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刀剣男子と過ごす十二ヶ月

+如月+

台所。
そこは私がこの本丸で自室の次によく居る場所である。

火にかけた釜からシューシューと湯気が立ち上っていた。
水を張った木桶、新品の真っ白な手ぬぐい、そして同じ長さに切り揃えられた色とりどりの食材。

私は冷たい水で、久しく使っていなかった巻き簾を丁寧に洗っているところであった。

「主ぃ〜、おぉ、やっぱりここだったか。」

威勢のいい、張りのある声に、私は顔を上げた。
台所の入り口には、大豆の入った枡を手にした和泉守兼定が立っている。

「和泉守、どうしたの?」
「今皆で節分の豆まきをしてきた所でな。この大豆、余ったんだが…料理に使うかと思ってよ。」
「まぁ、ありがとう。それじゃあ…そろそろ旬が来るし、ひじきと一緒に煮付けようかしら。」

そう言いながら、私は枡の中の大豆を一粒つまんで、口に入れる。香ばしい大豆のかおりが広がった。
そんな私を尻目に、和泉守は作業台に並んでいる出汁巻卵を見て嬉しそうに笑う。

「美味そうな出汁巻だな。少し味見…」
「駄目よ。」

悪戯っこのような顔で手を伸ばす和泉守の手を私はパシッとはたいた。
ジトっとした目線を寄越した和泉守に、私はつい笑ってしまう。

「なぁんでだよ、主のケチ。」
「ふふっ、子供みたいにむくれないの。これから恵方巻きを作るのに必要なの。」

私は和泉守から受け取った枡を棚に仕舞うと、丁度彼が来てくれた事に手をパンと叩いた。

「そうだ、和泉守。ちょっと手伝ってくれないかしら?」
「え?俺が?台所の手伝い??」

少し目を離した隙に、和泉守は胡瓜の切れ端をぽいと口に放り込む。

「今日はいつも食事当番をしてくれる子が皆出てしまっているのよ。ちょっと力のいる仕事があるの。」

私は、大きな釜にちらりと目線をやる。中にはふっくらと炊き上がったごはんがたんまりと入っているのだ。
それを、木桶に移し替え、寿司酢を混ぜるという力仕事がこれから待ち受けている。

「はぁ、ったく、しょうがねぇなぁ。」
「さすが!カッコよくてつよぉーい最近流行りの刀っ!」
「…馬鹿にするなら手伝わないぞ。」
「やだっ!お願いします!」

台所から出て行こうとする和泉守を見て、私はからかう口調を慌てて改める。
そして和泉守の腕を掴んで引き止めた。

「…。で?何すりゃいいんだ?」

和泉守は不満気な顔をしながらも、台所の奥にある大きな釜の方へと歩いて行ってくれる。
私は思わずパッと表情を明るくして、洗い場の近くに置いておいた水の入った木桶へと駆け寄った。

「この木桶に、そこの釜のご飯を移して欲しいの!」
「わかった。」

私は木桶の水を流し、清潔な手ぬぐいで内側の余分な水分を拭き取った。
和泉守はもうさっきの事など気にしていない様子で、内番着のたすきを締め直す。釜の蓋を開けて軽々と持ち上げると、木桶の近くまで運んでくれた。

「ありがとう。…悪いんだけど、持ち上げて傾けてくれる?その間に私がごはんをこっちに移すから…」
「ほら…よっと。」

熱い湯気がもくもくと立ち上る。
私は大きなしゃもじでごはんを手際よく木桶へと移した。

「はいっ、できた!ありがとう和泉守。助かったわ。」
「この釜はここに置いておけばいいか?」
「えぇ、ありがとう。」

和泉守は空っぽになった釜を洗い場へ置き、蛇口を捻る。不器用そうに見えて、言わなくてもやるべき事をやってくれる彼に私は嬉しくてつい笑顔になる。

「さてと。あとはこれを酢飯にして、巻いて行くだけね。」
「冷ますんだろ?俺が扇いでやるよ。」

私は合わせ酢の味見をして、台所の隅に置いていた団扇を持ってくる。和泉守は団扇を取り上げると、楽しそうに冷ます役を買って出てくれた。

「ありがとう、和泉守。なんだかずっと手伝わせてしまって悪いわね。」
「こんだけの大所帯の食事を作るんだ、主一人でやるのも大変だろうよ。器用な国広や他の奴らに比べたら俺の出来る事は限られてるが…まぁ少しは役に立つだろ?」
「とっても役に立ってるわ!今日はせっかく節分だし、皆に喜んでもらいたくて恵方巻きを作ろうと思ったんだけど…和泉守と一緒に料理が出来て私とっても嬉しい。逆に私がいい節分を過ごさせてもらっている気分よ。」

率先して手伝いをしてくれる和泉守の気持ちが嬉しくて、私はニコニコと緩んだ笑顔を彼に向ける。
和泉守もそんな私を見て、笑顔を返してくれた。

寿司酢をしゃもじに当てながらご飯の上へと垂らして行く。和泉守が横で扇いでくれるお陰で、湯気は私たちの向こう側へと流れて行った。
ご飯を切るように寿司酢を混ぜ合わせて行く。一人でやっていたら時間がかかるが、和泉守ととりとめのない会話をしながら作業していると、あっという間に酢飯が出来上がった。

「ありがとう、和泉守。助かったわ。あとはこれを巻いて行くだけね。」

私は巻き簀を広げ、海苔を置き、その上に酢飯と色とりどりの具材を乗せて行く。そして手早く巻いて、グッと形を整えた。

「はい、出来た!」
「ふぅん…主、なかなかやるなぁ。手際いいぜ。」
「ありがとう。皆の喜ぶ顔を思い浮かべると、頑張って作ろうって気持ちになるのよ。」

私は最初に出来た恵方巻きをまな板に乗せ、包丁で切る。両端の、少し形の歪になってしまった部分をつまみ上げて、和泉守の前へと差し出した。

「はい、お手伝いの特権、味見。」
「おっ、いいのか?!」
「もちろん!どうぞ。」

和泉守は嬉しそうにすると、私の手首を掴んでそのまま、恵方巻きの端をパクリと口に運ぶ。
私はてっきり自分の手に取ってから食べると思っていたので、和泉守のその行動に一瞬ドキリと心臓が跳ねたが、しかし当の和泉守はそんな事お構いなしの様子で、口に入れた恵方巻きをモグモグと食べると、うぅん、と満足そうに唸った。

「美味い…。主、こりゃあ今夜は楽しみだな。皆きっと喜ぶぜ!」

とびきりの笑顔でそう言ってくれた和泉守。私はその顔を見て、心の中に温かい気持ちが溢れてくるのを感じた。

「和泉守が手伝ってくれたから、今日の恵方巻きは尚のこと美味しいはずよ。」
「あぁ?俺はそんな、大した事はしてねぇし…」
「一緒に作ったっていうだけで、違うものなの。本当よ。」
「…そういうもんかねぇ。」
「そういうもんなの。」

私は次の恵方巻きの材料を巻き簀の上に乗せる。
和泉守はしばらく私の側でちょっとした手伝いをその後もずっとしてくれた。

彼もきっと、夕餉の時間に他の男士達が喜ぶ顔を見るのを楽しみにしているんだろうと思いながら、私は愛情を込めて恵方巻きを握った。


終わり
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