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刀剣男子と過ごす十二ヶ月


+卯月+

春の気配をそこかしこから感じるようになった。
風はすっかり暖かくなり、台所の窓から見える八重桜もふっくらとした蕾をつけて、あと少しで豪華絢爛な花びらを見せてくれそうだ。
中庭では、一足先に開花したソメイヨシノがその花びらをヒラヒラと落としている。
畑の側にはひなげしや蓮華草もちらほらと見える。

そんな目にも楽しい春の到来を感じる中、今日の天気はいまいちパッとしない。
空はどんよりと曇り、ついに小雨がぱらぱらと降って来たのだった。

「主、お待たせ。」

台所に立つ私のところへ、燭台切光忠が腕まくりをしてやってくる。
一緒に夕餉の仕込みをしていた矢先、洗濯当番だった鶴丸国永と太鼓鐘貞宗が慌てて洗濯物を取り入れに行く様子を見た私は、燭台切を急遽洗濯当番の手伝いへ行くようにお願いしたのだ。

『ご苦労様。洗濯物は無事だった?』
「うん、僕以外にも近場に居た皆で取り入れたから、濡れずに済んだよ。」

燭台切は台所の入り口にかけてあった自分の前掛けを手際よく着けると、手を洗い支度を整える。

「せっかく桜も満開で、春らしい日が続いたのに雨とは残念だね。桜も多く散ってしまうかな?」
『ふふっ、えぇ、そうかもしれないわね。』

燭台切は作業の途中だった人参の皮むきを再開しながら、少し沈んだような声で言う。私はそんな燭台切を見て、感情が豊かな彼らしい一言につい笑いをこぼしてしまった。
燭台切は笑った私に不思議そうな顔を向けたので、私はごめんね、と謝り、言葉を続ける。

『たしかに雨で花も散ってしまうかもしれないけれど、四月に降る雨は「穀雨」と言って、作物の生長を助ける天の恵みの意味もあるの。沢山の作物が育つのに必要不可欠な雨だから、残念な事だけじゃないわ。今はいつでも自由に水を使えるけれど、昔の人々にとって雨は、貴重なものだったから。』

茹でていた菜花をザルにあげ、氷水で冷やしながら、私は雨の大切さを燭台切に伝わるように話した。
彼は私の話を聞きながら、真剣な表情をして、そしていつもの笑顔になると、たしかにその通りだね、と納得した様子を見せた。

『でも…満開の桜の時に強い風や雨が降ると、どうしても何だか寂しいようなもったいないような気持ちになってしまうものよね。もう少し、あの美しい花を見ていたいって、思ってしまうもの。それに、皆でやったお花見もとても楽しかったし…』

私は先日のお花見の事を思い出しながら少し残念そうな顔をしてそう言うと、今度は燭台切がそれに応じた。

「でも、桜だけじゃないよね。雨に濡れる春の花々も、なんとも言えない美しさだよ。桜が散ってしまう儚さはもちろんあるけど、雨露で更に地に咲く花に艶が見えるというか…うぅん、口で言うのは難しいけれど…。」

言葉を探す燭台切に彼の根幹の優しい部分を垣間見たような気がして、なんだかとても愛おしい気持ちになり、精一杯の背伸びをして身長の高い彼の頭を撫でた。
人参の皮を剥いていた燭台切は、その感触にはっとした顔をして、でも私の顔を見たらはにかむように笑ったのだった。

『花を美しいと愛でたり、こうして一緒に食事を作って美味しいと感じたり…。人の身を得ると素敵な事もとても多いでしょう?あなたは特に、そういう事によく気のつく私の素敵な愛刀よ。』
「主…。…嬉しいけど、少し恥ずかしいな…まるで子どもみたいな扱いだ。」
『あら、ふふっ、ごめんなさい。とても誇らしいと思ったの。』

私は頭を撫でていた手を下ろして、今度は彼の肩をポンと叩いた。
彼は珍しく顔を薄紅色に染めて、目を泳がせている。
そして、私は彼の剥いている人参にふと目を向けて、そうだ!と声を上げた。

『桜が散ってしまうなら、食卓に桜を並べるのはどう?』
「え?」
『ちょっとその人参をかして。』

剥き終わった人参を燭台切から受け取り、私は彼から手元がよく見えるように隣へと移動した。
燭台切に見せるようにしながら、私は適当な厚さに人参を切り、菜切包丁をサクサクと動かして人参を桜の花びらの形へと飾り切りして見せた。

『ここをこうして切って行けば…ほら、桜の花びら。簡単だけど、かわいらしいでしょ?』
「うわぁ…主、これとても素晴らしいよ!皆も喜ぶだろうね!」

燭台切は花びらの形になった人参を手に取って、嬉しそうに言う。ちょっとした遊び心で飾り切りをした私もなんだか嬉しくなって一緒になって笑った。

「お正月のお節料理の時は僕らは花びらの型抜きで作っていたから、実は包丁一本でこんなに素敵な飾り切りが出来る主にやり方を教えてもらいたかったんだ。」
『まぁ、そうだったの。早く言ってくれれば教えたのに。』
「お節作りの時は忙しかったし、何よりあの型抜きが便利でね、ついいつも頼ってしまっていたんだ。」
『ふふっ、そうよね。型抜きは包丁では出来ないような形もあるし、沢山作る時は簡単に出来るのが一番効率が良いから。』

星型やハート型、猫ちゃんの型もかわいいしね。と、本丸にある型抜きの形を思い出していると、燭台切は私の手を握ってキラキラとした表情を向けた。

「そうだけど、でもやっぱり包丁だけで形を作る方が素敵だと思うよ。愛情が伝わるっていうか…」
『ふふっ、やっぱり、燭台切がお料理上手になってくれて嬉しい。手間な事を愛情と思ってくれる…素敵な事だわ。』

私は燭台切の豊かな感性に心から嬉しくなって笑顔を浮かべた。
燭台切は握った私の手のひらを撫でて、まるで輝く琥珀のような左目で優しく私を見つめる。

「こんなに小さな手のひらで、たくさんの美しくて美味しいものを作ったり、僕ら刀剣男士に溢れんばかりの愛情をくれたり…主の手はまるで魔法みたいだ。」

私の手を包んで愛おしそうに撫でてくる燭台切の大きな手は、不意に私の頬へと添えられ、そして先ほど私が彼にしたように、頭に乗せられて優しく撫でてくれる。その感触はなんだかくすぐったい。

『燭台切…恥ずかしいわ…。』
「ふふっ、さっきのおかえしだよ?」

燭台切は少し悪戯っぽい笑顔で笑う。しかし彼の手の感触は心地よくて、私もつい笑顔をこぼしてしまう。
和やかな空気が流れていたところへ、台所の入り口から元気な声が聞こえた。

「主!光坊!台所手伝いに来たぜ!…おおっと!」
「あーっ!みっちゃん!なに主のことナデナデしてしてるんだよー!ズルいぜ!」

洗濯当番の仕事を終えたらしき鶴丸と太鼓鐘が顔を覗かせる。
燭台切に撫でられている私を見て、貞ちゃんは勢いよくこちらへやってきて私の後ろからぶつかるように抱きついた。その反動で傾く私を、目の前の燭台切は咄嗟に抱き止めた。

「俺も主に甘えてやるー!」
『うっ!』
「おっと…貞ちゃん!鶴さん!」

驚いた声で燭台切は2振の名前を呼ぶ。そして腕の中の私を見て心配そうな顔をした。

「主、大丈夫?」
『えぇ、大丈…ちょ、貞ちゃん苦しい…!』
「みっちゃん!主ひとりじめ禁止だぜ!ただでさえみっちゃんは主と一緒に台所にいる事が多いんだからさぁ!」
「はっはっは!主サンドイッチだな!それじゃあ俺も…!」

今度は鶴丸が、全員まとめて抱きついてくる。

「まとめて、ぎゅーっだ!」
「鶴さん、主が潰れちゃうよ!」
『くるしい…!』
「元は光坊の抜け駆けが悪いんだろ〜?」

私はぎゅうぎゅうにくっついてくる男士たちと一緒に笑った。ちょっと苦しかったけれど、皆から愛情が流れ込んでくるようで幸せが大きく膨らんで行く気持ちだった。

「おっ?なんだこれ、すげー!桜の花びらのにんじんだ!」
「主が飾り切りのやり方を教えてくれたんだよ。」
「へぇ、包丁でこんな風にできるのか。きみ、なかなか見事だなぁ。」

貞ちゃんがさっき飾り切りしたにんじんを持ち上げてまじまじと見つめると、鶴丸も興味深そうに視線を向けた。

『ありがとう、燭台切も今練習中なのよ。さ、夕飯の仕込み続けなきゃ。貞ちゃんと鶴丸もお手伝いしてくれるんでしょ?』
「おっと、そうだったな!」
「はい、名残惜しいけど、みんな主から離れて。主、大丈夫?」

燭台切の一言でやっとすし詰め状態から解放された私はふぅ、と一息ついて、大丈夫という意思をこめて燭台切に笑って頷いた。

『じゃあみんなでにんじん切ってね。』
「主〜、俺みっちゃんみたいに器用じゃないからこんな花びらみたいの出来ないぜ?」
『型抜きでいいよ。燭台切と話していたの。雨で桜が散ってしまいそうだから、食事の席を花びらで飾りたいねって。』
「おぉ〜、いいなぁ!」
「たしかに!食卓も派手な方がテンション上がるよな!」

2振は型抜きがしまってある引き出しを開けて、様々な型抜きを出してあれこれ言っていた。
そんな2振を笑顔で見ながら、私もにんじんを切ろうとまな板へ向かうと、不意に燭台切がまた私の頭を撫でた。
突然の事に燭台切を見つめると、彼は綺麗な瞳を細めた。

「ごめんね主、髪の毛が乱れていたから…。」

その言葉は、本当にその通りだったのかもしれない。貞ちゃんと鶴丸と燭台切に挟まれて戯れていた時に乱れたのかも。
でもその燭台切の表情は、ついさっき私を褒めて撫でてくれた時と同じような敬愛がこもっているようにも見えた。

『ありがとう。燭台切。』

でもその真意を問うのは、彼の美しい瞳を見たらどうでもよくなってしまう。
一言のお礼の言葉と、幸せを伝えるような笑顔で気持ちを返した。

貞ちゃんと鶴丸はありったけの花びらの型抜きを持ってきて、賑やかにまた料理の仕込みが始まる。
外からは恵みの雨が降る静かな音が聞こえていた。


終わり
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