刀剣男子と過ごす十二ヶ月


+弥生+

庭の桃の花が綺麗な薄紅色の蕾をつけた。
そこかしこに美しい紫色の菫の花びらが見え、沈丁花もその可憐な花びらを開こうとしている。

まだ肌寒さが残る空気の中、皆が憩いの場所として使う居間から見える庭は徐々に春の訪れを感じさせる景色へと変わっていた。

三月四日。桃の節句を終えたこの日、私は近侍の太郎太刀と一緒に飾っていた雛人形を片付けていた。

「お雛様、また来年まで、ごゆっくりして下さいね。」

私は祖母から受け継いだ、古びてはいるものの煌びやかで趣深い雛人形を、綺麗に整えては箱へと戻していく。
太郎太刀は、雛人形を飾っていた土台を丁寧に解体してくれていた。

「…とても、喜んでいるように見えますね。」
「え?」

太郎太刀が、ふと呟いた。

「私も刀の付喪神ですから。」

そう言って彼は、切れ長の目を細めて私を見た。
人形には、魂が宿るという。
時には怨念や思念を持ったり、はたまた主人の災難を代わりに受けてくれたり、などと言う話は嘘か真か、昔から語り継がれているものだ。
私が大切にしているぬいぐるみや人形も、こうして代々受け継がれてきた飾られる人形も、もしかしたら、何かあるのかもしれない。

それを、付喪神である太郎太刀は、何か感じ取ったのかもしれない。

「この人形達から、何か聞こえたりするの?」
「いえ、聞こえる訳ではありません。ただ、主はもちろん、主の母君も、そのまた母君も、きっと大事にしていたのが伺えましたから。私が何となく、そう思っただけかもしれません。」
「そうなのね。…子供の頃はお雛様を飾るのがとても楽しみだったわ。綺麗だし、豪勢で、見ていて楽しかった。もちろん、今もとても綺麗だと思うけれど。」

なんだか、懐かしく不思議な気持ちになりながら、片付けをしていく。
寡黙な太郎太刀との作業はとても静かで、中庭で畑当番をしている粟田口の子らの声が聞こえてくるほどだった。

1人でやると大変な作業も、背の高い太郎太刀のおかげで土台解体もすんなりと終わり、雛人形は全て、綺麗に箱に収まった。
半月ほどだったが、そこにあった豪勢な飾りが無くなるとなんだか少しもの寂しさを感じる。

「では、私は雛人形を倉庫へ戻して来ます。」
「ありがとう、でも私も手伝うわ。」
「大丈夫ですよ。主は部屋の掃除を。」

太郎太刀が部屋の隅に置いていた箒を渡してくる。
目線の先には、雛人形を飾っていた場所にたまった埃が所々に散らばっていた。

「そうよね、みんなが集まる部屋が汚れているのはいけないわ。」
「はい、よろしくお願いします。」

太郎太刀は薄っすらと笑顔を見せて、雛人形の入った大きな桐箱を軽々持ち上げると、倉庫の方へと歩いて行った。

私は先日、掃除をしていて水の入ったバケツを両手に持っているところを御手杵に見つかり、「力仕事は俺らみたいな体のデカい男士に任せりゃいいんだよ。」と言われた事を思い出した。
つい何でも自分でやってしまう癖がある私だが、甘えていい時は甘えるのも大切だと痛感したばかりだというのに。

男士達が私を気遣ってくれる事に素直に感謝出来るようにしなければ…なんて少し反省しながら、私は太郎太刀に任された居間の掃き掃除を始めた。


……集めた埃を捨てて、居間はすっかり綺麗になった。
しかし、雛人形を飾っていた場所がやはりどうにも寂しくなってしまったように感じて、居間の机の位置を変えてみたりする。

「主君!」
「大将!」

その時、居間の入り口から元気の良い声が聞こえた。
振り向くと、そこには秋田と信濃、そして太郎太刀が並んで立っている。

「あら、3人でどうしたの?」
「主君に渡したいものがあるんです!」
「はいっ、これ!」

秋田と信濃は私の前へとやって来て、後ろ手に隠していたものを差し出した。
それは、間も無く花びらを開く小さな菫の花束と、みずみずしい緑と可憐な黄色が美しい菜の花の花束だった。

「まぁ、とっても綺麗!わざわざ摘んで来てくれたの?」

私は2人から小さな花束を受け取り、ほのかに香る花の香りが嬉しくて、さっきまでの寂しさを吹き飛ばすような笑顔で尋ねた。

「うん、でも太郎太刀さんの案なんだよ!」
「太郎太刀さんが、主君が雛人形を仕舞って部屋が寂しいと思うから何か代わりに部屋を飾るものが無いかって…」

信濃と秋田がそう言い、太郎太刀の方を振り返る。
太郎太刀は、珍しく少し恥ずかしそうな顔をして、私の前で片膝をついた。

そして、私の前に蕾の沢山ついた梅の花の枝を恭しく差し出してくれる。

「部屋を片付けた時、主が少し寂しそうに見えたので、お二人にお願いして一緒に探してもらったのです。部屋を飾る、春の景色を。」

太郎太刀の金色の指先と、真っ赤な梅の蕾がとても美しかった。
その対比と同じ金色の瞳と目尻の紅が、しっかりと私を見据えている。
私は太郎太刀が私の小さな気持ちの変化に気付いてくれた事や、わざわざその寂しさを埋める為にしてくれた事に、心を動かされて、驚いたまま身動きが取れずにいた。

「僕達は畑の脇に沢山咲いていた野花しか摘めないですけど、太郎太刀さんなら庭先にある梅の木の太陽が当たる高い場所の枝を手折る事が出来たんです!」
「俺たちだけじゃ、この綺麗な梅の枝を大将に贈る事なんて出来なかったからね。」

秋田と信濃は、無邪気な声で言いながら、とても嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。
太郎太刀も、その声に同調するように、スッと目を細めて包み込むような笑顔を見せた。

「ありがとう、太郎太刀。とても嬉しい…本当に…」

私はやっと、太郎太刀の差し出してくれていた梅の枝を手に取る。
蕾に顔を近づけると、まだほのかにだが、麗しい梅の花の香りがフワリと漂った。

「主に、とても似合いです。梅も、菫も、菜の花も。」

太郎太刀は綺麗な所作で立ち上がると、私と花を愛おしそうに見つめている。

「あ〜…花瓶が必要だよね。」
「僕たちが取って来ますので、主君と太郎太刀さんはここで待っていて下さい!」
「はい、お二人共、ありがとうございます。」

信濃と秋田は物入れのある部屋へと走っていった。
私はまた、嬉しさがこみ上げてきて、つい笑ってしまう。
太郎太刀は少し不思議そうな顔をして私を見ていたので、私は手にしていた花束を太郎太刀へと差し出した。

「春の香りよ。かいでみて。」
「…はい。」

太郎太刀は、花束を持つ私の手に自分の手を重ねて、目を伏せてそっと顔を近づけた。

春の訪れを感じさせる、少し暖かく柔らかな風が、私たち二人の間をすり抜けて行った。


終わり
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