を出してしまった
隣の佐久間さんは不思議そうな顔で私達を見つめている
視線を戻すと、深澤さんと再び目が合った
と同時にキュッと手が握られる
深澤「ありがとね」
深澤さんは最期にそう言った
ここからの事はあまり覚えていない