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短編


「ハロウィンを開催しようとおもいます。」
「はろうぃん?」



…かんなづき つごもり…



秋の虫の声が賑やかで、まん丸で黄色く美しい満月の夜。
審神者は、書類に走らせていた筆をふと止めて、近侍である石切丸に唐突に宣言した。

「ハロウィンは西洋の文化で、10月31日に子供達がお化けの格好をして家を回って、お菓子をもらうの。本来は日本でいうお盆のようなものだったり、秋の収穫祭の意味もあるわ。それを、今年はこの本丸でやろうとおもいます。」

至極真剣な眼差しで「ハロウィン」について説明する審神者に、石切丸は纏めた書類を持ったままきょとんとした顔をしていた。

「どう思う?石切丸。」
「うぅん…どうと言われてもね…。まだ私もその、はろうぃん?について理解が追いついていないのだけれど…。」
「そうよね…唐突すぎたわよね…。準備するのも大変だし…。」
「けれど…君がやりたいのであれば、私は出来る限りの手伝いはするつもりだよ。」

石切丸は手にしていた書類を所定の箱へと綺麗に仕舞うと、審神者の作業机のすぐそばへと奥ゆかしい所作で座り直した。

「君のそのはっきりとやるという言い方は、もう絶対にやると決めた時の言い方ではないかな?」
「…ふふっ、石切丸。流石に長く私と一緒に居てくれているだけあるわね。ありがとう。」

審神者は石切丸を大切そうな目で見つめると、感謝の言葉とともに彼の手に自分の手を重ねた。

「どんな準備が必要かまだ私もよくわかっていないけれど、他の刀剣達も君が言うのなら喜んで手伝うよ。それに、短刀達もきっと皆喜ぶはず。」
「あなたがそう言ってくれると、安心してやろうって思えるわ。明日の朝には皆に伝えられるように考えておく。石切丸、あなたは、私のそばで色々なことを助けてくれるかしら?」
「もちろん。…でも、明日の朝までに計画を練るのはいけないよ。もう夜も深い。今夜はゆるりと休んで、明日の空いた時間で計画するといい。」
「あぁ、えぇ、そうね。たしかに。私ったら夢中になってしまって、すぐにやりたくなってしまうの。良くないわ。あなたの言う通り、今夜はもう休む事にする。」

審神者は筆を置いて、今日最後の書類を箱へ仕舞う。主の言葉に石切丸はニコリと笑い、空いた手で彼女の髪をさらりと撫で、重ねられた手を持って作業机から立たせると、丁寧に準備された布団へと連れて行った。

「寒くはないかな?」
「えぇ、大丈夫。」
「…ふふっ、嬉しそうな顔だね。」

横たわった主に柔らかい布団をかけてやりながら、石切丸は小さく笑った。
審神者はなんだか気恥ずかしくなって、布団で顔を隠すようにする。

「子供みたいにはしゃいで、おかしいでしょ?」
「いいや、毎日仕事や本丸の事で忙しい君に、楽しい事があるのは何よりだよ。」

石切丸はそう言いながらも、子供にするように布団の上から主のお腹あたりをポンポンと優しく叩いた。
何か言いたげな顔をした審神者だったが、石切丸の手のリズムが心地よく、普段の仕事の疲れもあって、すぐに夢の中へと落ちてしまった。






ーーー翌日の夕刻。

石切丸に頼んで、審神者は何人かの男士たちを談話室へと集めていた。全員が揃った所で、石切丸は襖をスッと閉める。

「皆、内番の仕事もあるのに呼び立ててしまってごめんなさいね。」

集まった男士たちは皆、最初こそ何か重大な任務か何かと思っていたようだが、主の穏やかな顔色を見て安心したように笑っていた。

「ハロウィンをやろうと思います。この本丸の皆に普段頑張っているご褒美も兼ねて…。夜には皆で豪華な食事をしようと思っているわ。」

審神者は昨夜石切丸に話した、ハロウィンとはどういうものかを説明し、当日どのような催しをするかをざっと話した。
そして、今日自分自身の中で決めておいた役割を書いた紙を広げる。

「まず重要なのは、お菓子を作る事。短刀たちに喜んでもらえる可愛くて美味しいものを作るわ。そして、夜には皆で楽しめる豪華な夕餉。とても忙しくなるけれど、私も手伝うからお願いするわね。燭台切、大般若、蜻蛉切。」
「主も含めて4人でお菓子と夕餉ね…。なかなか大変そうだけど、腕がなるよ。」

自信ありげな表情で言う燭台切。

「洋菓子なら得意だよ。何か…そうだな、ハロウィンらしい形のものや秋の食材を使って…」

早速何を作るか思案する大般若。

「自分は料理は得手ではないのですが…補佐や力仕事は任せて下さい。」

少し不安そうな表情をしながらも、力強く頷く蜻蛉切。

「そして、これも大切な仕事よ。出来上がったお菓子を可愛く袋詰めする作業。もらった皆がわっと喜ぶように、綺麗にやってもらいたいから…陸奥守と、山姥切。貴方達2人に任せます。」
「写しの俺に期待されても…」
「何を言うとるがか~山姥切!主!任せちょけ!2人でとびきりにカワイイ〜ものにしちゃる!」

不満気な山姥切の肩をガッチリと掴んで、陸奥守は豪快に笑う。この2人がうまく噛み合った時、非常に繊細な仕事が出来る事を審神者はよく知っていた。

「そして、おそらく今回1番大変な仕事。私たちの仮装用衣装や化粧を担当してもらうわ。大まかな案は私が考える予定だけど、細かい部分を考えたり、当日の着付けなんかもお願いするから、よろしくね。歌仙、貴方が中心になって…加州、蜂須賀、鶴丸、小狐丸。」

「任せてくれ。最高に雅な衣装を準備するよ。」
「化粧とかはオレに任せといて~」

自信に溢れた声音で歌仙が、楽しげに目を細めヒラヒラと手を振って加州が返事をした。

「ハロウィンと言えば驚き!主があっと驚くようなものを作ってみせるさ」
「そうですね、主さまの衣装も可愛らしいものに仕立てなければ。」

鶴丸と小狐丸も浮き浮きとした様子で顔を見合わせた。

「しかし、なかなか大変そうだ…」

1人、仕事量の多さに頭を抱えていたのは蜂須賀だった。

「最後に、それ以外の事…部屋の飾り付けを他の手の空いている男士に手伝ってもらう主導をしたり、当日に私の側にいて手伝ってもらったり、短刀達の世話をしてもらうわ。
当日に短刀達を誘導してもらうのは、一期、和泉守、堀川。」
「弟たちの事は、どうぞお任せ下さい。」
「一期一振だけじゃ大変だからな!国広!オレらは一期一振をしっかり補佐してやろうぜ!」
「はい、兼さん!」
「お2人とも、どうぞ宜しくお願い致します。」

もうすっかり一致団結している3人を頼もしくも微笑ましく思った審神者は、つい小さく笑ってしまった。

「そして飾り付けなんかが終わって、短刀達を迎える時に私の側で手伝ってもらうのは、太郎太刀、次郎太刀、石切丸。よろしくね。」
「まっかせなさーい!アタシと兄貴が部屋の前に居るだけで、驚かすには十分だろうさ!」
「えぇ。」

楽しそうな催しに次郎太刀はワクワクとしている。太郎太刀はいつも通りの反応であったが、この2人が居ればハロウィンの驚きは保証されたも同然だった。
そして、昨夜からずっと審神者の側でこの計画を支えてくれた石切丸は、ニコリと笑って頷いてくれた。

「ハロウィンまであと半月程よ。皆大変だろうけど、どうか私に力を貸してね。
詳しいことに関しては資料にまとめておいたからそれを見て、それぞれ分かれて相談して欲しいと思うの。困った事や悩むことがあればいつでも私の所へ来て頂戴ね。」

こうして、本丸でのハロウィンパーティーを無事成功させるべく、計画は始まったのであった。




……せわしなく、秋の日々が流れていった。
審神者も日々お菓子の案や夕餉の献立を考え厨当番の男士達と相談を重ね、男士たちもそれぞれ与えられた役割を果たしていた。

そして、あっと言う間に、その日は訪れる。




秋晴れ、二藍と朱色の夕暮れ空、10月31日。



粟田口の大部屋へ集められた短刀達。何が起こるのかと期待や不安の表情をそれぞれ浮かべている。
そこへ、襖をスーッと開き入って来たのは、黒いスーツを着てカボチャのランタンを手にした案内役の一期、和泉守、堀川だった。

「いち兄カッコいい~!」

乱が普段と装いの違う兄に賞賛の声を上げると、他の短刀たちも口々にスーツ姿の3人を囃し立てる。

「いいかお前ら!今日はハロウィンだ!主の所へ行って"合言葉"を言え!」
「秘密の合言葉は~!お菓子をくれなきゃイタズラするぞ~!!」

和泉守が声高らかに言うと、堀川が「合言葉」を叫んで短刀達の頭をクシャクシャと撫でたり脇腹をくすぐったりしてイタズラを始める。
部屋はキャッキャと楽しそうな声に包まれた。

「今から歌仙殿達が皆のために作ったオバケや怪物の衣装を準備してくださる、全員着替えて、順番に2人から3人組になって主の部屋を訪問するように。合言葉を覚えたかな?」

一期が簡単に説明をして、集まっていた短刀たちの顔を見回す。
すると短刀達は一斉に笑顔を浮かべて叫んだ。


「「「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ~!!」」」


その声が大きな喧騒になると、歌仙と鶴丸が沢山の衣装を持ってやってくる。一期、和泉守、堀川も加わり短刀達の着替えを手伝った。
加州、蜂須賀、小狐丸は、着替えの終わった短刀達にさまざまなメイクを施した。顔に傷跡のような赤い紅を引いたり、目の下を黒く塗ったり、顔全体を白っぽく見えるようにしたり…。

仮装の準備をする短刀たちは、順番に姿見の前へやってきては、普段と違う自分の姿や他の短刀達の姿に声を上げて喜んだ。

最初に準備が整ったのは、五虎退と秋田だった。
五虎退は愛らしい紅の着物、背中で可愛く結われた帯からは2本の白くて長い尻尾、そして頭の上には同じく白い三角の耳がちょこんと生えた「猫又」の仮装。
秋田は五虎退と対になるような美しい青の着物、手には怪我をしないよう柔らかい素材で作られた鎌を持ち、頭に丸く小さな耳をつけた「鎌鼬」の仮装。

「五虎退、とってもカワイイです!」
「秋田も…えっと…その…す、素敵です!お耳とか…とっても…!」
「さぁ、後がつかえてしまうよ。準備が出来たら主の部屋へ行っておいで。」

一期が2人の背中を押して、1つのカボチャランタンを渡す。そして、廊下へと誘った。
主の部屋へと続く廊下は、いつもとちょっと様子が違う…雨戸が閉められた薄暗い廊下には不気味な蜘蛛の巣や蝋燭が飾られて、天井からはコウモリの飾りが垂れ下がっていた。
秋田と五虎退はしっかりと手を繋ぐと、行き慣れた筈の主の部屋へと足を進める。

あと少しで主の部屋…そんな時にどこからともなく低い声が2人の耳に聞こえた。

「…合言葉は…?」
「言わなきゃここは通せないねぇ…。」

暗い廊下の先から、大きな黒い影が2つこちらへとやってくる。
五虎退は目を潤ませて、秋田にしがみついた。秋田も恐怖に身を竦ませるが、勇気を出して手にしていたカボチャのランタンで影を照らした。

「あっ…太郎太刀さんと次郎太刀さん!!」
「え…?」

そこには黒いスーツに長いマントを羽織り、目元を黒くメイクし、口から牙を覗かせた姿の大太刀2人が立っていた。

「あれ、なーんだ。もっと怖がってくれると思ったんだけどねぇ。もっと本気を出さないと駄目ってことかい?」
「そうですね。しかし、驚かすというのもなかなか難しいものです。」

暗がりからこちらへ歩いてきた大太刀2人は少し残念そうに顔を見合わせた。

「それにしても、アンタたちな~んてカワイイの~!主もきっと喜ぶわよ!」

次郎太刀はぽかんとしている秋田と五虎退を抱き寄せると、頭を撫でて笑顔を見せた。

「あのっ…!次郎太刀さんも太郎太刀さんも、とっても素敵です…すごくカッコいいです…!」

五虎退は恥ずかしそうに言うと、大太刀2人は更に頬を緩めた。

「次からはもっと、怖がらせなくてはいけませんね。」
「そうだねぇ。アンタ達、最初で運が良かったよ!次の子達から泣いちまう位徹底的に怖がらせてやるんだから!」
「2人とも、合言葉を。」

太郎太刀の言葉に、五虎退と秋田は顔を見合わせて大きな声で合言葉を叫んだ。


「「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!!」」


その言葉を合図に、太郎太刀と次郎太刀は主の部屋の襖を開けた。
部屋の真ん中には見た事もないような西洋の古びた豪華絢爛な椅子に座った主の姿があった。その横に控えるように、同じく吸血鬼の仮装をした石切丸が立っている。
審神者もまた、普段の着物とは違う真っ黒のドレスに黒いマントを羽織り、吸血鬼の格好をしていた。

「ハッピーハロウィン!五虎退、秋田!」
「あるじさま!」
「主君!」

2人は飛びつくように審神者へ駆け寄った。彼女は愛らしい姿の2人を見て頭を撫でる。

「とっても似合っているわ、2人とも、すごく素敵!」

大好きな主から褒められて、2人は照れ臭そうにはにかむ。
石切丸もその光景を見てニコニコと笑い、横の棚から可愛らしく包まれた袋を2つ審神者へ手渡した。

「はい、お菓子をどうぞ。燭台切と大般若、それと蜻蛉切に手伝ってもらって作ったのよ。」
「うわぁ…かわいいお菓子が沢山です!」
「とっても美味しそうです…!」

2人は大切そうに袋を抱えて、幸せな笑顔を浮かべていた。

「さ、こっちの出口から出て、食事部屋へ行きなさい。パーティーの準備が出来ているから、他の男士達と兄弟の到着を待っていて。」

石切丸が、入ってきた襖とは別の襖を開ける。そこは見慣れたいつもの本丸の廊下で、その先にある食事部屋では、色々な仮装をした男士達が夕餉の支度をしているのが見えた。

五虎退と秋田は、お菓子の袋を大切に抱え、またお互いに手を繋ぐと食事部屋へと向かった。




…その後、主の部屋の前からは多数の悲鳴や驚く声がこだましていた。




外はすっかり夜の帳がおりて、空にはまるで化け猫がニヤリと笑ったような三日月が浮かんでいた。
短刀達は大太刀2人に驚かされて、青ざめている者、逆に状況を楽しんで笑っている者、皆それぞれだったが全員が無事にお菓子を手にして食事部屋へと集まっていた。

短刀達の仮装の準備を手伝っていた男士達も、それぞれ仮装をして食事部屋へと入ってくる。

「ハッピーハロウィン!短刀の皆、ハロウィンは楽しめたかな?」
「さぁ、皆席についてくれ。パーティーを始めるよ。」

大きな角を頭につけ、西洋の悪魔に扮した燭台切と大般若が大皿に盛られた色鮮やかな料理を机にならべる。
男士達はそれぞれ自分の席について、絢爛豪華な料理に目を輝かせた。

「さぁ、皆いいかしら。ハロウィンには、仮装やお菓子を貰うだけじゃなくて、収穫祭の意味もあるの。私たちの畑で採れる野菜や果物に感謝を。そして、その畑をいつも手入れして、守ってくれている皆にも感謝します。」

審神者は普段とは違う、様々な仮装をした刀剣男士達を見回してニッコリと笑った。

「今日のパーティーをやるにあたり、私のお願いを聞いてくれた皆に、改めてありがとう。今日は沢山楽しんで!」

審神者は言葉と共に、手にしていたグラスを掲げた。
それを合図に全員がグラスを掲げ、割れんばかりの歓声が上がった。


「「「ハッピーハロウィン!!」」」


皆が食事を楽しみ始めると、彼女は隣に座っていた石切丸に声をかけた。

「石切丸、ありがとう。」
「ん?どうしたんだい?」
「あなたに最初にハロウィンの事を相談して良かったわ。ずっと私の側で、手伝ってくれた。ありがとう。見て、皆すごく楽しそうよ。」
「…主、君も楽しいかな?」
「えぇ、とっても!とっても楽しいわ!」
「それは、何よりだよ。」

審神者は嬉しそうに笑うと、半月前、彼にハロウィンの相談を持ちかけた夜と同じように、机に置かれた彼の手に自分の手を重ねた。


終わり


かんなづき、つごもり
(意味)
かんなづき→神奈月、10月
つごもり→みそか、31日
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