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短編


酷い雨と強い風の吹く、天気の悪い日の事だった。

一向にやむ気配の無い雨に本丸で刀達の戦支度を解いて、手入れなどをしていた審神者。
愛刀達が戦に出ずに本丸に居てくれる事を嬉しく思いながらも、天候に左右される体調は、決して良い訳ではなかった。

殆どの刀の手入れを終え、支度を解いて、最後に部屋の隅で小さな白虎達と大人しく待っていた五虎退を、審神者は愛おしそうな目で見て、小さく手招きした。
五虎退は、ぱっと笑顔を咲かせるとすぐに彼女の前へと小走りでやってきて、控えめに座り込んだ。

「最後になっちゃってごめんね。」
「いえ、いいんです…あの…僕…あるじさまに撫でて貰えるなら…えっと…いくらでも待ちます…」
「ふふっ。五虎退はもっと前に出ないと駄目よ。他の兄弟刀達みたいに自己主張が出来るようにならないとね?とっても素敵な短刀なんだから。もっと自信を持って。」

審神者は俯いてもじもじとする五虎退のふわふわした髪の毛を撫でると、彼は幸せそうに笑った。
その様子を見ていた虎たちも、我も我もと、膝へと群がっている。

可愛い愛刀と虎たちに、審神者も自然と顔がほころぶ。しかしずっと体調の悪さを隠していた顔色は青白い。撫でられて嬉しそうになった五虎退だったが、主の顔を見上げて、その表情を曇らせた。

「あの…あるじさま?顔色があまり良くないように見えます…大丈夫ですか?」
「ありがとう、五虎退。でも大丈…」

不安そうな顔をする五虎退を安心させるよう言葉を言いかけたが、不意に外で風が吹き抜ける大きな音がする。
審神者はずっと我慢していた頭痛がその音で弾けるような感覚がして、直後に襲ってきた強い痛みに、その場に倒れこんでしまった。

「あっ…あるじさまっ…!!」
「…っ、痛い…」
「あるじさま!しっかりして下さい!誰か!あるじさまが…!」

ズキズキと強い痛みに顔を歪めてうずくまる。そしてだんだんと、意識が遠のいていく。
五虎退が必死で他の刀たちを呼んでいるのがうっすらと聞こえた。
そして、襖が開く音、ドタドタと走ってくる多くの足音。身体を揺すられたり、声をかけられたりしているのが何となくわかる。
しかし、審神者はそのまま、痛みにのまれて意識を失った。










温かい布団と、頭に乗せられた冷たい手拭いの感覚に目がさめる。

ゆっくりまぶたを開くと、あたりはすっかり暗くなり、部屋には小さな行燈がいくつか灯っていた。まだ雨が屋根を強く打つ音が聞こえてくる。

「祓い給え、清め給え。」

そして、彼女のすぐ側で聞こえるのは、長い時間を共に歩んで来た頼もしい愛刀の優しい声。

「……石切丸。」
「おや。やっと、目が覚めたかな?」

祈祷の言葉を口にしていてくれた愛刀は、審神者の頭に乗せられている手拭いを取ると、横にある桶の水に浸した。

「私…どうして…」
「また頭痛を我慢したんだね。前にもあったろう?動けなくなってしまった事が。」
「…ごめんなさい…天気のせいね…大丈夫だと思ったんだけど…」
「無理をしてはいけないと、何度も言っているはずだよ。皆も心配して、大変だったのだからね。」

五虎退は目の前で主が倒れ、大いに狼狽えて泣いていた事。
他の短刀達も審神者の姿を見て皆心配をして部屋が大騒ぎになった事。
普段は冷静な古株の刀達も慌てふためいていた事。
石切丸は、淡々と起きた事を語りながら、桶から手拭いをすくい上げて硬く絞ると、再び彼女の頭に乗せた。
冷たい手拭いの感触が脈打つこめかみを冷やして、痛みを緩和してくれる。

「陸奥守と和泉守が、自分があなたを寝床へ運ぶと言い争ってね。燭台切が病人を前に騒ぐなと怒っていたよ。…あぁ、驚いたのは、普段あまり関わりを持ちたがらない大倶利伽羅が誰よりも先に布団を準備していた事かな。」

石切丸はその時の状況を思い出しているのか、薄っすらと笑みを湛えていた。

「私が到着した時にはかなり場が混乱していたよ。短刀たちは私にすがって、主の病気を治してくれ、とせがんでね。他の皆も不安を隠しきれない顔をしていた。」

審神者の青白い頬を、石切丸は人差し指
の背で愛おしそうに撫でた。

「ごめんなさい…皆に迷惑をかけてしまって…」
「謝って欲しい訳では無いんだ。ただ、我が主は少しばかり頑張り過ぎる所がある。あなたの身体はあなただけのものではないのだよ?」

石切丸は、目を伏せる審神者の髪の毛をゆっくりと撫でた。

「さて、具合の方はどうかな?」
「さっきよりは大分良くなった…」
「それは何より。私の祈祷が効いたと見えるね。」
「ふふっ…そうかもしれない。」

石切丸は髪を撫でていた手を、彼女の頬へと滑らせてゆく。
そして目を合わせたまま、穏やかに微笑んだ。

「さっきの話の続きなのだが…」
「…?」
「陸奥守と和泉守が、あなたを寝床へ運ぶと言い争っていたという話。」
「あぁ、結局どっちが運んでくれたの?…私重いのに申し訳ない事を…」
「実は、2人が言い争いをしている間に、私があなたを運んだんだ。」

石切丸はそう言うと、普段はあまり見せないような少し悪戯な笑みを浮かべ、両手で頬を包み込む。
彼女は予想外の言葉に一瞬きょとんとするが、頬を包んで覗き込んでくる石切丸を目の前にして一気に顔が紅く上気していくのがわかった。

「え…石切丸が…?」
「そうだよ。私があなたを抱え上げた時の2人の顔と言ったら…ふふ、いや、笑ってはいけないね。」

石切丸は堪えきれないというように笑ったが、息を深く吸って落ち着くと、真剣な面持ちになった。
そしておもむろに彼女を抱き起こすと、優しく、それでいてもう離したくはないとばかりに抱きしめた。

「…とは言え、あなたの苦しそうな顔を見た時は、私も取り乱してしまいそうになった。
…本当に、心配したんだよ。皆も。そして何より私自身がね。」

審神者の耳元で囁く声は、普段の朗らかな石切丸の声とは違い、か細く不安に満ちたようなものだった。
彼女は突然の事に動揺していたが、石切丸の声と強く抱きしめて来る腕にこの上ない嬉しさと、同時に申し訳なさを感じ、そのまま石切丸の背中へと自分も腕を回した。

「心配かけてしまって本当にごめんなさい…あと、ありがとう。目が覚めた時、側に石切丸が居てくれて、本当に安心したわ。」
「我が主の為ならば、私は何度でも祈祷を行おう。そして側にいて、ずっと見守っていよう。」

どちらからともなくそっと離れると、顔を見合わせた2人は幸せそうに笑い合った。

「御神刀がこんなことを言ったら、他の者達に叱られてしまうかもしれないけれど…あなたの看病を独り占め出来た事はとても役得であったと思うよ。主と2人きりで過ごせる、良き言い訳とでも言うのかな?」

石切丸はそう言って笑みを浮かべると、彼女の頬へと触れるだけの口付けを落とし、再び身体をしっかりと抱きしめる。
審神者の頬は行燈の灯りのせいだけではなく、薄紅色に染まっていた。

外から聞こえる雨の音は、幾分か弱くなっているのだった。


終わり
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